カオスサーガ〜残されし者達の誓い〜

ロブレス

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第14話――薙ぎ払う槍――

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 ホークスはギルドの食堂で、戦闘の邪魔にならない程度の最低限の食事を注文した。硬めの黒パンに、塩気の強い干し肉、薄い野菜のスープ。それだけだ。

 味わうためではない。身体を動かすための燃料として、淡々と口へ運ぶ。



 周囲の喧騒が遠く感じられる。皿を下げると同時に立ち上がり、無駄な視線も交わさず仮眠室へ戻った。



 扉を閉めると、静寂が降りる。

 ホークスは装備を一つ一つ確認した。黒い大剣の刃こぼれ、柄の握り具合、革鎧の留め具、魔力の流れ。指先でなぞりながら、対アルク戦のイメージを繰り返す。

 槍の間合いは長い。薙ぎ払いは重い。真正面から受け続ければ腕ごと持っていかれる。

 ――踏み込みは半歩早く。軸を外せ。

 そう思考を巡らせていた時、不意に別の記憶が浮かび上がった。



 酒場の片隅。粗末な木の卓。向かいに座る大柄な獣人。

 アルクは質のあまり良くない火酒を豪快にあおっていた。

「やっぱりな、アルコールが高い火酒が一番だ。喉が焼けるくらいじゃないと飲んだ気がしねぇ」

 そう言って豪快に笑う。鼻を刺すような強烈な匂いに、ホークスは顔をしかめたものだ。

「獣王国じゃあな、戦場で死んだ仲間を弔う儀式がある」

 アルクは酒瓶を揺らしながら語った。



「その戦場に焚き火を起こしてな。その火に火酒を注ぐんだ。注ぎながら、死んだ奴の顔を思い出してやる。それが俺たちの弔いだ」

 少しだけ、声が柔らかくなった。



「俺が死んだらな。焚き火に火酒を注ぐ時は、大きな瓶を一瓶丸々だ。飲みかけは嫌だぞ!」

 真顔で言ってから、にやりと笑う。

「ケチるなよ、ホークス」

 あの時、自分はなんと返しただろうか。

 確か、苦笑しながら「お前が死ぬ姿が想像できん」と言ったはずだ。



 アルクは豪快に笑い、それからふと、家族の話を始めた。

「俺には弟が五人、妹が三人いる。次男がな……あいつは将来、俺より強くなりそうだ」

 嬉しそうだった。誇らしそうだった。

「楽しみだがな。追い抜かれねぇように、俺も頑張らねぇといけねぇ」

 そして少しだけ複雑な顔をした。



「弟の中には俺なんかより頭の出来がいい奴がいてな、馬鹿みたいに暴れるしか能がない俺なんかより将来でっけぇ事やってくれそうでよぉ!」

自分には無い知能を持ち兄ながら尊敬している弟の事を嬉しそうに話す。



「妹どもがな。俺が強すぎるせいで、強い男のハードルが上がっちまってるらしい。嫁入りが遅くなりそうだとよ」

 頭を掻きながら笑うその姿は、ただの兄だった。



 酒の飲み比べでは、ホークスは全く歯が立たなかった。

「まだまだだな!」

 空瓶を並べて高笑いするアルクに、わずかな悔しさを覚えた。

 ――あの男と、これから殺し合う。

 胸の奥に、やりきれなさが滲む。

 だが次の瞬間、別の記憶が浮かぶ。



 幼い頃のウィンの笑顔。

 無邪気に笑い、自分達の後ろをついてきた小さな少女。

 守れなかった過去。

 守らなければならない未来。

 ホークスはゆっくりと息を吐いた。

「……負けられないな」

 装備を整え、部屋を出る。



 首都の外まで歩き、人気のない場所で召喚術を展開する。

 魔法陣が足元に広がり、静かに光る。

 現れたのは巨大な狼――フェンリル。

 ホークスはその背に軽く跳び乗る。

「悪いな。黒い大剣の分、重いだろう」

 フェンリルは低く、短く吠えた。

 次の瞬間、地を蹴る。風が頬を裂く。

 ホークスは大雑把に戦場の方向を指差す。

「あっちだ」

 フェンリルは迷いなく駆け出す。速度がさらに上がる。



 ――最前線にて。

 レイナス王国の兵士達が、オルクス獣王国の兵士達と激しく競り合っていた。

「押せ! 押し返せ!」

「くそっ、獣人ども強すぎる!」

 盾が砕け、槍が弾かれる。

 オルクス側の兵士達が咆哮を上げる。

「魔獣将様の名にかけて前へ!」

「怯むな! 俺たちが道を開く!」

 レイナス側は徐々に押されていた。

 王国側の指揮官が戦場を見据える。

「……このままでは撤退も視野に入れねばならんか」

 歯を食いしばる。

 そこへ伝令が駆け込む。



「報告! ギルドよりランクSのメンバーが援軍としてこちらへ向かっているとのこと!」

 指揮官の目がわずかに見開かれる。

「そうか……」

 ほんの少し安堵が滲む。

「前線を少し下げろ! 体勢を整える! 援軍のランクSを主軸に作戦を組み立てる!」

 命令が飛ぶ、その時だった。



 戦場全体に響く、大きな咆哮。

 空気が震える。

 レイナスの兵士達が思わず後退る。

「ま、まさか……!」

 オルクス側の兵士達が歓喜の声を上げる。

「来たぞ!」

「魔獣将アルク様だ!」

 現れたのは、巨大な槍を携えた魔獣将アルク。

 陣営を一瞥し、闘技を発動する。

 全体的に強化する身体強化。

 身体の筋力を強化する筋力強化。

 更に身体の一点を強化する腕力強化。

 同じように足を強化する脚力強化。

 そして身体の重さを増やす要塞。

 尋常ではない闘技での重ねがけでより化け物に  

 なるアルク。

 筋肉が膨れ上がり、地面が軋み辺りに再び響き                              渡る咆哮。

 そしてレイナス軍の指揮官目掛けて突撃。



「撤退――いや、構えろ! 最後の足掻きだ!覚悟を決めるぞ!」

 指揮官が叫び槍を構える、兵士達が呼応し武器を構え決死の覚悟で迎え撃つ。

 アルクは兵士を薙ぎ払いながら陣営へ迫る。

 その時。



 後方から巨大な狼が疾走してきた。

 フェンリルが指揮官の近くで止まる。

 その背からホークスが跳び降り、着地と同時に黒い大剣を構えて駆け出す。

 アルクの槍がホークスを薙ぎ払う。

 ホークスは黒い大剣でそれを撃ち落とす。

 激しい激突、響く轟音、辺りに衝撃波が走る。



 アルクが目を見開く。

「……久しぶりだな、ホークス」

 わずかに笑う。

「久しぶりだな アルク」

 ホークスも応じる。

 押し合い、弾き合い、互いに後ろへ下がる。



 周囲がざわめく。

「アルク様の薙ぎ払いを止めただと!?」

「味方か!? あの男、アルクを止めたぞ!」

 アルクが槍を肩に担ぐ。

「今回は敵同士……ってことでいいんだな?」

「ああ」

 短い肯定。

 アルクは嬉しそうに笑った。

「昔から一度、戦ってみたかった」

「こちらにも事情がある。戦わねばならん」



 ホークスは大剣を構える。

「アルク。俺と一騎討ちをしろ」

 周囲が息を呑む。

 アルクは一瞬驚き、そして豪快に笑う。

「いいだろう!」



 大きく息を整え、勇ましく辺りに響き渡る声で名乗りを上げる。

「我が名はアルク! オルクス獣王国、魔獣将アルク!」

 オルクスの兵士達が歓声を上げる。

「魔獣将様!」

「ぶちのめせぇ!」

「我らの誇りを見せろ!」

 ホークスも一歩前へ出ると己を鼓舞するかのように大きな声で名乗りを上げる。

「ギルドメンバー、ランクXのホークス!」

 声が戦場に響く。

 一瞬の静寂。



 オルクス側がざわめく。

「ら、ランクXだと……!?」

「伝説級じゃねぇか!」

 レイナス側もどよめく。

「ランクX!?」

「勝てる……のか?」

「いや……これは――」

 アルクの目が輝く。

「ランクX……!」

 嬉しそうに笑う。



「お前と戦ってみたかった。そして伝説で聞いたランクXとも戦ってみたかった。今日、二つの夢が叶うとはな!」

 楽しそうに続ける。

「こんなにツイてると、今日死んじまうんじゃねぇか?」

 ホークスはわずかに口元を歪める。

「夢が叶って何よりだ。祝いの言葉でも贈るか?」

 黒い大剣を構え直す。

「だが、今日死ぬかどうかは――お前の腕次第だ」

 アルクは豪快に笑う。



 レイナス王国の指揮官が低く呟く。

「……ランクXだと?あの伝説の?」

 戦場が静まり返る。

 二人の間に張り詰めた空気が満ちていった。



 第14話――終

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