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プロローグ「ガール・ミーツ・ジャック」
2話「アーティスト」
しおりを挟む「え? 誰?」
「面白いね、アナタ」
反射的に振り返ると、背の高い女性が立っていた。
「さっきの警報、アナタでしょ? 受付で見た時から明らかに観光目的じゃなかったし、それに魔力のゆらぎも生まれてる。それ、異能使った証拠ね」
「そ、それは……」
ゆっくり歩み寄ってくるその人は、黒のジャージにスウェット姿。フードにマスク、黒丸のサングラスをかけてるから顔は全然わからない。
「まっ、なんでもいいんだけどさ、アナタ結構いいよね」
「……いい? なんの話?」
「私と対照的で身長低めだし、赤色メッシュが入ったショートヘア。ルックスも可愛いし発想も柔軟。それになにより、透き通ったその声がいい」
深く被ったフード。それにグラスとマスクを外して、あらわになった深い青色の瞳と髪を、私は知っていた。と言うか有名人だ。
「まるでそう、八八地《ややち》っていうVチューバーみたいな」
背中のほうでひんやりと嫌な予感がした。
ニヤッとした唇と少し釣り上げた目じり。見透かされているような気分だ。
「川上莉子《かわかみりこ》……」
最悪な展開だ。こんな時間がない時に。
「あっ、私のこと知ってた? なら話が早い」
私には時間がない。飛行機の速さはおおよそ200メートル毎秒。13キロなんて1分もあれば消えてなくなってしまう。
その前にここから離れないと。
「待って、事情ならあと──」
「そんなのいいから、アナタ。私とユニット組まない?」
「は? はい?」
いきなりすぎて、全然頭がついていかなかった。っていうか状況わかってる?
「私さ、ギター弾けるんだけどボーカルがどうにもでさ」
何? 何を言っているの?
ユニット? ギター? ボーカル? そんな話をしている時間なんて、どこにもないでしょ。
振り返るともう、双眼鏡なんてなくても見えるくらいまでそれが近づいていた。
「外なんていいからさ、話聞いてほしいんだけど?」
「え、あっ、いや、だって飛行機……」
「あーあれ? つっこんで来るつもりかもね。ハイジャックでもされてるんじゃない?」
今私と同じものを見て、言いたいことだって伝わった。それなのに、彼女は依然こう言うんだ。
「それよりさ、八八地《ややち》っていうVチューバー知ってる? アナタみたいな可愛い声してるの」
ダメだ、話しが通じない。
「それ今じゃなきゃだめ!?」
「え? ダメでしょ。すごい声似てるし」
「知らないって! っていうか前見て前! やばいって! 早く逃げないと!」
異能で飛行機の進路を変更できないなら、ここにいても巻き込まれるだけだ。
残念だけど、逃げるしかない!
ごめんなさい、みーとぱい先生。
迫る飛行機に背中を向けて、非常階段目指して走り出した。
───矢先にそれは起こる。
「ちょっと、なにも逃げることなくない!?」
左手をぎゅっと掴まれて足が止まる。
「逃げるでしょ普通!!」
この状況でなんで逃げないの? 馬鹿なの? この人?
「まだ返事聞いてないんだけど!」
「今じゃないでしょ!? 放してってば! ほんとやばいって!!」
力つよっ。ぜんっぜんほどけない。もうだめだ。
非常口まで走ったところで間に合わない。
私、このままここで死んじゃうの? こんな変な人に絡まれたせいで。
飛行機はもうすぐそこだ。展望台を飲み込む影。
風圧で窓が振動し、エンジン音は窓越しでも届いた。
痛感した。その大きすぎる機体にただただ唖然として、立ち尽くすしかなかったんだ。
そんな中でもふと、よぎった。
———夜の配信。どうしよう。
「借りるね」
見ていられなくって、顔を背けてぎゅっと瞼を閉じた。
それでも彼女に力強く握られた手の感触だけは、鮮明に感じ取れた。
身構えた。どうにもならないことだってわかっていても、反射的に体を強張らせていたんだ。
「もういいよ」
なのに、次に鼓膜を揺らしたのは窓が割れる甲高い音じゃなくて、川上莉子の声だった。
「……ぇ?」
微かに聞こえた声に、目を開く。
彼女は正面から向き合っていた。
今にも展望台の強化ガラスを突き破らんとしたまま止まっている、それと。
なんで? どうして? どうやって。莉子はあれを止めたというのか。
「魔法的な力は遮られるんじゃ……」
「あーアルミニウム合金のこと?」
忘れてたかのように言い放った莉子は、満面の笑みで言った。
「ってあれ? 私のこと知ってるんじゃなかったの?」
川上莉子。名前なら確かに知っているけれど、彼女が何を言おうとしているのか、まったくわからなかった。
「内閣府直属異能力テロ対策精鋭組織、通称アーティストが第三席。まぁ、今となっては元だけど、要するに──」
握っていた手を放して、窓に向かって3歩。それから綺麗な髪を靡かせながら翻った。
「こんなのに干渉できないのってステージAまでね、ウチらアーテイストはステージS、10席の琥珀《こはく》だって干渉できるよ? こんなの」
驚きを、こうも簡単に通り越したのは、いつ以来のことだろう。
「嘘……でしょ?」
アーティストが魔法や異能力の扱いに秀でているのは知っていたけれど、ここまで規格外だなんて。
いや、でもだ。
「川上莉子《あなた》がアーティストを辞めた理由って、異能が使えなくなったからじゃないの?」
少し前にニュースになっていたのを覚えている。
アーティストの任務中、魔力回路が焼き切れて魔法や異能といった魔法的な力が一切使えなくなった。だから私は、莉子に助けを求めず逃げることを選んだんだ。
「だから言ったでしょ? 借りるねって。今朝の配信で体の一部を共有できるって言ってたから、八八地《ややち》の魔力回路を使わせてもらったわけ」
待って、バレてる? 聞かれた時確かに知らないって言ったのに。
「ナ、ナンノ話デショウカ?」
「……いや、無理あるでしょ、それ。っていうかさっきの話! 私とユニット組まない?」
だめだ、完全にバレちゃってる。
もう開き直るしかない。
「私、配信にバイトに学校もあるか──」
「このままさー、この展望台に残ってたらどうなるんだろうね?」
「ん?」
「いずれは施設職員とか警察とかが色々調べに来ると思うんだよねー。あ、私は私の異能で出られるから別にいいんだけどさぁ? 八八地《ややち》はどうする? 試しに非常階段から降りてみる?」
ず、ずるい。
このままここに残れば面倒なことになるのは明白。かといって彼女とのリンクを解いてしまえば、飛行機がここから落下してしまう。
「あっ、エレベーター復旧したね。そろそろ誰か上がって来るんじゃない? ねぇ、どうしよっか?」
ニヤニヤしながら決まりきった答えを訪ねてくる彼女の憎たらしい顔を、私はきっと、しばらく忘れることなんてできないだろう。
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