サーベイランスA

淀川 大

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第2部

2038年5月24日 (月) 1

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 司時空庁ビルの長官室。津田幹雄は不機嫌そうな顔で「週刊新日風潮」を自分の広い机の上に放り投げた。
 横に立っている佐藤雪子が雑誌の表紙のタイトルを見て言う。
LustGirlsラストガールズに興味はございませんの? ついに脱ぐのか、ですってよ」
 津田幹雄は机に片腕を乗せて横を向いた。
「田爪瑠香の自宅が侵入窃盗の被害に遭ったと書いてある。本人も行方不明だと。面倒な事になったぞ。読んでみたまえ」
 津田にそう言われて、佐藤雪子は雑誌を手に取り頁を捲った。
 津田幹雄は机の上に置いた拳を強く握りながら言った。
「田爪瑠香の自宅マンションの写真まで……。家捜ししたのなら、なぜ鍵を元通りに閉めて出ないんだ。馬鹿共が!」
 彼は強く机を叩いた。佐藤雪子が記事に目を通しながら言った。
「記者が襲撃されたようですわね。しかも、一番若い女の子が」
 津田幹雄は舌打ちした。
「一体誰だ。白昼堂々と。素人か」
「顔に刀傷のある男だったと書いてありますけど……」
「うちの職員の中に該当する男がいないか、すぐに調べろ。放火した奴もだ。そして、誰の指示で動いたのか、はっきりさせるんだ」
 雑誌を机の上に戻した佐藤雪子が言った。
「警察も随分と御冠のようですわね」
「当然だ。警察が現場検証に入る直前に間隙を縫って現場に火をつけたんだ。警察権力に真っ向から挑戦しているようなものじゃないか。ただでさえ放火は凶悪犯なんだぞ。しかも、現場は窃盗と誘拐と殺人未遂の現場じゃないか。いったい何を考えてるんだ、この男は!」
 津田幹雄は憎しみを込めて机の上の雑誌を指差した。佐藤雪子も眉を寄せて言う。
「その上、こんな記事まで出たら、警察の面子は丸潰れですわね」
「追跡した警官も一人殺されている。子越長官は私からの連絡にも応じない。完全に警察を敵に回してしまったよ。その男のお蔭で!」
「それで、どのように対処なさるおつもりで」
「うーん……」
 椅子の背もたれに身を倒して暫らく思案した津田幹雄は、佐藤の顔を見て言った。
「まずは、松田君に監視局から有能な人員を選抜させよう。記者たちの監視を強化せねばならん。STS(Space Time Security)からも二、三人必要だな」
「実力部隊からですか?」
「そうだ。場合によっては、事を急がねばならん。田爪瑠香の発射は何としても実行せねばならない。今、余計な邪魔をされては困る。こうなったら実力行使も已むを得ん」
 佐藤雪子が再び眉間に皺を寄せて言った。
「ですが、マスコミの記者を襲えば、事が大きくなるのでは……」
「だからSTSを使うんだよ。奴らはプロだ。この男のように下手なやり方はしないはずだ。事故か何かに見せかけるくらいの工作はするだろう」
 指先で眼鏡を上げた津田幹雄は片笑んだ。
「それにSTSは国防軍から出向してきている兵隊だ。最終的な指揮監督の責任は軍にある。いざという時には、そういう点でも都合がいい」
 背もたれから身を起こした津田幹雄は、再び雑誌を手に取り、表紙を何度も叩きながら言った。
「しかし、こんな事をしなければならなくなったのも全てこの男のせいだ。誰がこんな男を使ったんだ。どうせ使うのなら、どうして外部の人間を使わんのだ。金で動くチンピラ連中は幾らでもいるだろうに」
 その雑誌をゴミ箱に放り込んだ彼は、冷静な口調に戻した。
「とにかく、この男の正体を掴む必要がある。例の上申書と論文を内部からリークしたのも、この男かもしれん。もし、ウチの人間ではなく、動かしたのが奥野大臣なら、将来的にこちらの切り札になるかもしれんしな。佐藤君、そういうことだから、何としても、この男の身元を割り出してくれ。頼んだよ」
「かしこまりました」
 一礼した佐藤雪子は「週刊新日風潮」が逆様になって入っているゴミ箱を手に取ると、秘書室へ続くドアへと歩いていった。
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