カオスサーガ〜残されし者達の誓い〜

ロブレス

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第12話 ――戦い前夜の黒き刃と一杯の酒――

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あれから数時間後――

訓練所の中央で、ホークスは静かに呼吸を整えていた。

ホークスの前には再生の土塊。

再生。

崩壊。

再生。

崩壊。

アルクを想定した、無限再生型の訓練標的。



「……これで終わりだ」

黒い大剣を肩から滑らせ、構える。

視界が研ぎ澄まされる。

闘気が刃へと沈み込み――

《大切断》

振り抜いた瞬間、空気が裂け鳴り響く轟音。

土塊は縦に割れ、内側から爆ぜ、粉塵となって崩れ落ちる。

……再生しない。

しばしの静寂。



「……ふぅ」

深く、長く息を吐く。

黒鉄の大剣は、今や完全に手の延長だった。

初めて握ったときの違和感。

重さへの戸惑い。

軋むような反動。

それらはもう無い。

振るえば、応える。

受ければ、耐える。

斬れば、通る。

「……いい刃だ」

無意識に呟いていた。

その直後。



ぐう。

腹が鳴る。

「……腹減ったな」

ホークスは空腹を感じ飯を食うことにした。

自然と向かう先は決まっていた。

ギルドマスター――ボイド。

飯をタカるついでに、顔を見ておく。

明日は最前線。

アルクとの一騎討ち。

……だからこそ、今夜は。



転送室、座標指定。

光が弾ける。

次の瞬間、重厚な扉の前に立っていた。

コン、コン。

「入れ」

低く、太い声。

扉を開く。

「よう」

軽く手を上げる。



部屋の中央には山のような書類。

その向こうで、ボイドが視線を落としたまま言う。

「一騎討ちの準備はできているのか?」

声は平静。

だが、僅かに重い。

「明日には最前線に向かう」

短く答える。

そして間を置かずに言った。

「腹が減った。飯を食わせろ」



ボイドの肩が揺れた。

「はははっ!」

笑い声が部屋に響く。

「ちょうどいい。わしも腹が減っていたところだ。飯を食おう」

そう言って顔を上げた瞬間――

視線が止まる。

ホークスの背。

黒い大剣。

空気が、変わる。



「……それを見せろ」

声が低くなる。

ホークスはニヤリと笑い、大剣を外す。

「ほらよ」

ボイドは両手で受け取る。

重いはずの刃を、軽く扱う。

刃先を撫でる。

指で弾く。

澄んだ金属音が響く。

ボイドの目が細くなる。

「……異常な完成度だ」



刃を傾け、魔力を流す。

「この硬度……この通り……無駄がない」

さらに弾く。

「これならアルクの一撃にも耐えられるだろう!」

珍しく、声が弾んだ。

ホークスは肩をすくめる。

「製作者いわく、未完成品らしいぞ」

集中に広がる沈黙、ボイドの動きが止まる。

「……は?」

ボイドの顔が固まり呆気にとられる。



「俺も同じ顔した」

ホークスが吹き出す。

ボイドはゆっくりと大剣を見つめ直す。

「……恐ろしい鍛冶師だな」

ボイドはいつもと違う様子でぽつり。

「羨ましい」

本音だった。

「いいだろ?」

少し誇らしげに言うホークス。



ボイドは刃を返しながら冗談交じりに少し真剣な声色で言う。

「一騎討ちが終わったら譲ってくれんか?」

「俺が負けたら持ってきな」

「つまり渡す気はないということだな?」

「そんな事はいいから飯をくれ」

ホークスは即答しボイドは豪快に笑った。

「飯を頼む!!」



重厚な扉が開く。

黒いギルドの正装姿の女性が入室する。

静かな足取り、目の前のホークスに一礼。

卓上に並ぶ、湯気の立つ皿。

焼き立てのパン。

濃いスープ、鶏肉のソテー。

部屋に香ばしい香りが広がる。



(今の女、結構強いな、Aランク位か?)

「今のは?」

「裏方の雑務を手伝ってもらっている私兵だ」

「……おやっさんも大変だな」

そう言いながら、パンをちぎる。

温かい食事とうまそうな香り。

それだけで、少し肩の力が抜けた。



ボイドもパンを口に運びながら言う。

「一騎討ちの作戦は?」

ホークスは肉を切り分け一口食べてから答える。

「黒い大剣で受け止める、他には目眩ましに火魔法、黒い大剣でカウンターを狙うのも考えてる」

パンを一口かじり更に答える。

「そこから分身で多方向から崩す」

声には、確かな自信。



「もう一つ決定打が欲しいな」

ボイドは静かに言う。

ホークスはスープを口にし、続ける。

「分身から魔法陣を使った攻撃魔法で崩しを入れる予定だ」

ボイドは顎に手を当て、少し考え――

「……勝率は4割ほどだな」

静かに告げる。



ホークスは肉を頬張りながら笑う。

「4割もあれば充分すぎる」

ボイドは豪快に笑った。

「ちげえねぇ!」

笑い声が部屋に響く。

だが、その目は。

ほんの一瞬だけ。

孫を見る祖父のように、静かだった。



――明日、ホークスは死地に向かう。

だからこそ今夜は、

飯を食い、笑い、酒を飲む。

ボイドはゆっくりと立ち上がる。

「……酒を出すか」



ボイドは書棚の奥から、一本の瓶を取り出す。

透き通った蒸留酒。光を受けて静かに揺れる。

干し肉も卓上に置き、二つのグラスを並べた。

とく、とく、とく。

透明な液体が満ちていく。



ボイドは一つをホークスに差し出した。

ホークスは受け取り、軽く揺らす。

鼻を近づける。

「……王都じゃ手に入りにくい酒だな」

香りは強いが、荒れていない。

澄んでいる。

ボイドの声が、少しだけ柔らぐ。

「ウィンがな。クエスト先の村で土産に買ってきた」

一瞬、ホークスの目が止まる。



ウィンが、遠方の村まで赴き。

報酬で酒を買い、それを持ち帰る。

――もう、守られるだけの子供ではない。

胸の奥が、じわりと熱を帯びる。

ホークスは何も言わず、酒を一口含んだ。

静かに、喉を落ちる。

鋭さの奥に、澄んだ甘み。

不思議と、温度がある。



「どうだ?」

ボイドが問う。

ホークスは小さく笑った。

「……今まで飲んだ酒の中で一番うまい」

その言葉は、本心だった。

ボイドは豪快に笑う。

「ちげえねぇや!」

グラスを置き、瓶を掴む。

そのまま口をつけて豪快に飲み干した。

「おい、瓶でいくなよ!?」

ボイドは焦っているホークスを瓶の酒を飲み干してから意地悪そうに。

「ウィンに買ってもらえ」

とニヤニヤしながら言う。



ホークスは干し肉をつまもうとしたボイドの手から、残りを乱暴に奪った。

「おい!」

口いっぱいに詰め込み、酒で流し込み、

「味わって食えなかっただろ!」と文句を言う。

「貴様が奪うからだ!」

ボイドは怒鳴るが、数秒後に2人とも顔を合わせて笑い始める。

ボイドの笑いは豪快だ。

ホークスの笑いは少し荒い。

だがその響きは、家族のそれだった。



ひとしきり笑い終え――

部屋に、静けさが戻る。

ボイドは空になった瓶を見つめたまま、ぽつりと尋ねた。

「ウィンに会わなくていいのか?」

その一言で、空気が変わる。

ホークスの笑みが、わずかに消え視線を落とす。

「今会うと、気持ちが揺れかねない」

正直な言葉だった。

ウィンの泣き顔。

抱きついてきた腕。

「お兄ちゃん」と泣きながら繰り返し言った声。

――あの日、兄を失った少女。



「勝ってから会う」

短いが、揺らぎのない言葉。

ボイドはゆっくりとホークスを見る。

かつて、娘を2人失った男の目

かつて、孫を2人失った男の目。

そして今――



孫を戦場へ送り出す男の目。

「……そうか」

ボイドは一呼吸して声に力を込める。

「勝って戻ってこい!」

命令ではない。

願いでもない。

祈りでもない。

それは――



約束を求める声だった。

ホークスは目を上げる。

真っ直ぐに、ボイドを見る。

「戦いの前に、いい酒が飲めた」

ほんの少し、柔らいだ声。

「礼を言う」

ホークスは立ち上がり黒い大剣を背負う。

扉へ向かう足取りは、迷いがない。



扉を開く直前、ボイドが言う。

「ホークス」

振り返らない。

「……お前は、わしの誇りだ」

一瞬、足が止まる、だが振り向かない。

「知ってる」

それだけ言って、部屋を出た。



ボイドは椅子に深く腰を落とす。

空の瓶を握り締める。

「……二度と、奪わせん」

低く、誰にも聞こえない声で呟いた。



ギルド仮眠室。

質素な寝台。

ホークスは大剣を壁に立てかけ、横になる。

天井を見つめる。

黒鉄の刃の重み。

アルクの槍。

ウィンの涙。

ボイドの言葉。

全部が胸の奥で混ざる。

だが、不思議と心は静かだった。

「4割か」

小さく笑う。

「充分だ」

目を閉じる。

明日、戦場へ向かう。

黒き刃を携えて。

静かに、眠りへ落ちた。



 第12話――終


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