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一話「お釣りはあげるよ」
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中学を卒業してすぐ、葵にピンチがやってきた。
「ど、どうしよう……」
中学の時、新聞配達のアルバイトで得た資金で就職活動をしていた。
履歴書を送るだけでも180円、履歴書に張り付ける写真一枚当たり500円。相当お金がかかった。
始めの数社は営業職や事務職で応募していたが、ことごとく書類選考に落ちてしまったため、もう少し現実を見ようと思い、清掃会社や飲食店、コンビニなどにも書類を送った。
なのに、どことも面接の機会はなかった。
手元にあるお金はすでに千円を切っていた。崖っぷちの三日後、面接に来てほしいという連絡が入った。
ほとんど何を言ったか覚えていない。ただ、もう自分にはここしかないと涙ながらに就職したいと嘆願したことだけは覚えている。
コンビニはサービス残業が多かったが、唯一拾ってくれた場所だ。
心を込めて、毎日接客をしていた。
そんな時、一人のスーツの男性に褒めてもらった事がある。
「君の笑顔を見ると、なんだか元気になるよ。毎日えらいね。あ、お釣りはあげるよ」と。
その日、自分は男性に心惹かれるのだと初めて気づいた。
気づいたからと言って、何かが変わるわけもなく。
ただただ、”あの人”がコーヒーを買いに来るのを待つ日々が続いた。
”あの人”は月に一度くらいのペースでコンビニのコーヒーを買い、葵にお釣りを渡してくる。
”あの人”の顔を見れただけで胸があつくなり、涙が出そうなほど嬉しくなった。
彼は葵を見つけると、朝だと「おはよう」昼であれば「こんにちは」夜であれば「こんばんは」と声をかけてくれる。嬉しくて、声が詰まりそうになりながら、いつもかすれた声で葵は返事をしていた。
いらっしゃいませ! といつも元気に声を出しているのに、その人を前にすると途端に声が出なくなるのだ。
それに気づいているのか気づいていないのか、”あの人”はいつも変わらず挨拶してくれる。
(大好き)
家に帰り、いつもその人のことで頭がいっぱいになる。
”あの人”のようにスーツを着て働いてみたい。そう強く思うようになった17歳の夏、葵は高校卒業程度認定試験の勉強を始めた。そして少ない給与から、毎月一万円を捻出し、貯金をするようになった。
夢が出来たからだ。
スーツの男性が、一度コンビニ前で電話をしているのを聞いたことがあった。彼はコンビニの裏手にある白銀どうぶつ社という会社の社長で、とても偉い人だった。
そして彼が電話をしている間、コンビニの表を掃除しているフリをしながら、葵はさりげなく電話の内容を聞いていた。
「社員になるならやっぱり、金の流れをつかめるやつが欲しいよ」と。
世の中には通信で卒業できる経理の専門学校というものがあった。通学なら年間70万は必要だが、通信であれば年間20万円ですむ。卒業まで、40万円ほどで十分だとネットで知ってから、葵は毎月の一万円貯金と勉強を必死に頑張った。
コンビニでは昇給は見込めず、またボーナスという概念もなかった。どうがんばっても、貯金は毎月一万円がやっとだった。年間で貯金できる額は12万円。40万円を貯金するには三年と少しかかった。
そういった事情もあり、専門学校を卒業できた頃には24歳になっていた。
再び面接のための書類を用意することとなる。通信の専門学校で、面接のノウハウについてはしっかり学び、また、対策もぬかりなくやった。誰が読んでも欲しいと思える人材の書類だ。
”あの人”--藤川 透さんは今も白銀どうぶつ社で働いている。
ネットで検索すると、透さんはホームページの社長紹介に写真を載せていた。勉強でくじけそうな時、風邪などで休み、貯金ができなくて泣いた日などは、いつも彼を心の支えにして頑張っていた。
そしてとうとう、白銀どうぶつ社の人事担当から連絡がきた。面接に来てください、と。
全財産をはたいて買ったスーツ一式を身に着け、隙の無い状態で面接に挑んだ。その一週間後。
不採用の通知が届いた。
17歳から24になるこの数年間、この会社に就職するためだけに心血を注いできた。
さすがに、こればかりは獣人である己の血を呪った。
獣人の男性の半分は血気盛んな者が多い。楽観的で、短気。そんな印象が一般的だった。
だが、葵は違う。人見知りで、慎重。なかなか他人に怒りを見せることは無く、何事も穏やかに事をすませたい。
きっと面接で会ってもらえれば、それが伝わると思っていた。
しかし、現実は違った。
白銀どうぶつ社は自分には不釣り合いなほど競争倍率が高い会社だった。
だからこそ、何年も準備をし、計画を立てて臨んだ。
それでもだめだったのは獣人という種族だからだろう。それ以外答えは出せなかった。
「ひっく……ひっく……」
コンビニの裏手には公園と、白銀どうぶつ社がある。
あの会社に就職したかった。あの人の会社で、少しでもいいからあの人のために働きたかった。
あの人は忙しいのか、ここ数年コンビニで見かけなくなった。
もう二度と会うことはできないのだろうか。
涙が止まらない。ブランコに座り、ただただ涙を流していた。
「どうしたんだい?」
「……?」
葵は顔を上げた。
<続く>
「ど、どうしよう……」
中学の時、新聞配達のアルバイトで得た資金で就職活動をしていた。
履歴書を送るだけでも180円、履歴書に張り付ける写真一枚当たり500円。相当お金がかかった。
始めの数社は営業職や事務職で応募していたが、ことごとく書類選考に落ちてしまったため、もう少し現実を見ようと思い、清掃会社や飲食店、コンビニなどにも書類を送った。
なのに、どことも面接の機会はなかった。
手元にあるお金はすでに千円を切っていた。崖っぷちの三日後、面接に来てほしいという連絡が入った。
ほとんど何を言ったか覚えていない。ただ、もう自分にはここしかないと涙ながらに就職したいと嘆願したことだけは覚えている。
コンビニはサービス残業が多かったが、唯一拾ってくれた場所だ。
心を込めて、毎日接客をしていた。
そんな時、一人のスーツの男性に褒めてもらった事がある。
「君の笑顔を見ると、なんだか元気になるよ。毎日えらいね。あ、お釣りはあげるよ」と。
その日、自分は男性に心惹かれるのだと初めて気づいた。
気づいたからと言って、何かが変わるわけもなく。
ただただ、”あの人”がコーヒーを買いに来るのを待つ日々が続いた。
”あの人”は月に一度くらいのペースでコンビニのコーヒーを買い、葵にお釣りを渡してくる。
”あの人”の顔を見れただけで胸があつくなり、涙が出そうなほど嬉しくなった。
彼は葵を見つけると、朝だと「おはよう」昼であれば「こんにちは」夜であれば「こんばんは」と声をかけてくれる。嬉しくて、声が詰まりそうになりながら、いつもかすれた声で葵は返事をしていた。
いらっしゃいませ! といつも元気に声を出しているのに、その人を前にすると途端に声が出なくなるのだ。
それに気づいているのか気づいていないのか、”あの人”はいつも変わらず挨拶してくれる。
(大好き)
家に帰り、いつもその人のことで頭がいっぱいになる。
”あの人”のようにスーツを着て働いてみたい。そう強く思うようになった17歳の夏、葵は高校卒業程度認定試験の勉強を始めた。そして少ない給与から、毎月一万円を捻出し、貯金をするようになった。
夢が出来たからだ。
スーツの男性が、一度コンビニ前で電話をしているのを聞いたことがあった。彼はコンビニの裏手にある白銀どうぶつ社という会社の社長で、とても偉い人だった。
そして彼が電話をしている間、コンビニの表を掃除しているフリをしながら、葵はさりげなく電話の内容を聞いていた。
「社員になるならやっぱり、金の流れをつかめるやつが欲しいよ」と。
世の中には通信で卒業できる経理の専門学校というものがあった。通学なら年間70万は必要だが、通信であれば年間20万円ですむ。卒業まで、40万円ほどで十分だとネットで知ってから、葵は毎月の一万円貯金と勉強を必死に頑張った。
コンビニでは昇給は見込めず、またボーナスという概念もなかった。どうがんばっても、貯金は毎月一万円がやっとだった。年間で貯金できる額は12万円。40万円を貯金するには三年と少しかかった。
そういった事情もあり、専門学校を卒業できた頃には24歳になっていた。
再び面接のための書類を用意することとなる。通信の専門学校で、面接のノウハウについてはしっかり学び、また、対策もぬかりなくやった。誰が読んでも欲しいと思える人材の書類だ。
”あの人”--藤川 透さんは今も白銀どうぶつ社で働いている。
ネットで検索すると、透さんはホームページの社長紹介に写真を載せていた。勉強でくじけそうな時、風邪などで休み、貯金ができなくて泣いた日などは、いつも彼を心の支えにして頑張っていた。
そしてとうとう、白銀どうぶつ社の人事担当から連絡がきた。面接に来てください、と。
全財産をはたいて買ったスーツ一式を身に着け、隙の無い状態で面接に挑んだ。その一週間後。
不採用の通知が届いた。
17歳から24になるこの数年間、この会社に就職するためだけに心血を注いできた。
さすがに、こればかりは獣人である己の血を呪った。
獣人の男性の半分は血気盛んな者が多い。楽観的で、短気。そんな印象が一般的だった。
だが、葵は違う。人見知りで、慎重。なかなか他人に怒りを見せることは無く、何事も穏やかに事をすませたい。
きっと面接で会ってもらえれば、それが伝わると思っていた。
しかし、現実は違った。
白銀どうぶつ社は自分には不釣り合いなほど競争倍率が高い会社だった。
だからこそ、何年も準備をし、計画を立てて臨んだ。
それでもだめだったのは獣人という種族だからだろう。それ以外答えは出せなかった。
「ひっく……ひっく……」
コンビニの裏手には公園と、白銀どうぶつ社がある。
あの会社に就職したかった。あの人の会社で、少しでもいいからあの人のために働きたかった。
あの人は忙しいのか、ここ数年コンビニで見かけなくなった。
もう二度と会うことはできないのだろうか。
涙が止まらない。ブランコに座り、ただただ涙を流していた。
「どうしたんだい?」
「……?」
葵は顔を上げた。
<続く>
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