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蝶と花(アンリ&オレリア)
【蝶と花】1 sideアンリ
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私の名前はアンリ・セシル・コルバン。ランスロット王国の五公爵家の嫡男だ。
蜂蜜色の髪をしている。瞳の色は琥珀色だ。母と伝え聞く女性からもらったものだ。顔立ちは父に似ているとよく云われる。少したれ目がちの眦のおかげで、柔和に思われることが多い。
社交界という特殊な環境ではいつ脚を掬われるかわからない。
敢えて口調をできるだけ穏やかにすることで、相手を選別しやすくなる。御しやすい若造と見下してくる連中の炙りだしとも言える。
ともかく口先だけの優しさに誑かされる連中の多いことには心中呆れる。
婚約者も定めず浮名を流す「花を惑わす蝶」と揶揄されているせいか、どこに行っても絡みつく視線が今夜もうっとうしい。
遊びと割り切るご婦人方は、たいていどこの夫も愛人を抱えている。愛情のない妻が火遊びしても、相手が五公爵家の人間ならば知己を得られると考えてるのだろう。遠回しに妻との逢瀬を勧めてくるのには辟易している。
問題なのは──。
「アンリ様のことをずっとお慕いしております」
こういうタイプだ。
淑やかで砂糖菓子のように愛らしげな令嬢。胸元で両手を組みぷるぷると震える様はさぞかし庇護欲を誘うのだろう。
可愛らしさを自他ともに認めているのが見え見えな、いかにも一途で健気なふりで迫る令嬢に、ため息が出る。
「私は特定の相手を定める気はないのです。ですから貴女のような愛らしい方とはおつき合いは出来かねます」
「……それでもかまわないのです。アンリ様のお側にいられるのなら」
いやいや、そんなわけないでしょう? カーテンの陰からお父上がそわそわしてますよ? 下手に手を出したら即座に嫁取りに繋げる気だろうに、と下手な芝居に噴き出しかける。
「未婚のご令嬢が仰る言葉ではありませんよ。可愛らしい貴女にふさわしいご令息と幸せになってくださいね」
「あ、アンリ様…待って」
素気なくされることに慣れていないのだろう。頰を紅潮させているのはきっと落ちない私への怒りだ。
「お気持ちだけいただきましょう。ご機嫌よう」
遠くに友人を見つけ、私はさっさと茶番劇の舞台を降りた。
「相変わらず狙われているな」
親友のエリオットは唇に意地悪い笑みを浮かべている。
「はぁ~、選ぶ側に立っているつもりになられてもねぇ…」
「家の為に政略結婚をする利点は我々五公爵家にはあまりないというのに、ご苦労なことだ」
「本当だよ。父なんて政略結婚な上に約定交わした期間限定結婚だしね。そもそも我が家は跡継ぎをつくれるなら婚姻すら問題じゃないというのに」
「特にコルバン公爵家はレオン様という前例があるからな」
「ロイド殿下のようにやらかすぐらいなら好きにしろと言われたよ」
エリオットと二人で仕える二歳下の王太子は、十代前半で婚約破棄をやらかした人物だ。笑えるのは破棄した相手に現在進行中で片想いをしていることだ。求愛するために必死で、その結果立派な王太子になったのは不幸中の幸いと言える。
もっとも。その件の元婚約者の身内は、未だに態度は軟化する気も起きないようだが。
「……妹はやらん」
地を這う声で元婚約者の兄が聞き飽きた言葉を呪詛のように呟く。
「この妹溺愛兄め」
笑ってからかうが、エリオットの妹は私にとっても妹同然。結託して嫌がらせはしているから同罪だ。
ザワリ──
ふいに夜会の会場である王宮の大広間がざわめいた。
紳士淑女の視線が一点に集中する。
私たちもそちらへと視線を向けた。
目が覚める深紅のドレスを纏い、顎をツンとあげ周囲を威圧するように、歩いてくる令嬢。
「オレリア・クレイマン──」
誰かが彼女の名を呟いた。
八年前にある犯罪に関与した罪で地位を剥奪され庶民に落とされた、前クレイマン伯爵。最近になって冤罪と判明し、地位を戻されたと聞いてはいたが──
当時まだ十歳だった記憶の中の少女は、こんなに苛烈な瞳をしていただろうか──私は傲然と周囲を睨めつけるオレリアに興味を抱いた。
蜂蜜色の髪をしている。瞳の色は琥珀色だ。母と伝え聞く女性からもらったものだ。顔立ちは父に似ているとよく云われる。少したれ目がちの眦のおかげで、柔和に思われることが多い。
社交界という特殊な環境ではいつ脚を掬われるかわからない。
敢えて口調をできるだけ穏やかにすることで、相手を選別しやすくなる。御しやすい若造と見下してくる連中の炙りだしとも言える。
ともかく口先だけの優しさに誑かされる連中の多いことには心中呆れる。
婚約者も定めず浮名を流す「花を惑わす蝶」と揶揄されているせいか、どこに行っても絡みつく視線が今夜もうっとうしい。
遊びと割り切るご婦人方は、たいていどこの夫も愛人を抱えている。愛情のない妻が火遊びしても、相手が五公爵家の人間ならば知己を得られると考えてるのだろう。遠回しに妻との逢瀬を勧めてくるのには辟易している。
問題なのは──。
「アンリ様のことをずっとお慕いしております」
こういうタイプだ。
淑やかで砂糖菓子のように愛らしげな令嬢。胸元で両手を組みぷるぷると震える様はさぞかし庇護欲を誘うのだろう。
可愛らしさを自他ともに認めているのが見え見えな、いかにも一途で健気なふりで迫る令嬢に、ため息が出る。
「私は特定の相手を定める気はないのです。ですから貴女のような愛らしい方とはおつき合いは出来かねます」
「……それでもかまわないのです。アンリ様のお側にいられるのなら」
いやいや、そんなわけないでしょう? カーテンの陰からお父上がそわそわしてますよ? 下手に手を出したら即座に嫁取りに繋げる気だろうに、と下手な芝居に噴き出しかける。
「未婚のご令嬢が仰る言葉ではありませんよ。可愛らしい貴女にふさわしいご令息と幸せになってくださいね」
「あ、アンリ様…待って」
素気なくされることに慣れていないのだろう。頰を紅潮させているのはきっと落ちない私への怒りだ。
「お気持ちだけいただきましょう。ご機嫌よう」
遠くに友人を見つけ、私はさっさと茶番劇の舞台を降りた。
「相変わらず狙われているな」
親友のエリオットは唇に意地悪い笑みを浮かべている。
「はぁ~、選ぶ側に立っているつもりになられてもねぇ…」
「家の為に政略結婚をする利点は我々五公爵家にはあまりないというのに、ご苦労なことだ」
「本当だよ。父なんて政略結婚な上に約定交わした期間限定結婚だしね。そもそも我が家は跡継ぎをつくれるなら婚姻すら問題じゃないというのに」
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「ロイド殿下のようにやらかすぐらいなら好きにしろと言われたよ」
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もっとも。その件の元婚約者の身内は、未だに態度は軟化する気も起きないようだが。
「……妹はやらん」
地を這う声で元婚約者の兄が聞き飽きた言葉を呪詛のように呟く。
「この妹溺愛兄め」
笑ってからかうが、エリオットの妹は私にとっても妹同然。結託して嫌がらせはしているから同罪だ。
ザワリ──
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紳士淑女の視線が一点に集中する。
私たちもそちらへと視線を向けた。
目が覚める深紅のドレスを纏い、顎をツンとあげ周囲を威圧するように、歩いてくる令嬢。
「オレリア・クレイマン──」
誰かが彼女の名を呟いた。
八年前にある犯罪に関与した罪で地位を剥奪され庶民に落とされた、前クレイマン伯爵。最近になって冤罪と判明し、地位を戻されたと聞いてはいたが──
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