2 / 6
プロローグ「ガール・ミーツ・ジャック」
2話「アーティスト」
しおりを挟む「え? 誰?」
「面白いね、アナタ」
反射的に振り返ると、背の高い女性が立っていた。
「さっきの警報、アナタでしょ? 受付で見た時から明らかに観光目的じゃなかったし、それに魔力のゆらぎも生まれてる。それ、異能使った証拠ね」
「そ、それは……」
ゆっくり歩み寄ってくるその人は、黒のジャージにスウェット姿。フードにマスク、黒丸のサングラスをかけてるから顔は全然わからない。
「まっ、なんでもいいんだけどさ、アナタ結構いいよね」
「……いい? なんの話?」
「私と対照的で身長低めだし、赤色メッシュが入ったショートヘア。ルックスも可愛いし発想も柔軟。それになにより、透き通ったその声がいい」
深く被ったフード。それにグラスとマスクを外して、あらわになった深い青色の瞳と髪を、私は知っていた。と言うか有名人だ。
「まるでそう、八八地《ややち》っていうVチューバーみたいな」
背中のほうでひんやりと嫌な予感がした。
ニヤッとした唇と少し釣り上げた目じり。見透かされているような気分だ。
「川上莉子《かわかみりこ》……」
最悪な展開だ。こんな時間がない時に。
「あっ、私のこと知ってた? なら話が早い」
私には時間がない。飛行機の速さはおおよそ200メートル毎秒。13キロなんて1分もあれば消えてなくなってしまう。
その前にここから離れないと。
「待って、事情ならあと──」
「そんなのいいから、アナタ。私とユニット組まない?」
「は? はい?」
いきなりすぎて、全然頭がついていかなかった。っていうか状況わかってる?
「私さ、ギター弾けるんだけどボーカルがどうにもでさ」
何? 何を言っているの?
ユニット? ギター? ボーカル? そんな話をしている時間なんて、どこにもないでしょ。
振り返るともう、双眼鏡なんてなくても見えるくらいまでそれが近づいていた。
「外なんていいからさ、話聞いてほしいんだけど?」
「え、あっ、いや、だって飛行機……」
「あーあれ? つっこんで来るつもりかもね。ハイジャックでもされてるんじゃない?」
今私と同じものを見て、言いたいことだって伝わった。それなのに、彼女は依然こう言うんだ。
「それよりさ、八八地《ややち》っていうVチューバー知ってる? アナタみたいな可愛い声してるの」
ダメだ、話しが通じない。
「それ今じゃなきゃだめ!?」
「え? ダメでしょ。すごい声似てるし」
「知らないって! っていうか前見て前! やばいって! 早く逃げないと!」
異能で飛行機の進路を変更できないなら、ここにいても巻き込まれるだけだ。
残念だけど、逃げるしかない!
ごめんなさい、みーとぱい先生。
迫る飛行機に背中を向けて、非常階段目指して走り出した。
───矢先にそれは起こる。
「ちょっと、なにも逃げることなくない!?」
左手をぎゅっと掴まれて足が止まる。
「逃げるでしょ普通!!」
この状況でなんで逃げないの? 馬鹿なの? この人?
「まだ返事聞いてないんだけど!」
「今じゃないでしょ!? 放してってば! ほんとやばいって!!」
力つよっ。ぜんっぜんほどけない。もうだめだ。
非常口まで走ったところで間に合わない。
私、このままここで死んじゃうの? こんな変な人に絡まれたせいで。
飛行機はもうすぐそこだ。展望台を飲み込む影。
風圧で窓が振動し、エンジン音は窓越しでも届いた。
痛感した。その大きすぎる機体にただただ唖然として、立ち尽くすしかなかったんだ。
そんな中でもふと、よぎった。
———夜の配信。どうしよう。
「借りるね」
見ていられなくって、顔を背けてぎゅっと瞼を閉じた。
それでも彼女に力強く握られた手の感触だけは、鮮明に感じ取れた。
身構えた。どうにもならないことだってわかっていても、反射的に体を強張らせていたんだ。
「もういいよ」
なのに、次に鼓膜を揺らしたのは窓が割れる甲高い音じゃなくて、川上莉子の声だった。
「……ぇ?」
微かに聞こえた声に、目を開く。
彼女は正面から向き合っていた。
今にも展望台の強化ガラスを突き破らんとしたまま止まっている、それと。
なんで? どうして? どうやって。莉子はあれを止めたというのか。
「魔法的な力は遮られるんじゃ……」
「あーアルミニウム合金のこと?」
忘れてたかのように言い放った莉子は、満面の笑みで言った。
「ってあれ? 私のこと知ってるんじゃなかったの?」
川上莉子。名前なら確かに知っているけれど、彼女が何を言おうとしているのか、まったくわからなかった。
「内閣府直属異能力テロ対策精鋭組織、通称アーティストが第三席。まぁ、今となっては元だけど、要するに──」
握っていた手を放して、窓に向かって3歩。それから綺麗な髪を靡かせながら翻った。
「こんなのに干渉できないのってステージAまでね、ウチらアーテイストはステージS、10席の琥珀《こはく》だって干渉できるよ? こんなの」
驚きを、こうも簡単に通り越したのは、いつ以来のことだろう。
「嘘……でしょ?」
アーティストが魔法や異能力の扱いに秀でているのは知っていたけれど、ここまで規格外だなんて。
いや、でもだ。
「川上莉子《あなた》がアーティストを辞めた理由って、異能が使えなくなったからじゃないの?」
少し前にニュースになっていたのを覚えている。
アーティストの任務中、魔力回路が焼き切れて魔法や異能といった魔法的な力が一切使えなくなった。だから私は、莉子に助けを求めず逃げることを選んだんだ。
「だから言ったでしょ? 借りるねって。今朝の配信で体の一部を共有できるって言ってたから、八八地《ややち》の魔力回路を使わせてもらったわけ」
待って、バレてる? 聞かれた時確かに知らないって言ったのに。
「ナ、ナンノ話デショウカ?」
「……いや、無理あるでしょ、それ。っていうかさっきの話! 私とユニット組まない?」
だめだ、完全にバレちゃってる。
もう開き直るしかない。
「私、配信にバイトに学校もあるか──」
「このままさー、この展望台に残ってたらどうなるんだろうね?」
「ん?」
「いずれは施設職員とか警察とかが色々調べに来ると思うんだよねー。あ、私は私の異能で出られるから別にいいんだけどさぁ? 八八地《ややち》はどうする? 試しに非常階段から降りてみる?」
ず、ずるい。
このままここに残れば面倒なことになるのは明白。かといって彼女とのリンクを解いてしまえば、飛行機がここから落下してしまう。
「あっ、エレベーター復旧したね。そろそろ誰か上がって来るんじゃない? ねぇ、どうしよっか?」
ニヤニヤしながら決まりきった答えを訪ねてくる彼女の憎たらしい顔を、私はきっと、しばらく忘れることなんてできないだろう。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
異世界子供ヤクザ【ダラムルバクト】
忍絵 奉公
ファンタジー
孤児院からスラムで育ったバクト。異空間収納と鑑定眼のダブルギフト持ちだった。王都西地区20番街では8割を縄張りとする先代のじいさんに拾われる。しかしその爺さんが死んだときに幹部同士のいざこざが起こり、組は解散。どさくさにまぎれてバクトが5・6番街の守役となった。物語はそこから始まる。7・8番街を収めるダモンとの争い。また後ろ盾になろうと搾取しようとする侯爵ポンポチーコ。バクトは彼らを越えて、どんどん規格外に大きくなっていく。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる