恋情は様々あれど

猫丸

文字の大きさ
10 / 11
蝶と花(アンリ&オレリア)

【蝶と花】1 sideアンリ 

しおりを挟む
 私の名前はアンリ・セシル・コルバン。ランスロット王国の五公爵家の嫡男だ。
 蜂蜜色の髪をしている。瞳の色は琥珀色だ。母と伝え聞く女性からもらったものだ。顔立ちは父に似ているとよく云われる。少したれ目がちの眦のおかげで、柔和に思われることが多い。  
 社交界という特殊な環境ではいつ脚を掬われるかわからない。
 敢えて口調をできるだけ穏やかにすることで、相手を選別しやすくなる。御しやすい若造と見下してくる連中の炙りだしとも言える。
 ともかく口先だけの優しさに誑かされる連中の多いことには心中呆れる。
 
 婚約者も定めず浮名を流す「花を惑わす蝶」と揶揄されているせいか、どこに行っても絡みつく視線が今夜もうっとうしい。
 遊びと割り切るご婦人方は、たいていどこの夫も愛人を抱えている。愛情のない妻が火遊びしても、相手が五公爵家の人間ならば知己を得られると考えてるのだろう。遠回しに妻との逢瀬を勧めてくるのには辟易している。
 問題なのは──。
「アンリ様のことをずっとお慕いしております」 
 こういうタイプだ。
 淑やかで砂糖菓子のように愛らしげな令嬢。胸元で両手を組みぷるぷると震える様はさぞかし庇護欲を誘うのだろう。
 可愛らしさを自他ともに認めているのが見え見えな、いかにも一途で健気なふりで迫る令嬢に、ため息が出る。
「私は特定の相手を定める気はないのです。ですから貴女のような愛らしい方とはおつき合いは出来かねます」 
「……それでもかまわないのです。アンリ様のお側にいられるのなら」
 いやいや、そんなわけないでしょう? カーテンの陰からお父上がそわそわしてますよ? 下手に手を出したら即座に嫁取りに繋げる気だろうに、と下手な芝居に噴き出しかける。
「未婚のご令嬢が仰る言葉ではありませんよ。可愛らしい貴女にふさわしいご令息と幸せになってくださいね」
「あ、アンリ様…待って」 
 素気なくされることに慣れていないのだろう。頰を紅潮させているのはきっと落ちない私への怒りだ。
「お気持ちだけいただきましょう。ご機嫌よう」
 遠くに友人を見つけ、私はさっさと茶番劇の舞台を降りた。

「相変わらず狙われているな」
 親友のエリオットは唇に意地悪い笑みを浮かべている。
「はぁ~、選ぶ側に立っているつもりになられてもねぇ…」
「家の為に政略結婚をする利点は我々五公爵家にはあまりないというのに、ご苦労なことだ」
「本当だよ。父なんて政略結婚な上に約定交わした期間限定結婚だしね。そもそも我が家は跡継ぎをつくれるなら婚姻すら問題じゃないというのに」 
「特にコルバン公爵家はレオン様という前例があるからな」
「ロイド殿下のようにぐらいなら好きにしろと言われたよ」
 エリオットと二人で仕える二歳下の王太子は、十代前半で婚約破棄をやらかした人物だ。笑えるのは破棄した相手に現在進行中で片想いをしていることだ。求愛するために必死で、その結果立派な王太子になったのは不幸中の幸いと言える。
 もっとも。その件の元婚約者の身内は、未だに態度は軟化する気も起きないようだが。
「……妹はやらん」
 地を這う声で元婚約者の兄エリオットが聞き飽きた言葉を呪詛のように呟く。
「この妹溺愛兄め」 
 笑ってからかうが、エリオットの妹は私にとっても妹同然。結託して嫌がらせはしているから同罪だ。

 ザワリ──

 ふいに夜会の会場である王宮の大広間がざわめいた。
 紳士淑女の視線が一点に集中する。
 私たちもそちらへと視線を向けた。

 目が覚める深紅のドレスを纏い、顎をツンとあげ周囲を威圧するように、歩いてくる令嬢。

「オレリア・クレイマン──」

 誰かが彼女の名を呟いた。

 八年前にある犯罪に関与した罪で地位を剥奪され庶民に落とされた、前クレイマン伯爵。最近になって冤罪と判明し、地位を戻されたと聞いてはいたが──
 
 当時まだ十歳だった記憶の中の少女は、こんなに苛烈な瞳をしていただろうか──私は傲然と周囲を睨めつけるオレリアに興味を抱いた。
 
 


 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

思い出のチョコレートエッグ

ライヒェル
恋愛
失恋傷心旅行に出た花音は、思い出の地、オランダでの出会いをきっかけに、ワーキングホリデー制度を利用し、ドイツの首都、ベルリンに1年限定で住むことを決意する。 慣れない海外生活に戸惑い、異国ならではの苦労もするが、やがて、日々の生活がリズムに乗り始めたころ、とてつもなく魅力的な男性と出会う。 秘密の多い彼との恋愛、彼を取り巻く複雑な人間関係、初めて経験するセレブの世界。 主人公、花音の人生パズルが、紆余曲折を経て、ついに最後のピースがぴったりはまり完成するまでを追う、胸キュン&溺愛系ラブストーリーです。 * ドイツ在住の作者がお届けする、ヨーロッパを舞台にした、喜怒哀楽満載のラブストーリー。 * 外国での生活や、外国人との恋愛の様子をリアルに感じて、主人公の日々を間近に見ているような気分になれる内容となっています。 * 実在する場所と人物を一部モデルにした、リアリティ感の溢れる長編小説です。

2回目の逃亡

158
恋愛
エラは王子の婚約者になりたくなくて1度目の人生で思い切りよく逃亡し、その後幸福な生活を送った。だが目覚めるとまた同じ人生が始まっていて・・・

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

転生先のご飯がディストピア飯だった件〜逆ハーレムはいらないから美味しいご飯ください

木野葛
恋愛
食事のあまりの不味さに前世を思い出した私。 水洗トイレにシステムキッチン。テレビもラジオもスマホある日本。異世界転生じゃなかったわ。 と、思っていたらなんか可笑しいぞ? なんか視線の先には、男性ばかり。 そう、ここは男女比8:2の滅び間近な世界だったのです。 人口減少によって様々なことが効率化された世界。その一環による食事の効率化。 料理とは非効率的な家事であり、非効率的な栄養摂取方法になっていた…。 お、美味しいご飯が食べたい…! え、そんなことより、恋でもして子ども産め? うるせぇ!そんなことより美味しいご飯だ!!!

元婚約者が修道院送りになった令嬢を呼び戻すとき

岡暁舟
恋愛
「もう一度やり直そう」 そんなに上手くいくのでしょうか???

愛のない婚約かと、ずっと思っていた。

華南
恋愛
幼い頃から、愛のない婚約かとずっと思っていた。 婚約解消を言い出した私の言葉に、彼が豹変するまでは……。 8/11、第2部スタートしました。 小説家になろう様にも投稿しています。

女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です

くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」 身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。 期間は卒業まで。 彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。

処理中です...