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第四章 ロストアーカイブ編
39:電子の墓場
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ロストアーカイブの重厚な石門をくぐり抜けた瞬間、そこは物理法則が悲鳴を上げる「電子の墓場」へと変貌した。
大気を満たす青白い「停滞の霧」が、最新鋭の技術を誇る冒険者たちの希望を冷酷に飲み込んでいく。
「……ギャァァァッ! 熱い、熱いっ!!」
「制御不能! 誰か、この緊急脱出レバーを引いてくれ!」
先陣を切って飛び出した『鋼鉄の牙』の面々から、阿鼻叫喚の叫びが上がった。
彼らが豪語していた無電動強化外骨格。動力こそ魔石を軸にした、最新鋭の動力を使用しているが、その出力を人間の神経と同期させるために組み込まれた、爪の先ほどの「微弱電流制御チップ」が、この街特有の強烈な磁場に反応し、次々とショートを起こしたのだ。
ある者は、背負った動力装置が異常解放されて自身の骨を砕き、ある者は数百キロの装甲が完全にロックされ、地面に縫い付けられた生きた彫像と化した。
ヴォルガンは動かなくなった鉄の塊の中で、脂汗を流しながら震えていた。魔法を補助する最新の照準デバイスも、電子地図を映し出すゴーグルも、すべてが不快な火花を散らして爆発していく。
その惨状を横目に、背後から軽やかな、しかし驚くほど力強い「チリン」という鈴の音が響いた。
「……悪いな。お先に行くぜ、ヴォルガン」
レンがペダルを踏み込んだ。
その後ろには、レイが急造したカーボンフレーム製の特製リアカーが連結されている。そこにはバルトが仁王立ちで巨大な盾を構え、シオンがその縁に低く身を沈め、ママチャリの荷台、特等席にはカグヤが座していた。
ドォォォォォン!!
それは自転車の音ではなかった。
レンの超越的な脚力が、磁場に一切干渉されない純粋な脚力が、爆発的な初速を生み出す。
「……シオン、左から磁場の渦が来る! バルト、盾の角度を十五度外へ! カグヤ、舌を噛まないように気をつけてくれ!」
レンの叫びと同時に、ママチャリは時速150キロを超えて加速した。
バルトが巨大な盾を「整流板」のように使い、後方からの乱気流を無理やり制御する。シオンは猛烈な風圧の中でも瞬き一つせず、レンが作るスリップストリームの境界線を見極めていた。
「な……なんだ、あの速度は……!? 荷車を引いて、どうしてあんな……!」
膝をついたヴォルガンの視界を、銀色のママチャリが放つ残像が塗りつぶしていく。磁場に狂わされるチップ一つ持たない、ただの鉄とゴムと筋肉の結晶。
それが、最新の精鋭部隊を、子供扱いして抜き去っていく。
「……レン。……右前方、三階建てのパン屋。……看板が崩落するわ。……一・五秒後」
シオンが淡々と告げる。
「了解! カグヤ、もっとしっかり掴まれ!」
レンがハンドルを切り、リアカーを「ドリフト」させた。
キィィィィィィッ! と油圧ブレーキが悲鳴を上げ、ゴムが焦げる匂いが立ち込める。崩れ落ちる巨大な看板を数センチの間髪でかわし、ママチャリは石畳を猛烈な勢いで蹴り上げる。
「……見事な操縦ね、レン。これなら、射点まで一秒の狂いもなく辿り着けそうだわ」
カグヤが微笑む。彼女は揺れる荷台の上で、詠唱を既に開始していた。
不意に、霧の中から複数の黒い影が飛び出した。「停滞の番人」たるガーゴイルたちが、侵入者の機動力を削ごうと急降下してくる。
「ガハハハハ! お嬢とレン坊の邪魔はさせねえぜ! 剛田流・盾術『旋風壁』!」
バルトがリアカーの最後尾で盾を旋回させた。巨大な盾が起こす衝撃波が、ガーゴイルの一群を空中で叩き潰す。
「……シオン。……標的、確定。……右後方の三体、私がやる」
シオンがリアカーの縁から音もなく跳躍した。爆走する車体から飛び出し、空中で交差する双剣が魔物の核を一瞬で貫く。彼女はそのまま、何事もなかったかのように加速し続けるリアカーへと舞い戻り、再び縁に蹲った。
「……カグヤ、くるぞ! 街の第一区画を突破する!」
レンがギアをトップに入れ、さらにペダルを蹴り込む。
背後で這いつくばる『鋼鉄の牙』の面々が、もはや豆粒ほどにも見えなくなった頃、彼らはついに「完全に時が止まった」商業エリアへと到達した。
そこには、三十年前の姿をそのままに保った街並みが広がっていた。ショーケースの中には焼きたてのまま固まったパンがあり、路上には風に煽られたまま静止した旗がある。あまりの不自然さに、レンは一度ブレーキを引いた。
「……ここが、ロストアーカイブの真の姿……。音がないわ」
カグヤがリアカーから降り、静まり返った街路を見渡す。
風の音も、虫の声も、建物の軋みさえもしない。自分たちの足音と、ママチャリのチェーンが奏でる「カチカチ」という音だけが、世界の異物のように響いていた。
「……レン。……地面の下。……何かが、脈動している」
シオンが膝をつき、石畳に耳を当てる。
磁場の暴走によってテクノロジーが死んだ街は、今やその「静寂」そのものを武器にして、侵入者たちの精神を削り取ろうとしていた。
レンはバッグの中の伝声管に手を触れた。
「……レイ。聴こえるか?……今、入り口を突破した。これからは、地上の常識が通用しない場所に入る」
そもそも、この伝声管……糸の切れた糸電話みたいな見た目だが、本当に通じているのだろうか……
大気を満たす青白い「停滞の霧」が、最新鋭の技術を誇る冒険者たちの希望を冷酷に飲み込んでいく。
「……ギャァァァッ! 熱い、熱いっ!!」
「制御不能! 誰か、この緊急脱出レバーを引いてくれ!」
先陣を切って飛び出した『鋼鉄の牙』の面々から、阿鼻叫喚の叫びが上がった。
彼らが豪語していた無電動強化外骨格。動力こそ魔石を軸にした、最新鋭の動力を使用しているが、その出力を人間の神経と同期させるために組み込まれた、爪の先ほどの「微弱電流制御チップ」が、この街特有の強烈な磁場に反応し、次々とショートを起こしたのだ。
ある者は、背負った動力装置が異常解放されて自身の骨を砕き、ある者は数百キロの装甲が完全にロックされ、地面に縫い付けられた生きた彫像と化した。
ヴォルガンは動かなくなった鉄の塊の中で、脂汗を流しながら震えていた。魔法を補助する最新の照準デバイスも、電子地図を映し出すゴーグルも、すべてが不快な火花を散らして爆発していく。
その惨状を横目に、背後から軽やかな、しかし驚くほど力強い「チリン」という鈴の音が響いた。
「……悪いな。お先に行くぜ、ヴォルガン」
レンがペダルを踏み込んだ。
その後ろには、レイが急造したカーボンフレーム製の特製リアカーが連結されている。そこにはバルトが仁王立ちで巨大な盾を構え、シオンがその縁に低く身を沈め、ママチャリの荷台、特等席にはカグヤが座していた。
ドォォォォォン!!
それは自転車の音ではなかった。
レンの超越的な脚力が、磁場に一切干渉されない純粋な脚力が、爆発的な初速を生み出す。
「……シオン、左から磁場の渦が来る! バルト、盾の角度を十五度外へ! カグヤ、舌を噛まないように気をつけてくれ!」
レンの叫びと同時に、ママチャリは時速150キロを超えて加速した。
バルトが巨大な盾を「整流板」のように使い、後方からの乱気流を無理やり制御する。シオンは猛烈な風圧の中でも瞬き一つせず、レンが作るスリップストリームの境界線を見極めていた。
「な……なんだ、あの速度は……!? 荷車を引いて、どうしてあんな……!」
膝をついたヴォルガンの視界を、銀色のママチャリが放つ残像が塗りつぶしていく。磁場に狂わされるチップ一つ持たない、ただの鉄とゴムと筋肉の結晶。
それが、最新の精鋭部隊を、子供扱いして抜き去っていく。
「……レン。……右前方、三階建てのパン屋。……看板が崩落するわ。……一・五秒後」
シオンが淡々と告げる。
「了解! カグヤ、もっとしっかり掴まれ!」
レンがハンドルを切り、リアカーを「ドリフト」させた。
キィィィィィィッ! と油圧ブレーキが悲鳴を上げ、ゴムが焦げる匂いが立ち込める。崩れ落ちる巨大な看板を数センチの間髪でかわし、ママチャリは石畳を猛烈な勢いで蹴り上げる。
「……見事な操縦ね、レン。これなら、射点まで一秒の狂いもなく辿り着けそうだわ」
カグヤが微笑む。彼女は揺れる荷台の上で、詠唱を既に開始していた。
不意に、霧の中から複数の黒い影が飛び出した。「停滞の番人」たるガーゴイルたちが、侵入者の機動力を削ごうと急降下してくる。
「ガハハハハ! お嬢とレン坊の邪魔はさせねえぜ! 剛田流・盾術『旋風壁』!」
バルトがリアカーの最後尾で盾を旋回させた。巨大な盾が起こす衝撃波が、ガーゴイルの一群を空中で叩き潰す。
「……シオン。……標的、確定。……右後方の三体、私がやる」
シオンがリアカーの縁から音もなく跳躍した。爆走する車体から飛び出し、空中で交差する双剣が魔物の核を一瞬で貫く。彼女はそのまま、何事もなかったかのように加速し続けるリアカーへと舞い戻り、再び縁に蹲った。
「……カグヤ、くるぞ! 街の第一区画を突破する!」
レンがギアをトップに入れ、さらにペダルを蹴り込む。
背後で這いつくばる『鋼鉄の牙』の面々が、もはや豆粒ほどにも見えなくなった頃、彼らはついに「完全に時が止まった」商業エリアへと到達した。
そこには、三十年前の姿をそのままに保った街並みが広がっていた。ショーケースの中には焼きたてのまま固まったパンがあり、路上には風に煽られたまま静止した旗がある。あまりの不自然さに、レンは一度ブレーキを引いた。
「……ここが、ロストアーカイブの真の姿……。音がないわ」
カグヤがリアカーから降り、静まり返った街路を見渡す。
風の音も、虫の声も、建物の軋みさえもしない。自分たちの足音と、ママチャリのチェーンが奏でる「カチカチ」という音だけが、世界の異物のように響いていた。
「……レン。……地面の下。……何かが、脈動している」
シオンが膝をつき、石畳に耳を当てる。
磁場の暴走によってテクノロジーが死んだ街は、今やその「静寂」そのものを武器にして、侵入者たちの精神を削り取ろうとしていた。
レンはバッグの中の伝声管に手を触れた。
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