カオスサーガ〜残されし者達の誓い〜

ロブレス

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第18話――夕暮れに沈む牙――

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赤黒い空を背に、ホークスは王都の外壁付近へと降り立った。

召喚を解く前、足元に佇む巨大な影――フェンリルが低く鼻を鳴らす。

「……心配かけたな」

その声音はかすれていた。



腹部の傷がじくりと疼く。

だがそれよりも、身体の奥に残る戦いの余韻の方が重い。

フェンリルは黄金の瞳で彼を見上げる。

責めるでもなく、誇るでもなく、ただ静かに――生存を確認するように。



「助かった。……本当に」

ホークスはその首筋に一瞬だけ触れ、魔力を緩めた。

巨体は粒子となって霧散する。

ひとりになった瞬間、静寂が落ちた。

近くに見える王都レイナスの外壁。

夕暮れに染まるその姿は、戦場とはあまりにも対照的だった。



王都・正門にて。

「止まれ!」

門番の鋭い声が飛ぶ。

ホークスは足を止める。

鎧は裂け、腹部には血が滲んでいる。

黒き大剣は乾いた血をこびりつかせたまま。

通行を止められて当然の姿だった。



ホークスは無言でギルドカードを取り出す。

門番が確認した瞬間、目が見開かれる。

「Sランク……ホークス殿……!?」

「至急、ギルドに報告がある」

短い言葉。

だが声の奥にある重さに、門番はそれ以上何も言えなかった。

一瞬だけ、傷に視線が落ちる。

「……医務所へは」

「後だ」

迷いのない返答。

門番は小さく息を吐き、門を通す。

「どうか……ご無事で」

その声は、兵士としてではなく一人の人間としてのものだった。

ホークスは振り返らない。

ただ、夕暮れの街へと歩き出す。



夕暮れの街

石畳を踏む音がやけに響く。

人々の視線が集まる。

ざわめきが起こる。

だがホークスは気にしない。

視線よりも重いものを、もう背負っている。

アルクの最後の顔。

槍を握る誇り高い手。

そして――

首を落とす瞬間の、あの確かな手応え。

(……)

思考を止める。

今は報告が先だ。



ギルド本部の扉を押し開けた瞬間、空気が止まる。

受付嬢が顔を上げる。

「ホークスさん……っ!?」

すぐにカウンターを出て駆け寄ろうとする。

「ギルドマスターに直接報告がある」

「でもその傷――」

「急ぎだ」

視線が交差する。

彼女は唇を噛み、頷いた。

「……奥へ」

案内を待たず奥へ行き、ホークスは魔力を練る。

次の瞬間、姿が消える。

ギルドマスター室前に転移。



着地の瞬間、腹部が軋む。

一瞬壁に手をつく。

それでもノックをする。

「入れ」

低く、重い声。

ボイドだった。

扉を開けた瞬間、空気が変わる。

ボイドの鋭い視線がホークスを射抜く。

そして――

一瞬だけ、安堵がよぎった。

「……戻ったか」

短い言葉。

だがそれだけで十分だった。

「無事、とは言い難いがな」

視線が腹部の傷へ落ちる。

その裂傷の深さ、装備の破損具合、血の乾き方。

それだけで戦闘の壮絶さが伝わる。

「相当だな」

「強かった」

ホークスは静かに言う。



「魔獣将アルク。“薙ぎ払う槍”は伊達じゃない」

一瞬、間を置く。

「……恐怖した」

部屋の空気がわずかに揺れる。

ボイドの目が細まる。

「ほう」

「あれがオルクス獣王国の将軍なのだと思い知らされた」

沈黙が走る。



ボイドはゆっくりと口を開く。

「その恐怖を忘れるな」

重い声。

「だが、支配されるな」

「恐怖は警鐘だ。だが主導権を渡せば死ぬ」

ホークスは小さく頷く。

「……分かってる」



そして、もう一つ。

「この一騎討ちで、戦友を亡くした」

空気が凍る。

ボイドの拳が僅かに軋む。

「……そうか」

低い声。

「お前に一騎討ちを命じたのは俺だ」

視線が真っ直ぐ向けられる。

「名声を高める為と戦争の早期終結にはあいつを討ち取るのが一番だった」

「犠牲は出る」

非情な言葉。

だが、それが現実。

ホークスは苦く笑う。

「分かってる。文句を言いに来たわけじゃない」

報告を終えた。

それだけだ。



「今日は休む」

ボイドは即答する。

「数日は動くな、傷を癒せ」

「……明日、やることがある」

「何だ?」

問いは鋭い。

ホークスは扉に手をかけたまま答える。

「戦友との約束だ」

それ以上は言わない。

扉が閉まる。

辺りを静寂が包む。



重い机に肘をつき、目を閉じる。

「……若いな」

一騎討ちを命じたのは正しかったのか。

アルクを確実に仕留めるには最適だった。

だが――

「……ギルドの為だ」

そう言い聞かせる。

境界線は揺れている。甘さは許されない。

それでも、胸の奥に残るやりきれなさは消えなかった。



ギルド宿屋にて

部屋に入るなり、大剣を壁に立てかける。

装備を一つずつ外す。

革鎧を脱いだ瞬間、血が再び滲む。

小さく舌打ち。

装備を全て外し、水を浴びる。

赤い水が足元に流れる。

目を閉じると、戦場が蘇る。

踏み込みの圧、槍の軌道。

自分の判断。

(詰めが甘い)

三重魔法陣は成功した。

だが成功に賭けただけだ。

確実ではなかった。

もっと削れたはずだ。

もっと早く終わらせられたはずだ。



ポーションを傷口にかける。

焼けるような痛み。

歯を食いしばり耐える。

包帯を巻く。

ふと、手が止まる。



――首を跳ねた瞬間。

アルクの目。

恐怖はなかった。

ただ、誇りと静かな受容。

その顔が離れない。

(俺は……)

達成感もある。

あれほどの強敵を倒した。

成長も感じた。

だが同時に――



戦友を自ら討った後悔。

ギルドの方針へのわずかな反発。

首を落とす瞬間の絶望感。

終わったはずなのに、残る虚無。

感情が渦巻く。

整理はつかない。

ベッドに倒れ込む。

天井を見上げる。

「……」



瞼が重くなる。

最後に浮かんだのは、アルクの笑みだった。

静かな闇が降りる。

ホークスは、様々な感情を抱えたまま眠りについた。



第18話――終

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