ダンジョン・イーツ! ~戦闘力ゼロの俺、スキル【絶対配送】でS級冒険者に「揚げたてコロッケ」を届けたら、世界中の英雄から崇拝されはじめた件~

たくみさん

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第一章 ダンジョン・イーツ開業 編

17:除夜の鐘は雪原に響く

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 秩父ダンジョンには、階層という概念が存在しない。
 ただ上へ、上へと高度を稼ぐごとに、空気中の魔素は凶悪なほどに純度を増していく。標高が上がるほどに現れる魔物のレベルは跳ね上がり、環境は生存を拒むほどに苛烈さを増す。

 ここは今、標高2000メートル付近。時刻は、午後11時を回ったところだった。
 吹き荒れる雪はもはや凶器だ。視界は数メートル先すら怪しく、吐き出した息は瞬時に凍りついて肺を刺す。

「……キャンプの結界、もう限界ね。いつ砕け散ってもおかしくない薄氷よ」

 背中でカグヤが、俺の肩を強く掴みながら呟いた。彼女の吐息ですら凍えているのがわかる。

 眼下には、数千もの氷鬼《スノー・オーガ》の群れ。その中心で、氷獄王フロスト・ギガントが、巨大な氷の棍棒を頭上に掲げ、結界が割れる瞬間を今か今かと待ち構えている。

 結界の内側では、魔素切れで顔を青白くした調査隊員たちが、銃を杖代わりにして、静かに訪れる死を待っていた。彼らは完全に封鎖され、飢えに喘ぎ、ただ絶望だけを噛み締めている。

「ユウキ、カブを消音モードに切り替えろ。隠密走行《サイレント・ラン》、展開だ!」
「了解です、先輩っ!」

 ユウキが手元のレバーを操作すると、それまで小気味よく響いていた単気筒エンジンの音が、雪の降る音よりも静かな微震へと変わった。

 リアカーに積んでいるのは、結界を再起動するための巨大な魔導結晶と、防衛用の重資材だ。どれも冷え切っている。対して、ユウキのカブの荷台には、調査隊の命を繋ぐための食料が積み込まれている。

「……いくぞ、ユウキ!絶対配送《デリバリー・ロード》、ライン固定!」

 俺たちは気配の空白に潜み、斜面を滑り降りた。時速60キロ。音も立てず、敵の軍勢へと静かに突入する。

 あと50メートル。キャンプの結界がパリン!と剥離した隙を突き、氷獄王が咆哮と共に棍棒を振り下ろす。その質量は、地面を割るどころか、空間そのものを震わせる威圧感に満ちていた。

「私のカブ!もっと早く!!間に合わなくなる!!」
「…… 結界が閉じる前に、こじ開けるぞ!!」
 俺はリアカーの連結レバーを強く握り、ありったけの魔力を流し込んだ。200キロの鉄塊――魔導結晶ごとリアカーを剛体化し、巨大な破城槌《はじょうつい》として扱う!

「邪魔だぁぁぁ!! 退けっ!!」

 激突。鉄塊となったリアカーが、立ち塞がるオーガたちの肉体を文字通り「粉砕」して道を作る。ママチャリのペダルが軋み、火花が散る。背後ではカグヤが氷の矢を放ち、側面から迫る敵を無慈悲に貫いていく。

「隊長! 結界を開けろ! 物資だぁぁぁ!!」

 俺の叫びに、内側の隊員が血相を変えて制御盤を叩いた。ほんの一瞬だけ開いた裂け目へ、カブとママチャリが同時に滑り込む。
 直後、背後で氷獄王の棍棒が地面を砕き、爆風が俺たちの背中をキャンプの内側へと押し出した。

 ズザザザァァァーッ!!

 激しい摩擦音を立てて、デリバリー・ランサーが結界の内側で静止する。

「……はぁ、はぁ……。定刻通りだ。注文の品、届けに来たぞ。
 おい、ぐずぐずするな! 結晶だ、これを使え!」

 停止するのとほぼ同時、俺はリアカーの固定を解き、凍てつく巨大な魔導結晶を、唖然とする隊員たちの方へ押しつけた。

「なっ……魔導結晶……それも、この純度だと!?」

 隊長が叫び、すぐさま部下に指示を飛ばす。結晶がキャンプ中央の心臓部へ叩き込まれた瞬間

ゴォォォォォン……! 

と、除夜の鐘のような重厚な音が秩父の山々に響き渡った。

 砕け散る寸前だった結界が、黄金の輝きと共に完全再起動する。氷獄王が外側から叩きつけた棍棒が、今度は火花を散らして弾き返された。

「……ふぅ。これで一息つけるな」

 俺は肩で息をしながら、ようやくママチャリのスタンドを立てた。安全が確保されたことで、ユウキがカブの荷台から「エアコン」で暖めていた、ホカホカの蕎麦とカツサンドを、湯気と共に取り出す。

「隊長、隊員さんたち! お待たせしました、年越し蕎麦とカツサンドです!」

「め、飯……? 温かい飯だと!? この地獄で……出汁の匂いがする……っ!」
 
 死の淵から生還した隊員たちが、震える手で蕎麦を啜り、カツサンドにかじりつく。胃に熱い汁が落ちるたび、彼らの絶望に曇った瞳に、戦士としての光が戻る。

「運び屋!!……あんた、最高だ。野郎ども、腹が膨れたら反撃だ! 意地を見せるぞ!」
「おおぉぉぉ!!」

「ふふ……さて、お腹はいっぱいになったでしょ?
  なら、年越しの打ち上げ花火を上げましょうか」

 カグヤが優雅に魔導書を開く。その両の手からは、絶対零度の魔力が奔流のように溢れ出していた。

「ユウキ、カブで周囲を不屈の轍で押し固めろ! !」

「了解です! 先輩!」
 ユウキのカブがキャンプの外縁を旋回し、雪原を鏡のような氷の路面へと変えていく。突撃してきたオーガたちが次々と転倒し、そこへ隊員たちの魔導銃が一斉に火を噴いた。

 仕上げは、カグヤだ。群れの奥で憤怒に震える氷獄王の足元から、巨大な氷の牙が突き出す。

「氷獄昇華《アブソリュート・エグゼキュション》!!」

 轟音と共に、秩父の夜空に青白い光の柱が立ち昇った。それは氷獄王の巨体を完全に飲み込み、上空へと消え去った。
 
 氷獄王が光の中に消滅した瞬間――。

 秩父ダンジョンを閉ざしていた吹雪が、嘘のように止んだ。この吹雪の正体は、ボスの魔力そのものだったのだ。

 それから数時間。激戦の余韻に浸りながら、俺たちはキャンプの端で、暖かいコーヒーを飲みながら空が白むのを待っていた。

「……レン、見て。新しい年が、来るわよ」

 カグヤの声に顔を上げると、地平線が黄金色に染まり始めていた。雲海の隙間から射し込んだ最初の一筋の光が、氷の山肌を鮮やかな朱色に染め上げていく。

 初日の出だ。

 昨日までの地獄が嘘のように、空はどこまでも青くく、澄み渡っていく。

「綺麗ね……」
 隣に立ったカグヤが呟いた。朝日に照らされた彼女の横顔は美しかった。
 
 カグヤが、そっと俺の腕に自分の腕を絡めてきた。重厚なローブ越しでも伝わる、彼女の柔らかな体温と、微かな震え。

「……ねえ、レン。来年も、再来年も……あなたの側に、私がいてもいいかしら?」
 普段の彼女からは想像もつかない、甘えるような、それでいて確かな決意を秘めた声。

 俺は少し面食らったが、絡められた腕に力を込め、彼女を自分の方へと引き寄せた。

「……ああ、俺の側に居てくれ。」
「ふふっ……大好きよ」

 カグヤが俺の肩に頭を預けてきた。長い銀髪が朝日に輝き、黄金の光の中で二人の影が雪原に長く伸びる。

 標高2000メートルの雲の上。俺たちの新しい一年は、勝利の咆哮と、寄り添う二人の温もりと共に幕を開けた。

「さあ、帰るぞ。下山したら、一番に初詣だ」
「ええ……。甘酒一緒に飲みましょ。

 空を舞う一筋の風が、新春の香りを運んできた。
 俺たちは寄り添ったまま、いつまでも、昇りゆく太陽を見つめ続けていた。
――だが、俺たちは完全に忘れていた。

 この極限の状況を少しでも伝えるために、カメラを回しっぱなしにしていたことを。
 そして、その配信がこの瞬間、初日の出の絶景と共に全世界へ爆速で拡散されていたことを。



【リアルタイム実況スレ:秩父ダンジョン救出作戦を見守るスレ】

820:名無しさん
おい、夜通し見てた甲斐があったな……吹雪が止んでからのこの絶景。

821:名無しさん
数時間前の「氷獄昇華《アブソリュート・エグゼキュション》」もヤバかったが、夜明けの秩父山頂、神々しすぎるだろ。

822:名無しさん
リアカーでボスを弾き飛ばしたあの運び屋、カグヤ様の隣で何ボケーっと突っ立って……。
……あ? おい、カグヤ様が腕を絡めたぞ!?

823:名無しさん
は? 嘘だろ? あの「氷の聖女」が自分から!? 手を繋ぐどころの騒ぎじゃねえ!!

824:名無しさん
マイクが拾ってる! 音声上げろ!!
『来年も、再来年も……あなたの側に、私がいてもいいかしら?』
聴いたか!? 全世界のカグヤファンが凍りついた音がしたぞ!!

825:名無しさん
運び屋の野郎、なんて答える……?

826:名無しさん
「……ああ、俺の側に居てくれ」
ひゅうぅぅぅ!! 言いやがった! 公開プロポーズかよこの野郎!!

827:名無しさん
カグヤ様が『大好きよ』って言ったぁぁぁ!! カグヤ様のデレが生中継されてるぅぅぅ!!!(卒倒)

828:名無しさん
【悲報】人類の至宝・カグヤ様、秩父の山頂で完全陥落。

829:名無しさん
幸せそうに肩に頭乗せてるし……。初日の出をバックに最高の特大爆弾放り込みやがって。
畜生、おめでとう! 末永く爆発しろ!!


「……ねえ、レン」
 カグヤが、俺の腰のあたりで通知音が鳴り止まない魔導端末に気づき、小首をかしげた。

「……ん? なんだ」
「あなたのそのカメラ……さっきから『同時視聴者数:40万人突破』って出てるけど、何かの不具合かしら?」
 俺の背中に、氷獄王の冷気とは違う種類の戦慄が走った。

 慌てて端末を覗き込むと、画面には「結婚おめでとう!」「聖女を幸せにしろよ!」「おい運び屋、後でギルドの裏に来い」という怒涛のコメントが、秒間数千件のペースで流れている。

「…………カメラ、切り忘れてた」
「えっ?」
 カグヤが固まる。彼女の顔が、朝日よりも鮮やかな朱色に染まっていく。

 さっきまでの「大好きよ」という愛の告白が、一言漏らさず世界中に生中継されていたのだ。

「……あ、あ、あああああああ!?!?!?」
 カグヤが絶叫し、両手で顔を覆って蹲《うずくま》る。

 キャンプの隊員たちも「あー……配信してたのか」とニヤニヤしながらこちらを見ている。

「おい、ユウキ! 撤収だ! 今すぐ下りるぞ!!」
「ええっ!? ど、どうしたんですか先輩! せっかくのいいムードだったのに!」

「いいから行け! このままだと、下山した瞬間にギルドの連中に詰め寄られるぞ!!」

 新春の清々しい空気の中、俺たちは全世界からの祝福と、あまりの恥ずかしさに悶絶するカグヤをリアカーに放り込んで、逃げるように山を下り始めた。

 俺の「ただの運び屋」としての平穏な日々は、この初日の出と共に、完全に終わりを告げたのだった。
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