サーベイランスA

淀川 大

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第2部

2038年5月24日 (月) 2

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 広いダイニングには白いテーブルクロスが掛けられた長い机が置かれている。老人は机の端に置かれた車椅子に座り、一人で食事をしていた。テーブルの上には沢山の豪勢な料理や、高級ワイン、フルーツが盛られた銀の皿が並んでいる。
 金縁の丸皿の上でナイフとフォークを使ってステーキの肉を切っている老人に、横に立つ刀傷の男が頭を下げた。
「すみません。余計な邪魔が入りまして。まさか警官が軍人を連れてくるとは……」
 老人は肉を頬張りながら言う。
「気にすることはない。今回は目的を遂げた。それでよい。ま、前回の待機施設の件には目を瞑ろう。お前の責任ではないし、今回、お前はその失敗をカバーする働きをした」
「畏れ入ります」
 ワインを口にした老人は、ナイフの先で刀傷の男を指しながら言った。
「とにかく、これで司時空庁と警察の間に亀裂が入ったということだ。こちらにとっては都合がいい。あとは、軍だな。――西郷、西郷は居るか」
 光沢のあるパーティースーツを着た中年男がテーブルの反対側の端の方に立っていた。彼は頭を垂れて言った。
「はい。ここに」
 老人はナプキンで口を拭くと、西郷に言った。
「取り込めたか」
「は。しっかりと」
「よろしい」
 頷いた老人はナプキンをテーブルの上に放り投げ、車椅子の車輪に手を掛けた。刀傷の男が車椅子を押そうと後ろに回ると、老人は右手を上げてそれを拒否し、自分で車輪を回して椅子の向きを変えた。そのまま窓辺に移動すると、窓から下を覗く。中庭の向こうの建物の、一つ下の階の部屋で、着飾った婦人と若い娘、若い男が車椅子の老人と共に談笑しながら夕食をとっていた。
 老人はその様子を眺めながら、右手を上げた。
「ん、ん」
 西郷を手招きして呼び寄せた老人は、彼に言った。
「ここからが問題じゃ。事を正確に進める必要がある。一点のミスも無くじゃ」
 刀傷の男が眉間に皺を寄せる。
 車椅子の後ろに立った西郷京斗さいごうけいとが言った。
「閣下、一つ問題が」
「なんじゃ」
「監視対象の活動が活発になって来ております。いかが致しましょう」
 老人の顔が険しくなる。
「おのれ……」
 車椅子を回して窓に背を向けた老人は言った。
「とにかく、記録しろ。全てを記録するのじゃ。よいな」
「は。かしこまりました」
 西郷京斗は頭を下げて返事をした。
 老人は歯軋りしながら呟く。
「ここからじゃ。ここからが肝心なのじゃ……」
 窓から強い月光が射し込んでいた。


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