サーベイランスA

淀川 大

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第2部

2038年5月12日(水) 2

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 国防省ビルの中に設けられた、窓が無い広い部屋には、正面に大型のモニターが設置され、その前に階段状に机と椅子が並べられている。大学の大講堂のようなその部屋には、制服姿の国防省職員や戦闘服姿の軍人が大勢詰めていた。各自の机の上には正面の大型モニターと同じ画像が平面ホログラフィーで宙に浮いている。その大型モニターの端に寄せて置かれた演台では、制服姿の若い女が、モニターに次々と表示される顔写真を見ながら説明していた。
上野秀則うえのひでのり、四十七歳、次長職。社会面の記事統括をしています。元は政治部のキャップをしていましたが、今春より社会部の次長となりました。配偶者と二人の子がおり、実母と共に同居。――以下は実働班。神作真哉こうさしんや、四十七歳、現場統括職、職長。チームのリーダーです。数年前に離婚。現在は一人暮らし。『キャップ』と呼ばれる場合があります。続いて、重成直人しげなりなおと、六十四歳、記者職長代理。『シゲさん』という愛称で呼ばれています。この男も元政治部の記者です。現在、独身。次が、永山哲也ながやまてつや、三十九歳、記者。配偶者、子一人あり。一部の者が『哲ちゃん』と呼ぶことがありますが、その場合は、この男のことです。それから、永峰千佳ながみねちか、三十三歳、記者。独身。一人暮らし。多くの場合、下の名前で呼ばれています。なお、この女はコンピューターに強いようです。以上が新日ネット新聞社の本件担当者であります。年齢は、今年の誕生日での年齢です」
 最前列の席で聞いていた背広姿の増田基和が言った。
「うむ。ご苦労。雑誌社の方は」
「はっ」
 演台の横で椅子から立ち上がった制服姿の若い男が、最初の女と入れ替わって演台に立ち、少し緊張気味にモニターに映る顔写真の人物の情報を報告し始めた。
「ええと……まず、山野紀子やまののりこ、四十六歳、編集室室長。元は東京の新日新聞社の政治記者でした。先程出た神作真哉の元配偶者です。子一人と同居。愛称は『編集長』、あるいは『ノンさん』です。次が、別府博べっぷひろし、三十五歳、記者。配偶者あり、子二人。愛称はありません。続いて、春木陽香はるきはるか、二十六歳。独身。ああ、すみません。来月で二十七歳になります。記者。今春から採用された新人です。愛称は『ハルハル』。第一就職では新日ネット新聞の社会部で神作チームに所属していたそうです。最後に、勇一松頼斗ゆういちまつらいと、この男……だと思うのですが、この男の年齢は不詳。新日風潮社と長年に渡り撮影委託契約を締結している契約社員です。職種はカメラマン兼記者。愛称は単に『ライト』。さん付けされる場合もあります。――以上が、本件に係る新日風潮社の取材担当者です」
 増田基和が言った。
「ご苦労。他の記者は関与していないのだな」
 演台の若い男が答えた。
「は。現時点では確認されておりません」
 増田基和は更に尋ねる。
「この中に、司時空庁の津田長官とコンタクトをとっている者は」
 若い男と最初の女が順に答えた。
「現時点ではゼロです」
「こちらでも確認されておりません」
 増田基和は険しい顔で言った。
「では、全員をリストに加えろ」
「は」
 演台の二人が同時に答えた。
 二人が演台から去ると、増田基和は言った。
「軍規監視局から連絡は」
 増田が座っている列の端で背広姿の男が立ち上がり答える。
「いえ。何も」
「そうか」
 頷いた増田基和は、更に言った。
「小隊長たちの撤収は」
 増田の二つ隣の席から、制服姿の男が答えた。
「ヒトマル丁度に完了しました。現在、多久実たくみ第一基地に移動中であります」
「よろしい。基地到着後、特務分隊は解散。暫く休暇をとらせたら、通常任務に戻せ」
「了解」
 増田基和は前を向いたまま大きな声で言った。
「索敵班、現状は」
 後列の中程の段の席で戦闘服姿の中年男性が立ち上がり、大きな声で報告する。
「は。現状変わらず。鋭意探索中であります」
「この機を逃すな。必ず特定するんだ。いいな」
「了解しました」
 増田基和は再び大きな声で言った。
「連絡官」
「は」
 隅の入り口の近くに座っていた制服姿の若い女が立った。
 増田基和が尋ねる。
「十七師団は」
 女は手許の小型端末を確認しながら答えた。
「現在、ミクロネシア沿岸を移動中。十五日には沖縄沿岸の人工島基地に着く模様です」
「貴団の今のバージョンは」
「バージョン5.2。人工島基地寄港中にバージョンレベルを6に更新する予定です」
 増田基和は頷いてから少し横を向いた。
「企画。演習地域の候補設定は済んだか」
 階段状の席の下から二段目の列に座っている背広の中年男性が答える。
「はい。現在、ブロックY、L、V、Aを最適候補として上位に設定しています」
「ブロックWとPも加えろ。絞るには早すぎる。渉外。外務省とのシンクロを報告」
 背広の中年男性の隣の席から、同じく背広姿の若い男が返答した。
「全体ではシンクロ・ファイブを維持。調整局とも同レベルでの連携です」
「特調の方は」
「依然シンクロ・ワン。変化ありません」
「そうか。……」
 増田基和は表情を曇らせる。顔を上げた彼は、その若い男に言った。
「特調からの情報は確度チェックを怠るな。レベルスリー以下は切り捨てだ」
 背広姿の若い男はメモを取りながら頷いた。
「調達局の準備は」
 増田基和がそう言うと、隣の制服姿の男が背筋を正して報告した。
「は。装備品の交換及び充填の準備は整っているとのことであります」
「使用装備について、法務との調整は」
「終了しています。問題ありません」
 増田基和は厳しい顔のまま頷く。
「よろしい。阿部大佐には追って指示する旨を伝えろ」
「了解」
 増田基和は反対に顔を向けると、言った。
「偵察衛星のクリーニングは」
 その列の端から近い席に座っていたスーツ姿の女性が報告する。
「現時点では何とも。精度を信頼するしかありません」
 眉間に縦皺を刻んで増田基和は呟いた。
「――勘頼りか……」
 増田基和は立ち上がると振り向き、階段状の席に向かって大きな声で言った。
「よし。その他は通常態勢を維持。ただし、ゾーン・エイトでの分散態勢を基準とする。暗号コードの変換確認を怠るな」
 全員が声を揃えて返事をした。
 横に顔を向けた増田基和は、端の席の男を見て言った。
「軍規監視局には、引き続き支援態勢を維持しろ」
 そして、すぐに階段状の席の方に顔を戻して、再び大きな声で司令を発した。
「各ターゲットにはレベル・ツーでの捕捉を継続。分析班は各ターゲットの行動パターンを整理し、中心人物を特定せよ。その人物を我々の攻撃の第一目標とする。敵を特定したら速やかに排除だ。作戦を妨害する者は全て敵と看做せ。わかったな」
 全員が更に大きな声で、揃えて返事をした。
 増田基和は厳しい顔のまま言う。
「以上だ。解散」
 人々は一斉に席から立ち上がると、それぞれの方角へと速足で歩いていった。
 増田基和は、隣の席で立ち上がった制服姿の男に言った。
「第四空間防衛司令部に連絡を入れろ。中将と話がしたいと。それと、サイバー部隊の技術兵を一人同席させるんだ。大至急セッティングしてくれ」
「了解しました」
 その制服姿の男は敬礼をしてから速足で出口へと向かった。増田基和はそこに立ったまま大型モニターに厳しい視線を送る。
 モニター上には、記者たちの顔写真の画像が横一列に並べられていた。

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