ダンジョン・イーツ! ~戦闘力ゼロの俺、スキル【絶対配送】でS級冒険者に「揚げたてコロッケ」を届けたら、世界中の英雄から崇拝されはじめた件~

たくみさん

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第四章 ロストアーカイブ編

43:カグヤの真の力

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 「俺が囮になる。……カグヤ、その隙に仕留めてくれ。俺が石になっても、お前たちならゴルゴンを倒し、石化を解いてくれるだろ?」

 レンは覚悟を決め、ママチャリのペダルに足をかけた。仲間を救うため、自らが礎になる。それが、今の俺に出来る事だった。

 シオンは無言で、その決意を汲み取るように鏡の角度を微調整し、抜剣する。しかし、カグヤだけは無言のまま、動こうとしなかった。

 レンが漕ぎ出そうとした瞬間、その肩をカグヤの細い指が、万力のような力で掴んだ。

「レン、あなたは分かってないわね」
 カグヤの声は、これまで聞いたことがないほど氷のように冷たく、それでいて揺るぎない自信に満ちていた。

「な、なにをだ?」
「あなたは、私の力を理解していないわ。……最近、あなたに甘えすぎていたのかもね」

 カグヤはそう言い放つと、レンの瞳をじっと見つめ――そして、静かに、吸い込まれるような深い闇の中へ目を閉じた。
 暗闇の中で唇を震わせる彼女の姿を、レンは「決死の別れの儀式」だと勘違いした。

「……カグヤ」
 レンは引き寄せられるように、彼女の唇にそっと自分の唇を重ねた。
 一瞬、カグヤの体がビクッと跳ね、大きく目が見開かれた。

「れ、レン。……嬉しいのだけど、そういうことじゃないの……よ?」
 顔を真っ赤に染め、指先で唇に触れながらカグヤが困惑したように笑う。

「ご、ごめん。つい……」
「うふふ、良いのよ。……見ていてレン、私がなぜ「氷姫」と呼ばれているのかを……」
 再び、カグヤが目を閉じる。

 刹那、周囲の温度が急速に下がり、時計塔の入り口に白く冷たい霧が立ち込めた。彼女は目を閉じたまま、まるで全てが見えているかのような足取りで、迷いなく死の扉をくぐり、腰の剣を抜き放った。

 内部で眠っていたゴルゴンが、侵入者の気配に気づき、鎌首をもたげる。しかし、その蛇の目がカグヤを捉えた瞬間、神話の怪物は生まれて初めての感情――「絶対的な捕食者」への恐怖に凍りついた。

 逃げなければならない。

 本能がそう告げたゴルゴンが、巨体をくねらせて逃れようとした。だが、次の瞬間、そこには既にカグヤが立っていた。彼女が通った跡は、床のタイルが薄氷に覆われ、冷気が立ち昇っている。

「――どこへ行くの?」

 悲鳴を上げ、逆方向へ這いずるゴルゴン。しかし、まばたきをする間もなく、カグヤは再びそこへ先回りをしていた。一瞬で、雪片が舞うような音なき神速の移動。

「ギ、ギギィィッ!!」

 逃げ場を失ったゴルゴンが、自暴自棄に無数の蛇髪と鋭い爪でカグヤに襲いかかる。
 だがその爪と、蛇髪による攻撃は、カグヤに届かなかった。ゴルゴンの爪は、カグヤの皮膚と接触した瞬間、凍りつき砕ける。蛇髪にしても同様の結果だった。

 尻込みし、絶望に震えるゴルゴンに対し、カグヤは一歩、また一歩と優雅に歩みを進める。

 そして、完全な間合いに入った瞬間、カグヤの姿がダイヤモンドダストの中に完全に掻き消えた。

 レンとシオンが鏡越しに見ていたのは、時計塔の中央を縦断する、一筋の白い「凍りついた閃光」だけだった。

 次の瞬間、カグヤはツカツカと軽い足取りで、扉の外にいるレンの方へと歩いてきた。
 彼女は既に剣を鞘に収め、閉じていた目を開くと、先ほどまでの冷徹さが嘘のような満面の笑みをレンに向けた。

 鏡越しにゴルゴンを注視していたシオンが、息を呑む。
 ゴルゴンは困惑したように立ち尽くしていた。背中を向けて立ち去るカグヤに対し、最後の一撃を食らわそうと腕を振り上げた、その時だった。

 パリィィンッ!

 首筋から冷たい氷の結晶が弾け、何の音もなくゴルゴンの首がその胴体から滑り落ちた。
 地面に転がった首は、切り口が完璧に凍結されており、自分がいつ斬られたのかさえ理解していないような、呆然とした表情のまま石化して崩れていった。

「お待たせ、レン。……これで、バルトも元に戻るばはずよね」
 カグヤはそう言って、誇らしげに胸を張った。

 ゴルゴンの首が落ち、その巨体が灰となって崩れ去っても、バルトを覆う石の呪縛は解けなかった。灰色の塊となったまま、彼は物言わぬ彫像として横たわっている。

「……おかしいわね。元凶を倒せば解けるのがお約束よね?」
 カグヤが眉をひそめてバルトの肩に触れるが、冷たい石の感触が返ってくるだけだった。そこで、鏡を収めたシオンが静かに口を開く。

「……街の人々を石化したのがあのゴルゴンなら、バルトの石化を解くのも、レンのスキルのベルなんじゃないかしら」

 シオンの言葉に、レンはハッとした。先ほど広場で子供を救った時の、あの温かい残響。
 レンはバルトの石像の前に歩み寄ると、祈るようにレバーを弾いた。

 ――リィィィィィィィィィン……。

 【癒しの号鈴】の清らかな一音が、時計塔の静寂に波及する。
 すると、先ほど不用心に突撃して粉々に砕け散った後続パーティーの残骸には何の反応もなかったが、バルトや、形を保ったまま倒れている他の冒険者たちの体に、劇的な変化が起きた。

 パリパリと、薄氷が割れるような音が響く。
 バルトを覆っていた灰色の殻が一瞬にして弾け飛び、中から元の姿が露わになった。しかし、一つだけ大きな問題があった。

「うおっ!? ……あ、あー。……マジかよ」

 真っ先に聞こえてきたのは、バルトの情けない声だった。石化の呪いは、装備していた服や鎧、さらには自慢の盾までも石に変わった。
 レンの【癒しの号鈴】は、生命活動がなければ、効果がない。
   
 つまり、バルトは時計塔の中で、完全な「生まれたままの姿」で立ち尽くしていた。
「……あーあ、あの盾、まだローン払い終わってねえのに……」
 それが、石化から復活した男の第一声だった。

 カグヤが氷のように冷たい表情に、シオンが無表情に目を逸らす中、バルトは恥ずかしがる素振りも見せず、レンに詰め寄った。

「おいレン! 予備の装備を預けてたよな?
  さすがにこれじゃ戦えねえ!」

 レンは呆れながらも、デリバリーバッグに積んでいた予備の装備一式を差し出した。

「パンツは……予備はないぞ」

「ガッデム……。おい、やっぱり鎧を直に履くと、スースーするな。……ノーパンってのは、どうにも落ち着かねえぜ」
 そんな無駄な情報を垂れ流すバルトの横で、復活した他の冒険者たちは、突然真っ裸にされた現状と、砕けて二度と戻らない仲間たちの姿に、絶望と困惑の声を上げていた。

 レンは彼らを放置し、ゴルゴンが鎮座していた歯車の中央へ向かった。

 そこには、長年守られていたかのように、一つの古びた魔道具が転がっていた。

「……アイザックの、ライフレジストだ」
 レンがそれを拾い上げると、周囲に散らばる「砕けた石像の破片」が目に入った。

 アイザックは、ここに荷物を運ぼうとして、ゴーゴンの姿を見て、石化し砕かれてしまったのだろうか……。カグヤのパーティー「月詠」の仲間たちの間に、重い沈黙が流れる。

「……湿っぽいのは抜きだ。まずはこの街を救ってやろうぜ。レン、お前のベルがあれば、外のみんなも起こせるんだろ?」
 バルトの提案に、レンは強く頷いた。

「……ああ、行こう」

「バルトが一瞬で解けたのは石化してすぐだったから。時間が経った街の人たちは、もっと何度も鳴らす必要があるかもな」
 レンがそう呟くと、カグヤが腕に抱きつき、幸せそうに頬ずりをしたきた。

「ええ、行きましょう、レン。あなたの『音』を待っている人が、たくさんいるわ」
 レンはママチャリに跨り、カグヤが後ろに乗り、ペダルを力強く漕ぎ出した。

 夕闇が迫る三十年止まった街の中を、一人の運び屋が駆け抜ける。

 チィィィィィィィン……! リィィィィィィィィィン……!
 鳴り響くベルの音と共に、街のあちこちで石の殻が割れる音が重なっていく。

 まもなく、街が以前の賑わいを取り戻そうとしていた。
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