ダンジョン・イーツ! ~戦闘力ゼロの俺、スキル【絶対配送】でS級冒険者に「揚げたてコロッケ」を届けたら、世界中の英雄から崇拝されはじめた件~

たくみさん

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第三章 闇デリバリー編

37:ママチャリの進化

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 温泉旅行から戻ったばかりのレンは、愛車である銀色のママチャリ――デリバリーランサーの前に立ち、腕を組んで唸っていた。

「……やっぱりブレーキかー」

 その一言には、深い悔恨が滲んでいた。 ハリー・エクスプレス社との決戦。レイを救い出すために敢行した、前代未聞の「タンデム走行」。あの時、レンの脚力から生み出された爆発的な推進力に対し、ママチャリの標準的なキャリパーブレーキはあまりにも無力だった。
 摩擦で焦げたゴムの臭い、悲鳴を上げる金属の軋み、そして止まりきれずにガードレールを突き破りそうになった、あの感覚。

「兄さん、まだ気にしてるの?」

 ガレージの入り口で、レイが控えめに声をかけた。

「ああ。……荷物を届けるのが運び屋の仕事だが、『止まる』ことができなきゃ、それはただの暴走だ。
 俺一人ならまだしも、お前を乗せて走る時、あのブレーキじゃ命がいくつあっても足りない」

 レンはしゃがみ込み、前輪のリムを見つめた。 
 ママチャリという規格は、あくまで時速15キロから20キロ程度での走行を想定している。だが、レンの【絶対配送(デリバリー・ロード)】の真の力が発動した際、その速度は新幹線すら凌駕する。
  「日常」と「異常」の境界線で、この銀色の鉄塊は限界を迎えていた。

「……兄さん、僕に手伝わせて。……今の僕には、これくらいしかできないから」

 レイがガレージの作業灯を点ける。  かつて世界を震撼させた「シャドウ・ライダー」としての隠密能力は、今、極めて精密な感覚として再定義されていた。

「ブレーキ性能を上げるなら、単にパッドを強くするだけじゃダメだよ。フレームの剛性が耐えられない。……僕が今から、このママチャリの骨格を診る」

 レイは細い指先で、ママチャリのフレームを撫で回した。  彼のスキル【虚空走者(ゴースト・ライダー)】の派生として、彼は物質の歪みや、音の反響から、その構造的な弱点を瞬時に見抜くことができる。

「ここ……溶接の繋ぎ目に微細なクラックがある。兄さんの踏力が強すぎて、鉄が悲鳴を上げてる。……ユウキさんに頼んで、九条グループのツテで『高密度ミスリル鋼』のワイヤーを手配してもらおう」

 そこからの数時間は、異様な光景だった。  二人の兄弟は、会話を交わすことなく、ただ無言でママチャリを解体し、再構築していった。
  レンが力任せにボルトを締め、レイがその締め付けトルクを0.01ミリ単位で微調整する。

「兄さん。……あの時、僕を救うために無理してくれたこと、本当は嬉しかったんだ。でも、二度とあんな危険な橋を渡らせたくない」

「レイ……」

「だから、この自転車を『最強のママチャリ』にする。」

 レイの瞳には、かつての冷たい「シャドウ」の光ではなく、兄を支えるという確固たる意志が宿っていた。
  既存のブレーキシステムを全て取り払い、ダンジョン産の強力な魔物の骨を削り出した「耐熱放熱板」と、特殊な高粘度オイルを用いた「密閉式油圧ディスクブレーキ」を強引にママチャリの細いフレームに組み込んでいく、そしてそれに見合う、特別製のタイヤを装着する。

  見た目はただの買い物自転車だが、その内部はS級の魔導機具に匹敵する怪物へと変貌していった。

 夜明け前。ルナ・コートの敷地内にある長い直線路。 
 レンは新しくなったデリバリーランサーに跨った。

「レイ、後ろに乗れ。……テストだ」 「うん」

 二人の体重を乗せたママチャリが、静かに滑り出す。
  レンがペダルを一漕ぎした瞬間、ガレージ中に風が巻き起こった。

「【絶対配送(デリバリー・ロード)】……起動!!」

 爆発的な加速。景色が線となって後ろへ飛んでいく。かつてならフレームが振動で分解しそうになっていた速度域でも、レイが施した精密調整により、自転車は恐ろしいほど静かに、そして真っ直ぐに突き進む。

「……今だ――制動開始!」

 レンが後輪のレバーを握る。
  凄まじい火花がディスクから飛び散るが、ママチャリは路面を完璧に捉え、静かに、たった数メートルでピタリと停止した。

 焦げたアスファルトの煙の中で、レンはハンドルを握ったまま、満足げに笑った。

「これだ。これなら……どんな魔境だって走れる」

「……おめでとう、兄さん!」

 二人は朝日を浴びながら、新しく生まれ変わった相棒と共に、このチャリが限界を超えた走りをする姿を思い描いた。


 その頃……
  地上数百メートルに位置する冒険者ギルド本部の最深部、監視ルーム。
 巨大なモニターに囲まれた部屋で、老齢のギルド長が、ある異常な数値に目を見開いていた。

「……どういうことだ?!ロストアーカイブのセンサーが反応しているだと?」

「はい。30年間、ピクリとも動かなかった『ロストアーカイブ』の境界門から、周期的な魔力パルスを確認。……それだけではありません」

 若手のオペレーターが震える指で、別のグラフを指し示した。

「……これを見てください。ダンジョン内部から、30年前のライフ・レジストの信号が発信されています。……IDは『001』。……伝説の初代運び屋が持っていたとされる、あの信号です」

 冒険者が戦うためには、各種ポーション、予備の武器や防具、食料を運ぶポーターは、必要不可欠な存在だ。
 レン達の活躍により、あまり脚光を浴びることが無かったポーターの必要性は、以前より高まってはいた。
 
 そして、ポーターのもう一つの役割が、生き残ることだ。たとえ、パーティーが全滅しようとも生き残り、後続の者達に危機を知らせるのも大切な仕事の一つだった。
 そのため、ポーターが必ず携帯しなければいけないのが、魔道具のライフ・レジストだった。それは、現在のポーターも携帯しているし、運び屋であるレンも必ず携帯する義務がある物だった。

 万が一、ポーターが命を落としても、そのことを伝えるのが、ライフ・レジストの役目だった。
 深層から発するライフ・レジストの信号は、救援を要請するものだったのだ。

「馬鹿な……。あそこは、30年前の大崩落で生存者はゼロのはずだ」

 ギルド長の顔が青ざめる。
 さらに追い打ちをかけるように、地響きがギルド本部を揺らした。それは物理的な地震ではない。ダンジョンそのものが「呼吸」を始めたような、巨大な生命の胎動だった。

「……眠れる箱庭が、目覚めようとしているのか。誰かが……誰かが内部で『扉』を開こうとしているというのか?」

 ギルド長は、すぐさまデスクの上の通信機を手に取った。

「九条グループに連絡を入れろ。……特例のS級調査依頼を出す。」

 暗闇の中で、30年間止まっていた歯車が、一斉に回り始めた。
 その巨大な脈動は、平和を謳歌していた地上の人々にはまだ知らされない、破滅と再会のカウントダウンだった。
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