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第四章 ロストアーカイブ編
42:開かれた三十年の封印
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戦闘が終わり、広場には再び静寂が戻った。
「……ねぇ、レン。改めて思うけれど、あなたのその力、凄まじいわね」
カグヤが自分の耳元で指を鳴らしながら、感嘆の声を漏らした。
「鼓膜だけじゃない。さっきまでの疲労感が、嘘みたいに消えているわ。……」
レン自身、自分の体に起きた変化に驚いていた。あれほど酷使した脚には力が漲り、視界はかつてないほどクリアだ。
【安らぎの号鈴】は単なる精神安定ではなく、肉体そのものを「正常な状態」へ押し戻す、強力な回復効果を秘めていた。
その時、倒れた魔物の死骸を確認していたシオンが、ふと足を止めた。
「……待って。石像に、変化がある」
「変化ぁ? 壊れちまったのか?」
バルトが、近くにいた買い物袋を提げた、主婦の石像を覗き込む。そこには、網目のような細かなヒビが入っていた。
「さっきの魔物の超音波でやられたのか……? 崩れ落ちないだろうな……」
バルトが、指で表面をなぞると……
パリッ……。
指先が触れた瞬間、亀裂はさらに深く、広範囲に広がった。
「うわぁっ! やべっ!!」
バルトが慌てて両手を挙げて飛び退く。しかし、シオンは動揺することなく、その石像の胸元に耳を寄せた。
「……聞こえる。微かだけれど、石の中から……トクトクと、脈動のような音が」
「まさか……」
カグヤが息を呑む。
「今のヒビは、外部からのダメージじゃないわ。内側から、生命力が石を押し割ろうとしているのよ。……レン、さっきのあなたのベルの効果だわ」
その時、街の中心、時計塔から重厚な鐘の音が鳴り響いた。
――ゴォォォォン……。
午後六時。三十年間止まっていた街の時間が、現代の正解と同じ刻を告げる。一行はその振動に身を震わせた。
魔物を倒したからか、あるいはレンの音がトリガーになったのか。理由は不明だが、この街は今、確実に「活動」を再開しようとしていた。
「レン、もう一度鳴らしてみて、もしかするとこの街の人々を救う事ができるかも……」
カグヤに促され、レンは再びハンドルに手をかけた。今度は恐怖を払うためではない。ただ目の前の命を救いたいという、純粋な祈りを込めて、ベルのレバーを弾いた。
[癒しの号鈴]
――リィィィィィィィィィン……。
心地よい、安らぎの残響が広場を波紋のように広がっていく。
瞬間に、街中の石像から「バリバリ」と硬質な音が上がった。
レンの目の前、噴水広場で転びそうになっていた少年の石像が、ついに耐えきれず前のめりに倒れ込む。
「危ない!」
レンが咄嗟に手を伸ばすが、間に合わない。石像は地面に激突し、派手な音を立てて砕け散った。
だが、粉々になった石の破片の中から現れたのは、温かい肌の色をした、小さな子供の姿だった。
「……生きてる」
レンが抱き上げると、子供は深い眠りの中にいるようだったが、その頬には赤みが差し、規則正しい呼吸が確認できた。三十年の時を越え、子供の命が今、再び動き出したのだ。
レンは無言のまま自分の上着を脱ぐと、肌寒い風から守るように子供の小さな体にそっとかけた。
「……信じられない。本当に……奇跡の力ね。」
カグヤが目を細めて笑う。
バルトが鼻をすすり、シオンが静かに頷いた。
「よし。ライフレジストからの信号は、この街の中心部、時計塔から出ている。何らかの答えが待っているかもしれない。」
レンは前を見据えた。
救いの一音を届けた一行は、さらなる真実を求め、時計塔の巨大な門をくぐった。
一時的な休息を終えた一行は、ついに「ライフレジスト」の信号が発せられている時計塔の重厚な扉の前に立った。
「よし、俺が先陣を切るぜ! どんな仕掛けがあろうと、この盾で弾き返してやる!」
バルトがいつもの調子で豪快に笑い、巨大な扉を両手で押し開いた。
「おい、レン、カグヤ! 遅れずについて――」
その言葉が、不自然に途切れた。
一歩踏み出したバルトの背中が、扉の隙間から差し込む薄暗い光の中で、瞬く間に灰白色《かいはくしょく》へと変色していく。
「バルト!?」
レンが叫ぶが、返事はない。バルトは盾を構えたポーズのまま、筋肉の躍動感まで保存された「彫像」と化し、その場に固まっていた。
「……下がって! 扉から離れて!」
カグヤがレンの襟首を掴んで強引に引き戻す。シオンは即座に腰のポーチから、伸縮する棒の先に鏡がついた索敵道具を取り出した。
「……鏡越しに、中を見る」
シオンが慎重に棒を伸ばし、扉の隙間から内部を探る。鏡に映し出されたのは、時計塔の中央に鎮座する、悍《おぞ》ましい姿だった。
下半身は大蛇、頭髪の一本一本が蠢く毒蛇となった女の魔物――ゴルゴン。
彼女は石化したバルトには目もくれず、中央の歯車の上で深く眠りについていた。その周囲には、三十年前に侵入したと思われる、砕け散った無数の石像の破片が散らばっている。
「……姿を見ただけでも石になるというわ、まさに今、バルトが石化してしまった事から考えると……神話の怪物だわ」
カグヤが忌々しげに呟く。
一行は扉の影に隠れながら、固まったままのバルトを壊さないよう、慎重に横たわらせた。
その時。背後から無遠慮な足音が近づいてきた。
「どけどけ! 運び屋ごときが一番乗りとは笑わせるぜ!」
「追加報酬は俺たちのものだ! アイザックの遺品は渡さねえ!」
霧の中から現れたのは、ハリー・エクスプレス社に雇われたと思われる後続の精鋭パーティーたちだ。
彼らはレンたちが扉の前で立ち往生しているのを見て、チャンスだと思い込んだのだ。
「待て! 中にはゴルゴンが――」
レンの警告を、彼らは鼻で笑って無視した。
「ゴルゴンだぁ? そんなお伽話、今時流行らねえよ!」
「行くぞ野郎ども、突撃だッ!」
五、六人の冒険者が、我先にと開かれた扉の中へなだれ込む。
次の瞬間、時計塔の中に響いたのは、戦闘の音ではなく、重い石が地面に倒れる「ドサッ、ドサッ」という鈍い音だった。
不用心にゴルゴンを直視した彼らは、叫び声を上げる暇もなく石像へと変わり、勢い余って重なり合うように倒れ込んでいく。その衝撃で、何体かの石像が無惨にも粉々に砕け散った。
「……これが本当に、ギルドの精鋭なのか?」
冷めた視線でその惨状を呟いた。欲に目がくらみ、初歩的な警戒すら忘れた者たちの末路。
ゴルゴンは、侵入者たちが立てた騒がしい音に、ゆっくりとその蛇の髪を震わせ始めた。
「……起きたわね。レン、バルトを元に戻すには、あいつを倒すしかないわ」
カグヤが杖を握りしめ、鏡を覗き込むシオンと視線を交わす。
視界を奪われたまま、神話の怪物をどう打ち倒すか。
ゴルゴン、ギリシャ神話に登場する怪物だ。神話の中では、英雄ペルセウスが、鏡のように磨かれた盾に、ゴルゴンの姿を映し、直接敵を見ることなく、剣で首を落としたというが……
俺にはできない芸当だな……
「……ねぇ、レン。改めて思うけれど、あなたのその力、凄まじいわね」
カグヤが自分の耳元で指を鳴らしながら、感嘆の声を漏らした。
「鼓膜だけじゃない。さっきまでの疲労感が、嘘みたいに消えているわ。……」
レン自身、自分の体に起きた変化に驚いていた。あれほど酷使した脚には力が漲り、視界はかつてないほどクリアだ。
【安らぎの号鈴】は単なる精神安定ではなく、肉体そのものを「正常な状態」へ押し戻す、強力な回復効果を秘めていた。
その時、倒れた魔物の死骸を確認していたシオンが、ふと足を止めた。
「……待って。石像に、変化がある」
「変化ぁ? 壊れちまったのか?」
バルトが、近くにいた買い物袋を提げた、主婦の石像を覗き込む。そこには、網目のような細かなヒビが入っていた。
「さっきの魔物の超音波でやられたのか……? 崩れ落ちないだろうな……」
バルトが、指で表面をなぞると……
パリッ……。
指先が触れた瞬間、亀裂はさらに深く、広範囲に広がった。
「うわぁっ! やべっ!!」
バルトが慌てて両手を挙げて飛び退く。しかし、シオンは動揺することなく、その石像の胸元に耳を寄せた。
「……聞こえる。微かだけれど、石の中から……トクトクと、脈動のような音が」
「まさか……」
カグヤが息を呑む。
「今のヒビは、外部からのダメージじゃないわ。内側から、生命力が石を押し割ろうとしているのよ。……レン、さっきのあなたのベルの効果だわ」
その時、街の中心、時計塔から重厚な鐘の音が鳴り響いた。
――ゴォォォォン……。
午後六時。三十年間止まっていた街の時間が、現代の正解と同じ刻を告げる。一行はその振動に身を震わせた。
魔物を倒したからか、あるいはレンの音がトリガーになったのか。理由は不明だが、この街は今、確実に「活動」を再開しようとしていた。
「レン、もう一度鳴らしてみて、もしかするとこの街の人々を救う事ができるかも……」
カグヤに促され、レンは再びハンドルに手をかけた。今度は恐怖を払うためではない。ただ目の前の命を救いたいという、純粋な祈りを込めて、ベルのレバーを弾いた。
[癒しの号鈴]
――リィィィィィィィィィン……。
心地よい、安らぎの残響が広場を波紋のように広がっていく。
瞬間に、街中の石像から「バリバリ」と硬質な音が上がった。
レンの目の前、噴水広場で転びそうになっていた少年の石像が、ついに耐えきれず前のめりに倒れ込む。
「危ない!」
レンが咄嗟に手を伸ばすが、間に合わない。石像は地面に激突し、派手な音を立てて砕け散った。
だが、粉々になった石の破片の中から現れたのは、温かい肌の色をした、小さな子供の姿だった。
「……生きてる」
レンが抱き上げると、子供は深い眠りの中にいるようだったが、その頬には赤みが差し、規則正しい呼吸が確認できた。三十年の時を越え、子供の命が今、再び動き出したのだ。
レンは無言のまま自分の上着を脱ぐと、肌寒い風から守るように子供の小さな体にそっとかけた。
「……信じられない。本当に……奇跡の力ね。」
カグヤが目を細めて笑う。
バルトが鼻をすすり、シオンが静かに頷いた。
「よし。ライフレジストからの信号は、この街の中心部、時計塔から出ている。何らかの答えが待っているかもしれない。」
レンは前を見据えた。
救いの一音を届けた一行は、さらなる真実を求め、時計塔の巨大な門をくぐった。
一時的な休息を終えた一行は、ついに「ライフレジスト」の信号が発せられている時計塔の重厚な扉の前に立った。
「よし、俺が先陣を切るぜ! どんな仕掛けがあろうと、この盾で弾き返してやる!」
バルトがいつもの調子で豪快に笑い、巨大な扉を両手で押し開いた。
「おい、レン、カグヤ! 遅れずについて――」
その言葉が、不自然に途切れた。
一歩踏み出したバルトの背中が、扉の隙間から差し込む薄暗い光の中で、瞬く間に灰白色《かいはくしょく》へと変色していく。
「バルト!?」
レンが叫ぶが、返事はない。バルトは盾を構えたポーズのまま、筋肉の躍動感まで保存された「彫像」と化し、その場に固まっていた。
「……下がって! 扉から離れて!」
カグヤがレンの襟首を掴んで強引に引き戻す。シオンは即座に腰のポーチから、伸縮する棒の先に鏡がついた索敵道具を取り出した。
「……鏡越しに、中を見る」
シオンが慎重に棒を伸ばし、扉の隙間から内部を探る。鏡に映し出されたのは、時計塔の中央に鎮座する、悍《おぞ》ましい姿だった。
下半身は大蛇、頭髪の一本一本が蠢く毒蛇となった女の魔物――ゴルゴン。
彼女は石化したバルトには目もくれず、中央の歯車の上で深く眠りについていた。その周囲には、三十年前に侵入したと思われる、砕け散った無数の石像の破片が散らばっている。
「……姿を見ただけでも石になるというわ、まさに今、バルトが石化してしまった事から考えると……神話の怪物だわ」
カグヤが忌々しげに呟く。
一行は扉の影に隠れながら、固まったままのバルトを壊さないよう、慎重に横たわらせた。
その時。背後から無遠慮な足音が近づいてきた。
「どけどけ! 運び屋ごときが一番乗りとは笑わせるぜ!」
「追加報酬は俺たちのものだ! アイザックの遺品は渡さねえ!」
霧の中から現れたのは、ハリー・エクスプレス社に雇われたと思われる後続の精鋭パーティーたちだ。
彼らはレンたちが扉の前で立ち往生しているのを見て、チャンスだと思い込んだのだ。
「待て! 中にはゴルゴンが――」
レンの警告を、彼らは鼻で笑って無視した。
「ゴルゴンだぁ? そんなお伽話、今時流行らねえよ!」
「行くぞ野郎ども、突撃だッ!」
五、六人の冒険者が、我先にと開かれた扉の中へなだれ込む。
次の瞬間、時計塔の中に響いたのは、戦闘の音ではなく、重い石が地面に倒れる「ドサッ、ドサッ」という鈍い音だった。
不用心にゴルゴンを直視した彼らは、叫び声を上げる暇もなく石像へと変わり、勢い余って重なり合うように倒れ込んでいく。その衝撃で、何体かの石像が無惨にも粉々に砕け散った。
「……これが本当に、ギルドの精鋭なのか?」
冷めた視線でその惨状を呟いた。欲に目がくらみ、初歩的な警戒すら忘れた者たちの末路。
ゴルゴンは、侵入者たちが立てた騒がしい音に、ゆっくりとその蛇の髪を震わせ始めた。
「……起きたわね。レン、バルトを元に戻すには、あいつを倒すしかないわ」
カグヤが杖を握りしめ、鏡を覗き込むシオンと視線を交わす。
視界を奪われたまま、神話の怪物をどう打ち倒すか。
ゴルゴン、ギリシャ神話に登場する怪物だ。神話の中では、英雄ペルセウスが、鏡のように磨かれた盾に、ゴルゴンの姿を映し、直接敵を見ることなく、剣で首を落としたというが……
俺にはできない芸当だな……
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