サーベイランスA

淀川 大

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第2部

2038年5月25日(火) 5

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 「薬局」の小さなドアを開けて中に入っていく春木と勇一松の様子が白いバンの車内のモニターに映っている。それを見ていた中堅の仲島は無線のマイクを口元に近づけて言った。
「本部、こちらサーベイ・ツー仲野班。対象者FとDが車を降りた。寺師町の十六街区の薬局の前だ。二人とも中に入った。たぶん薬を買うだけだ。どうぞ」
『こちら本部、了解した。そのまま追尾を継続しろ。後で応援を送る』
「了解」
 通信を終えた仲島がマイクを机の上に置くと、隣に座っている若手の仲町が言った。
「しかし、薬をもらうのに、何もこんな薬局を選ばなくても……。ここ、裏で違法な薬品を捌《さば》いているって噂の薬局ですよね」
 ヘッドホンを外した仲島が、腕組みをしながら言う。
「あの春木って女、カマトトぶって、実はジャンキーなのかもな。おお、こわっ」
 ハンドルに靠れかかって運転席から前方の様子を伺っていた最年長の仲野が言った。
「知らんだけだろ。近場の調剤薬局に飛び込んだんだ。中は本物の麻薬中毒者だらけだからな。きっと驚いて出てくるぞ。見てろよ」
 小さなドアが激しく開き、包帯頭に赤いパーカーの女性が勇一松に手を引かれながら出てきた。それを見てハンドルから身を離した仲野は言った。
「お、ほら見ろ、もう出て来た。追い返されてやんの。こんな所にまともな処方箋を持って行っても、薬を出してもらえる訳ないだろうに」
 二人は全速力で山野の車まで戻ると、慌てて後部座席に乗り込む。その後を追うようにその「薬局」の入り口から、白黒の大きな斑模様のズボンを穿いた上半身が裸の男が、紅潮した顔で飛び出して来た。後部座席のドアが閉まった山野の車は急発進してその場を去る。仲野は慌ててギアを操作し、ハンドルを切りながら言った。
「何やってんだ、まったく。闘牛ショーかよ」
 走り始めた白いバンの後部の荷台で、仲島がヘッドホンを被り、無線のマイクを掴む。
「こちらサーベイ・ツー仲野班。対象者DとFが車に戻った。牛に追われた模様」
『こちら本部。――牛にだと? どういうことだ』
「また今度話してやるよ。とにかく、牛から逃げた車を追跡中。以上」
 マイクを置いた仲島は、モニターを見ながら、いつまでもニヤニヤと笑っていた。
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