恋情は様々あれど

猫丸

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獅子と猫(※R18無し・BL要素あり)

1’ きっかけ(ジュレル)

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 ジュレル・エメ・ジルファスは、ランスロット王国の五公爵家のひとつ、ジルファス家の息子だ。代替わりを終えた他の四家とは異なり、二十二歳のジュレルはまだ嫡男という当主に比べれば楽な立ち位置にある。
 烏の羽のような黒髪は光を反射して濡れた艶がある。よく猫のようだと形容される大きな二重まぶたで、少しつり上がった瞳は宝石のような翠。生来あまり丈夫ではないため肌は白く、唇は男にしては仄かに桃色をしている。繊細で物静かな美しい貴公子ぶりは、普段は精巧な人形に思えるぐらい左右のバランスが整っている。滅多に笑わないので彼の微笑は希少価値と揶揄されている。

「ジル!」

 王宮の資料室から持ち出した大量の資料を抱えて歩いていると、耳馴染んだ声に愛称を呼ばれた。残念ながら視界が塞がっているため、相手の顔はわからないが、親しい男の声だ。
「ご機嫌よう、レオ」
「うん。すごい量だねぇ」
 挨拶をすれば、呆れた声が返ってくる。ジュレルはこの声が実は好きだ。柔らかく穏やかで、荒んだ感情を持て余す時はずっと聴いていたくなる。心に安定をもたらしてくれるのだ。
 だから久しぶりに逢えた嬉しさから、甘えた口調になった。
「ちょっと気になることがあって、昔の記録と比べたくなっちゃったんだ。重くて大変だよ~」
「執務室だろ? 半分持つから」
 三歳上という年齢差もあるが、男は長身だ。頭ひとつ違う。脚も長い彼は歩く時は歩調を合わせる気づかいにたけている紳士だと思う。
 半分以上をジュレルから引き取ってくれたおかげでようやく見れた顔は、笑っていた。垂れ気味の目尻をさらに下げたその顔は、「微笑の君」と称される外面のそれよりも自然で、ジュレルを満たす。
「僕は助かるけど、用はいいの?」
「ああ、アンリを今晩迎えに行けなくなったんで、ギリアムにちょっとね。急いでないから気にしないで」
 だが、彼の口から出た名前にムッとしてしまう。
 五歳の息子とマリオン公爵家当主の名前は、いつもジュレルの胸に不快に響くのだ。
「またマリオンに預けっぱなし? やっぱり再婚しなって。アンリかわいそうでしょ?」
 だから、そんな憎まれ口を発していた。
(────?)
 わずかに男の纏う空気が冷えた気がした。それが何なのか考える間もなく微笑まれ、怪訝さは残るもののジュレルはすぐに勘違いだと考えるのをやめた。ここで気がつけば男を怒らせることはなかったのに。
「私といるよりギルの家にいるほうが楽しそうだから。あそこの兄妹とは気があうみたいだよ?」
 ははは、と声を上げる男に、さっき覚えた不快感が溢れた。
 ──なんでレオもアンリあの子もギリアムばっかり頼るの!
 自分にとって大切な安定剤である彼とその息子が慕うギリアムという存在は、昔からジュレルにとって鬼門だ。嫌いではないし信頼はしていても、プライベートでは可能なだけ距離を保ちたい油断のならない相手だ。いつも青紫の感情の窺えない瞳を値踏みするように向ける男を、こともあろうか頼っているという事実をつきつけられて、非常に機嫌はよろしくない。
「う~ん、でも母親いたほうがいいんじゃない?」
 子供には母親が必要だ。病弱だったためやや過保護だが惜しみなく愛情をくれた母親を思い、ジュレルはよかれと言葉を続けた。
「僕の妻のお友達に素敵なご令嬢──」
「…………やめろ」
 遮られ、えっ? と見開いた瞳を今まで向けられたことがない鋭さで睨みつけられた。
「本をここに載せて」
「レオン?」
「早く載せてくれるかな?」
 いきなり不機嫌になった男に、思わず固まる。混乱し始めて反応が遅れたジュレルに、苛立ったのだろう。
「私がさっさと君の執務室に運んであげるから。君はゆっくり来ればいいよ。ほら、早く」
 明らかな怒りを見た。
 唇は微笑んでいても、瞳は嘘をつかず、男の憤りをまざまざと明かす。
「そう。なら勝手にすると良いよ。じゃあね」
 呆然と立ち竦むジュレルを置き去りにして、男は足早に去って行く。
 遠ざかる背を呼び止めることはできなかった。
 
 どうやって戻ったのか、ぼんやりと執務室の椅子に背を預けてジュレルは物思いに耽る。
 机には資料が山積みに置かれている。怒りながらも男が律儀に運んでくれたものだ。

 男の名はレオン・アレル。同じ五公爵家のコルバン公爵家の若き当主だ。幼いころから付き合いのある彼は、人見知りなジュレルが唯一我が侭の云える相手だった。
 それと、ジュレルを苛み続ける記憶を共有し、いつでも慈しんでくれる大切な人物でもある。

◇◇

 十三歳の時、ジュレルは攫われた。ジルファス家を逆恨みした元貴族の男が犯人だった。その共犯者にたまたま美少年と名高かったジュレルに懸想していた男がいて、犯されることになった。嵐の夜だった。
 
「ジル! ……よかった」
「……レ…、レ……オ?」 
 目が覚めた時、ジュレルを抱きしめていたのはレオンだった。薄暗い監禁されていた小屋ではなく、清潔な部屋。躰も洗われたのかさっぱりしていた。
「安心して。ここには俺しかいないから」
「躰……洗ってくれたんだ…」 
「ごめん。俺が勝手に洗った。起きてからと思ったんだけど、どうしても厭だった……」
「汚いのに、ごめんなさい」
「穢くない! ジルが詫びることはないんだ!」
「レオぉぉ……」 
 短い人生でこれだけ泣いたことがあるだろうか? 恐怖と安堵で縋りつき泣き続けるジュレルを、涙がとまるまで「ジル」と名を呼び頭を撫で、レオンは抱きしめてくれた。
 落ち着いたころ、語ってくれた。
 三人で街を散策する約束をしていたレオンとギリアムは、いつまでも来ないジュレルを案じてジルファス家に赴いた。ジュレルを馬車で送ったはずの御者がいつまでも戻らないことを知った二人は、自分たちが抱えている子飼いの影を駆使し、ジュレルの居場所を突き止めたのだと。
「ありがとう」
「………間に合わなかったんだ、俺。だから、礼なんて云わないで、ジル……」
「父上はご存じなのかな……」
「……いや。ジルファス公爵には、待ち合わせ場所が違っていたが無事に会え、散策で疲れたジルを俺の部屋に泊めるとお伝えした。その、……後始末はギルに任せてあるから、安心して?」
「うん」
 見慣れない部屋だった。公爵邸のレオンの部屋ではなかった。城下に借りている隠れ家で、息抜きのため週末はここで過ごしているんだ、とレオンは云った。
「ここは俺とギルしか来ないから安心していいんだよ」
「ギル知ってたんだ……」
 何故か赦せなくてレオンには届かないほど小さく呟いていた。
「レオ、お願いがあるんだ」 
 気がついてしまった。
 遠のく意識の中で、レオンは「俺」と云っていた。ギリアムに、確かに。ここも、知っている。ジュレルだけが知らされずにいた。二人だけで時間を共有していることがたまらなく厭だった。見知らぬ男に犯されたことよりも何よりも。
 ジュレルは強請った。
「レオ助けて──」
 
 苦しみを湛えた瞳をまっすぐに向けて、レオンはジュレルを抱いた。
 
 ───レオンはたったひとりの「レオ」なんだから。

 独占欲のわけを知らずに、独り占めを望む子供の我が侭で、幼馴染みから大きく外れていった。

◇◇

(どうしてレオは怒ったの?)  
 
 考えても考えても、答えが出ない。
 妻がいることは良いことだ。
 政略でも、ジュレルと妻は本好きという趣味を共有する同士だ。いわゆる恋愛ではお互いないけれど仲も良い。レオンといる時の安堵とは違うなごやかな時間を持っている。
 ギリアムの奥方はとても素敵なひとだけれど、大切なレオンの息子にはちゃんと「母親」がいればよいとも思う。レオンの息子はジュレルにとっても大切だからだ。
 レオンはとても人気があるのに、もったいないと常々感じていたから、白い結婚のまま出戻った、性格の良い令嬢を後妻に紹介したかっただけだ。
(……なのにどうして?)
 ぐるぐると同じ問いを繰り返す。

 どうしてもあの凍えるほど冷たい眼差しと、いつものレオンが繋がらない。

 納得のいく答えが出ないから、ジュレルはその日ずっと悩むことになる。
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