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第二章 ダンジョン・イーツ転換期 編
28:蘇る狂犬
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ユウキをリヤカーに乗せ、人に戻す苦行を続けていた。ダンジョンイーツの仕事も忙しく、一日が慌ただしく過ぎていく。
もっとも、ユウキ本人にとっては、一日一日が永遠のように感じていたのかもしれない。
「……あ、あう……。あそこに、あそこにコーナーが見えるのに……。クリッピングポイントが、私を呼んでるのに……っ!」
リヤカーの荷台で、ユウキが震える手で虚空を掴む。彼女の膝の上には、唯一の心の拠り所である抱き枕のリトルカブ君が鎮座していた。
最初の十日間、彼女は一分間に一度は「ブォォォン!」とエンジン音を口ずさまなければ精神を保てないほど困憊《コンパイ》していた。
配信画面には
『ユウキちゃん、完全に禁断症状だ』
『もはやリヤカーの座敷童子だな』
といった同情と失笑のコメントが溢れ、同接者数は皮肉にも彼女の壊れゆく様子を見守る人々で右肩上がりだった。
だが、二十日を過ぎたあたりから、ユウキの挙動に劇的な変化が現れた。
無闇に叫ぶのをやめ、リヤカーに伝わる微細な振動に対し、まるで精密機械のように身体を反応させ始めたのだ。
「……先輩。今、左後ろのタイヤが五ミリ浮きました。路面の魔素結晶を避けるために、わざとリヤカーを傾けましたね?」
「……ほう、見えるようになったか」
レンは前を見据えたまま、短く答える。
レンは、あえてこの一ヶ月半、ユウキを一度もリヤカーから降ろさなかった。
レンは知っていた。ユウキの才能は「速さ」への執着ゆえに、路面との対話を疎かにしていたことを。
リヤカーという、鉄の監獄に揺られ続けることで、彼女は嫌応なしに路面の凹凸、慣性、重力、そしてレンがペダルの一漕ぎに込める意志を、その全身で理解し始めていた。
「ただ速いだけじゃ、俺の速度には付いてこれないと言ったはずだ。……ユウキ、お前が次にハンドルを握る時、それはお前が道そのものになる時だ」
ユウキと過ごす日々が重なる事に、俺の精神も蝕まれていたのかもしれない。
◆◆◆
そして迎えた、運命の日。
場所は、複雑な起伏と泥濘が続く「奥多摩ダンジョン・未開拓エリア」。ここはかつて、魔素が爆発的に降り注いだ場所であり、土壌そのものが不定形な泥の怪異のように蠢く、運び屋泣かせの難所だった。
ピピッと、ユウキの端末が軽快な音を鳴らした。
『――免停期間、終了。早見結希、運転資格の完全復帰を認めます。……安全運転を心がけてください』
「…………っ!!」
ユウキがリヤカーから飛び降りた。その動きは、一ヶ月半前のドタバタとしたものとは一線を画す、無駄のない洗練されたものだった。
彼女はゆっくりと、荒れ果てた泥の地平へと右手を突き出した。
カグヤが監視するように傍らで日傘を差していたが、今のユウキにはその視線すら気にならない。彼女の中にあるのは、一ヶ月半、レンの背中を見続けて積み上げた走りへの純粋な渇望だけだ。
「……あたしはもう、ただ暴走するだけのガキじゃない。先輩の道を、誰にも邪魔させない。あたしが、道を作るんだ……!」
彼女の魂に刻まれたスキル【鉄馬使い】が、かつてない密度で発動を始める。
本来、このスキルは「既存の乗り物」を強化・変形させるものだが、精神的な脱皮を遂げたユウキの魔力は、無から有を、理想の形を具現化する領域へと踏み込んでいた。
「おいで、スーパーカブ君……。いいえ、この場所では――『こい!ハンターカブ』!!」
眩い黄金の光が泥濘を照らし出し、そこから鋼の獣が産声を上げた。
かつての可愛らしい、緑色のスーパーカブではない。
一ヶ月半、リヤカーの上で耐え抜き、荒野を観察し続けた彼女の精神が形作った、野生の姿。
空を睨むようなアップマフラー。
あらゆる衝撃から心臓部を守る、無骨なアンダーガード。
そして、リヤカーで学んだ路面を掴む感覚を物理的な形にした、圧倒的な厚みのブロックタイヤ。
CT125・ハンターカブ。その魔導具現体が、重低音の唸りを上げてそこに顕現した。
ドガガガガガッ!!
ユウキがシートに跨り、渾身の力でキックペダルを踏み抜く。
かつてのトコトコという音ではない。ダンジョンの岩壁を震わせ、魔物たちを戦慄させる咆哮が響き渡った。
「……あはっ。あははははっ! これよ、この振動! この音! 私のカブ君、あんた最高よ……!」
スロットルを回した瞬間、ユウキの瞳に宿る理性が、薄皮を残し、狂犬へと変貌する。成長はしている。だが、彼女の本質はやはり、ハンドルを握れば豹変する狂犬だった。
「ひゃっはぁぁぁ! 先輩、見ててください! この泥沼、全部あたしが黄金の道に変えてやりますからぁぁ!!」
ユウキがアクセルを全開に叩き込む。ハンターカブが泥を天高く跳ね上げ、急斜面を垂直に近い角度で駆け上がった。
だが、その走りは驚くほど正確だった。カブのタイヤが通過した場所は、魔力によって一時的に情報の固定が行われ、ボコボコだった泥濘が、まるで舗装されたアスファルトのように強固に踏み固められていく。
「派生スキル進化……【ハンターズ・パス】!!」
ユウキが切り開くのは、単なる轍ではない。後続のレンが、一切の減速なしに最大トルクでペダルを漕げる完璧な走路だ。
「……ふっ、一皮むけたな!ユウキ!!」
レンは不敵に笑い、デリバリーランサーの変速機をトップに入れる。
ユウキが叫び、狂い、笑いながら荒野を蹂躙し、その後ろをレンが音速の影となって追随する。
カグヤは日傘を回しながら、呆れたように、けれどどこか嬉しそうにその光景を見送っていた。
「……全く。理性的になったと思ったそばからこれね。でも、あれこそがレンが欲しかった相棒の形ってわけか……」
俺たちの苦難に満ちたあの日々は、最強の凹凸コンビを、真に無敵のチームへと昇華させた。
泥を蹴り、風を切り裂き、二つの光が迷宮の深淵へと消えていく。
伝説の運び屋チームの、真の伝説が今、ここから始まる……かもしれない。
◆◆◆◇◇◇◆◆◆
「よっしゃあ! 免停解除、ハンターカブ始動! 最強コンビの復活ですよ、先輩!」
「ああ、ここからが本当の宅配業務だ。
……だが、なんだ……この胸のざわつきは……」
喜びも束の間、未踏の闇より現れる一筋の影!
それは、重力を嘲笑い、物理法則を置き去りにする、漆黒のデリバリー!
交差する視線! 呼び合う血の記憶!
レンの脳裏をよぎる、行方不明の弟・レイの面影!
「ちょっと、あのチャリ速すぎ! あたしのカブが煽られてるんですけどぉ!?」
巷を騒がす『闇デリバリー』の脅威!
記憶を消され、配達するマシーンと化した弟に、兄の願いは届くのか!?
光と闇、二つの轍《ワダチ》が今、運命の激突を開始する!
「……あいつを、このままにはしておけない。」
次回、『ダンジョン・イーツ』新章 第一話!
『闇を駆ける轍、共鳴する鼓動』
「絶対、時間通りに届けてやる!!あいつの好きだったマルドナルドのラッキーセットを!!」
もっとも、ユウキ本人にとっては、一日一日が永遠のように感じていたのかもしれない。
「……あ、あう……。あそこに、あそこにコーナーが見えるのに……。クリッピングポイントが、私を呼んでるのに……っ!」
リヤカーの荷台で、ユウキが震える手で虚空を掴む。彼女の膝の上には、唯一の心の拠り所である抱き枕のリトルカブ君が鎮座していた。
最初の十日間、彼女は一分間に一度は「ブォォォン!」とエンジン音を口ずさまなければ精神を保てないほど困憊《コンパイ》していた。
配信画面には
『ユウキちゃん、完全に禁断症状だ』
『もはやリヤカーの座敷童子だな』
といった同情と失笑のコメントが溢れ、同接者数は皮肉にも彼女の壊れゆく様子を見守る人々で右肩上がりだった。
だが、二十日を過ぎたあたりから、ユウキの挙動に劇的な変化が現れた。
無闇に叫ぶのをやめ、リヤカーに伝わる微細な振動に対し、まるで精密機械のように身体を反応させ始めたのだ。
「……先輩。今、左後ろのタイヤが五ミリ浮きました。路面の魔素結晶を避けるために、わざとリヤカーを傾けましたね?」
「……ほう、見えるようになったか」
レンは前を見据えたまま、短く答える。
レンは、あえてこの一ヶ月半、ユウキを一度もリヤカーから降ろさなかった。
レンは知っていた。ユウキの才能は「速さ」への執着ゆえに、路面との対話を疎かにしていたことを。
リヤカーという、鉄の監獄に揺られ続けることで、彼女は嫌応なしに路面の凹凸、慣性、重力、そしてレンがペダルの一漕ぎに込める意志を、その全身で理解し始めていた。
「ただ速いだけじゃ、俺の速度には付いてこれないと言ったはずだ。……ユウキ、お前が次にハンドルを握る時、それはお前が道そのものになる時だ」
ユウキと過ごす日々が重なる事に、俺の精神も蝕まれていたのかもしれない。
◆◆◆
そして迎えた、運命の日。
場所は、複雑な起伏と泥濘が続く「奥多摩ダンジョン・未開拓エリア」。ここはかつて、魔素が爆発的に降り注いだ場所であり、土壌そのものが不定形な泥の怪異のように蠢く、運び屋泣かせの難所だった。
ピピッと、ユウキの端末が軽快な音を鳴らした。
『――免停期間、終了。早見結希、運転資格の完全復帰を認めます。……安全運転を心がけてください』
「…………っ!!」
ユウキがリヤカーから飛び降りた。その動きは、一ヶ月半前のドタバタとしたものとは一線を画す、無駄のない洗練されたものだった。
彼女はゆっくりと、荒れ果てた泥の地平へと右手を突き出した。
カグヤが監視するように傍らで日傘を差していたが、今のユウキにはその視線すら気にならない。彼女の中にあるのは、一ヶ月半、レンの背中を見続けて積み上げた走りへの純粋な渇望だけだ。
「……あたしはもう、ただ暴走するだけのガキじゃない。先輩の道を、誰にも邪魔させない。あたしが、道を作るんだ……!」
彼女の魂に刻まれたスキル【鉄馬使い】が、かつてない密度で発動を始める。
本来、このスキルは「既存の乗り物」を強化・変形させるものだが、精神的な脱皮を遂げたユウキの魔力は、無から有を、理想の形を具現化する領域へと踏み込んでいた。
「おいで、スーパーカブ君……。いいえ、この場所では――『こい!ハンターカブ』!!」
眩い黄金の光が泥濘を照らし出し、そこから鋼の獣が産声を上げた。
かつての可愛らしい、緑色のスーパーカブではない。
一ヶ月半、リヤカーの上で耐え抜き、荒野を観察し続けた彼女の精神が形作った、野生の姿。
空を睨むようなアップマフラー。
あらゆる衝撃から心臓部を守る、無骨なアンダーガード。
そして、リヤカーで学んだ路面を掴む感覚を物理的な形にした、圧倒的な厚みのブロックタイヤ。
CT125・ハンターカブ。その魔導具現体が、重低音の唸りを上げてそこに顕現した。
ドガガガガガッ!!
ユウキがシートに跨り、渾身の力でキックペダルを踏み抜く。
かつてのトコトコという音ではない。ダンジョンの岩壁を震わせ、魔物たちを戦慄させる咆哮が響き渡った。
「……あはっ。あははははっ! これよ、この振動! この音! 私のカブ君、あんた最高よ……!」
スロットルを回した瞬間、ユウキの瞳に宿る理性が、薄皮を残し、狂犬へと変貌する。成長はしている。だが、彼女の本質はやはり、ハンドルを握れば豹変する狂犬だった。
「ひゃっはぁぁぁ! 先輩、見ててください! この泥沼、全部あたしが黄金の道に変えてやりますからぁぁ!!」
ユウキがアクセルを全開に叩き込む。ハンターカブが泥を天高く跳ね上げ、急斜面を垂直に近い角度で駆け上がった。
だが、その走りは驚くほど正確だった。カブのタイヤが通過した場所は、魔力によって一時的に情報の固定が行われ、ボコボコだった泥濘が、まるで舗装されたアスファルトのように強固に踏み固められていく。
「派生スキル進化……【ハンターズ・パス】!!」
ユウキが切り開くのは、単なる轍ではない。後続のレンが、一切の減速なしに最大トルクでペダルを漕げる完璧な走路だ。
「……ふっ、一皮むけたな!ユウキ!!」
レンは不敵に笑い、デリバリーランサーの変速機をトップに入れる。
ユウキが叫び、狂い、笑いながら荒野を蹂躙し、その後ろをレンが音速の影となって追随する。
カグヤは日傘を回しながら、呆れたように、けれどどこか嬉しそうにその光景を見送っていた。
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◆◆◆◇◇◇◆◆◆
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それは、重力を嘲笑い、物理法則を置き去りにする、漆黒のデリバリー!
交差する視線! 呼び合う血の記憶!
レンの脳裏をよぎる、行方不明の弟・レイの面影!
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巷を騒がす『闇デリバリー』の脅威!
記憶を消され、配達するマシーンと化した弟に、兄の願いは届くのか!?
光と闇、二つの轍《ワダチ》が今、運命の激突を開始する!
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