ダンジョン・イーツ! ~戦闘力ゼロの俺、スキル【絶対配送】でS級冒険者に「揚げたてコロッケ」を届けたら、世界中の英雄から崇拝されはじめた件~

たくみさん

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第四章 ロストアーカイブ編

38:30年前の未配達記録

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 ……キィッ!

 ルナ・コート・レジデンスの入り口に、小気味よい、そして僅かな無駄もないブレーキ音が響いた。
 夕闇が迫る中、緑色のスーパーカブを鮮やかに停めたユウキが、ヘルメットを脱いで事務所のドアを跳ね上げる。
 その動作には、かつてのドタバタした危うさは消え、一ヶ月の独り立ちを経て培われた、プロの運び屋としての安定感が備わっていた。

「先輩! 第14階層『激辛魔界大食いチャレンジ用・特製デスソース』、予定時刻より2分前倒しで納品完了っス! 見てましたか?! 今のコーナーリング!」

 事務所の土間で愛車、銀色のママチャリ(デリバリーランサー)のスポークを一枚ずつ丁寧に拭き上げていたレンが、顔を上げて答えた。
「ああ、いい走りだったぞ。だが、もう少し仕事を選べ。なんだ大食いチャレンジって……

ところで、ユウキ……、お前に頼みがある」

「なんスか? 改まって。」

「いや。……俺はこれから、カグヤと共に長期の調査任務に入る。その間、『ダンジョン・イーツ』の運営を、完全にお前に任せたい」
 ユウキの表情から、いつもの軽薄な明るさが消えた。レンの目は冗談を言っている色ではない。

「……先輩。あたしを連れて行かないのは、あたしが足手まといだからですか?」

「逆だ。ここを任せられるのは、もうお前しかいないと思ったからだ。……俺が戻るまで、ダンジョン・イーツのエースは、お前だ。いいな?」

 ユウキは唇を噛み締め、拳を握りしめた。レンの背中にある運び屋の矜持を、彼女は一ヶ月の配送業務を通じて痛いほど理解していた。

「……わかったっス。あたしがこの事務所を、今と同じように回してみせるっス。先輩が戻ってきた時に、『あ、エースの座が奪われてる!』ってビビらせてやりますから!」
 ユウキは自信満々に俺に拳を突き出した。

 その時、隣室に控えていたカグヤが部屋に入ってきた。

「話は纏まったかしら?
 ユウキ、悪いわね。暫くあなたの師匠をお借りするわね。」

「役に立たなかったら、すぐに返品してくれていいっすよ!」
 好き勝手言いやがって……

 その光景を静かに見守っていたレイが、机の下から一本の太い糸が巻かれたボビンと、金属製の筒を取り出した。

「兄さん、カグヤさん。……調査対象『ロストアーカイブ』では最新の無線機は使えない。
 だから、僕がこれまでの魔導工学を総動員して作った『極限伝声管』を持って行って。糸には魔力を通しやすいミスリル繊維を編み込んである。僕が地上で、霧の音から異変を察知して伝えるよ」

「……助かるよ、レイ。」

 レンは弟の手によるアナログの極致を受け取り、自身のメッセンジャーバッグへと収めた。
 事務所の奥、重厚な魔法銀のアタッシュケースを机に置き、カグヤが一枚の古びた書類を取り出した。

「レン、あなたたち運び屋に携帯が義務付けられている魔道具、生存証(ライフ・レジスト)。

 その本当の役割を、改めて胸に刻んでおいてほしいの。
 これは『荷物』の追跡装置よ。運び屋がどこで倒れようと、預かった荷物だけはギルドが回収し、別の誰かが目的地へ届ける。……つまり、これがある限り、配送契約は『死んでも終わらない』」

「……ああ。」
 カグヤの瞳に鋭い陰が差す。

「三十年前、ダンジョン『ロストアーカイブ』で消息を絶った調査隊。彼らが運んでいた『ある荷物』の信号が、今になって微かに揺らぎ始めているの。識別番号は『001』。ギルド創設期の伝説的ポーター、アイザック・スチュアートが持っていたものよ」

 アイザック。かつて飢饉に喘ぐ最下層の街へ、たった一人で「救効薬」を届けるために暗黒の迷宮へ消えた伝説の運び屋。彼の生存信号が消えた時、一つの時代が終わったとさえ言われた。
 
 三十年間、暗闇の中で、荷物を守り続けようとした魂。その「未完の仕事」を見過ごすことは、俺のポリシーに反する。

「あの場所は魔法そのものが消えるわけじゃない。でも、あの異常な磁場は『魔力の指向性』を完全に狂わせるわ。私が放つ最上級の焔も、放った瞬間にあらぬ方向へと屈折し、霧の中に散ってしまう。
 杖による照準補正も、広域殲滅のための魔力誘導も、あそこでは一切通用しないの」

 カグヤは窓の外に広がるダンジョンの入り口を見据えた。

「私たちが生き残るためには、敵の懐へ一瞬で潜り込み、ゼロ距離で直接魔法を叩き込むしかない。それも、磁場の歪みを物理的に読み取って。
 ……私の剣も、斥候の目も、の盾も……その『位置』に辿り着くための機動力がなければ、あの霧の中では標的に触れる前に摩耗して終わる。……レン、あなたの、スピードが必要なのよ」

 最強と謳われるカグヤが、切実に自分を求めている。魔法という最強の矛が、命中精度という弱点を補うために、レンという唯一無二の早さを求めていた。

「……カグヤ。俺は運び屋だ。目的地までの最短ルートを走り抜けて、お前を最高の射点に届けてみせるよ」

◆◆◆

 数日後。ロストアーカイブ調査用の特設キャンプ。そこは、大陸全土から選りすぐられたS級冒険者たちが放つ威圧感で、空気が張り詰めていた。

 カグヤはレンを伴い、キャンプの端で待機する二人の人物のもとへ向かった。
「レン、紹介するわ。私の誇る、最強のパーティーよ。
 まずは九条家・隠密、霧隠シオン。索敵、罠解除、標的の特定は彼女がやる」

 霧の中から音もなく現れたシオンが指先を僅かに動かした瞬間、レンの足元にいた一匹の蟻が真っ二つになった。
 彼女は魔法デバイスに頼らず、自身の五感だけで状況を看破する「静」の極致を体現していた。

「そしてもう一人は、剛田バルト。九条の守護騎士を務めて三代目だ」

「ガハハハハ! よろしくな、レン坊! お嬢がお前を認めたってんなら、俺様も全力でお前を信じるぜ!」

 バルトがレンの肩を叩くと、まるで大岩がぶつかったかのような衝撃が走った。彼の背負う盾は、魔法耐性だけでなく、物理的な質量だけでドラゴンの突進をも跳ね返す性能があるらしい、本当かは知らないけど。

「盾のバルト、目のシオン、そして剣の私。……この少数精鋭パーティー『月詠《ツクヨミ》』に、最後の一人として、最高の『脚』であるあなたを迎えたいの」

 レンが頷いたその時、嘲笑するような声が割り込んできた。

「ひゃっはー! 見ろよ、九条の姫さんが連れてきたのは、ボロ自転車に乗ったガキじゃねえか!」

 ハリー・エクスプレス社の精鋭部隊『鋼鉄の牙』のリーダー、ヴォルガンが、巨体を揺らしながらレンの前に立ちふさがった。

「魔法制御が狂うあの街では、精密な詠唱なんて無駄だ。俺たちの『アナログ物理強化服』こそが最強の正解だ。お前のような、ガラクタに乗るポンコツが、S級の戦場に立ち入るな」

 ヴォルガンの「無電動強化外骨格」は、姿勢制御に微弱な魔力チップを使っていた。彼はそれを「アナログ」と称していたが、レンの目にはその過信が見えていた。レンのママチャリは、チップ一つ介さない、純粋な筋肉とギアの対話だ。

 レンが一度、チリンとベルを鳴らしたことに、ヴォルガンが苛立ちを募らせる。

「……お前、今のベルは何の合図だ?」
「……配達の、開始合図だ。……お前たちのその重い鎧じゃ、俺の背中すら見えないだろうけどな」

「……何だと、この野郎!!」
 ヴォルガンが俺の肩を掴もうとした時だった。

 「ゲート、開放!! 第一次調査隊、前へ!」

 ギルド職員の号令と共に、三十年間閉ざされていた巨大な防壁が、重苦しい音を立てて開き始める。
 その先には、青白い「停滞の霧」が立ち込め、三十年前の街路樹や看板がそのままの姿で残る、不気味な静止画の世界が広がっていた。

「全員、出撃用意!」

 カグヤの号令と共に、S級冒険者たちが一斉に霧の中へと飛び込んだ。ヴォルガンら『鋼鉄の牙』は、地面を砕くような爆発的な脚力で突き進んでいく。

 だが、レンの瞳には、既に道が見えていた。絶対配送(デリバリー・ロード)。魔法の屈折さえも計算に含めた、霧の深淵へと真っ直ぐに伸びる黄金の走行ライン。

「……カグヤ、バルト、シオン。後ろに乗り込んでくれ。最高の『射点』まで運んでやる」

「ガハハハハ! 言うじゃねえか! 行こうぜ、月詠の出陣だ!」
 バルトとシオンは、リアカーに乗り込み、カグヤは俺と密着するように荷台に腰掛ける。

 レンがペダルを全力で踏み込んだ。最初の一漕ぎ。整備されたチェーンが音もなく駆動し、油圧ブレーキが解き放たれる。
 次の瞬間、ママチャリのタイヤが地面を噛み、周囲の冒険者たちが残像と見紛うほどの鋭い加速で、銀色の閃光が三十年の時が止まった街へと吸い込まれていった。
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