未来から

ユキ(偽名)

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未来から

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その子はいつの間にか僕、佐藤曹達そうたの背後に立っていた。パソコンで見ていたアニメ画面が一瞬暗くならなかったら、きっと気づかなかっただろう。

とっさに振り向き、「ヒィッ」と頓狂な声を上げた僕と目が合ったのにも関わらず、彼女は僕の部屋を見回す。もしも僕がストレートな男じゃなくて、彼女が美人な女じゃなければ、僕はもっと怯えていたと思う。

しかし運命は僕の味方をしていた。だって、奇跡でも起こらなければ、女子が自ら僕の部屋に入ってくるわけがないではないか。これは神様が僕に与えた奇跡だ。僕はきっと選ばれし者。世界を変える魔法の力か何かを持っているのかもしれない。神も魔法も一瞬で信じることができた僕は、整えられないTシャツを整え、その不思議な少女に声をかけてみる。

「あの、どちら様で?」

するとなぜか彼女が驚く。

「え? 見えてるの?」

「いやいや、さっき目が合ったよね? 僕、奇声を上げたよね?」と、わざと立ち上がり、困惑を身振りで表す。

「……うん?」

なんで話が通じないのか僕には分からなかった。彼女の雰囲気がどことなく外人っぽかったので、大げさにジェスチャーで感情を示したと言うのに、それでも伝わらないとはどういうことだ? 僕が無言で本当に困惑していると、それは読み取れたらしく彼女は説明する。

「なんか変な声上げてるなとは思ったけど、別に見えてるとは思わないじゃん?」

「思わないのかぁ!」じゃあ仕方がないな。うん、僕は突然奇声を上げる変なやつだから。うん、うん……

「なんで見えてるんだろね?」

え、それ僕に聞く? 僕も状況を把握しきれていなかったが、とにかく可愛い子だったので、話を続ける。

「君は、幽霊か何かなの?」

僕が怯える側にいるはずなのに、なぜか彼女が僕の全身に目を通し、気味の悪そうな顔をした。僕はその表情をよく知っていた。可愛い子は死んでいても同じ行動をとって同じ顔をするものなのだな。死人に何を求めていたのか知らないが、僕はがっかりした。勝手に彼女を死人だと決めつけ、どうせ本体は腐っているのに、なんて思った。

「あなたは【霊感】とか信じるタイプ?」

神も魔法も信じたので、霊感も信じていいと思った。なので僕は「この瞬間から信じることにした」と言って頷いた。君の存在を信じるよ的なクールな意味を込めて言ったのに、彼女は「へぇ。私霊でもなんでもないんだけどね。」などと冷めた声で言う。いや、むしろ彼女の声は冷めきって冷たかった。

運命を味方につけても、僕が僕である限りこれが限界なのか……と凹んだ。じゃあもうどうにでもなれ。

「じゃあなんだよ。僕に見えるはずがないモノなんでしょ?」

「一応未来から来てるからね。過去の人とは接触が取れないはずなんだけど……」

「なるほど、未来から。」未来を信じるなんて、ただの前向きな野郎じゃん。僕の非現実的要素を返して欲しい。

「取れるってことは……あぁ、なるほど。」と彼女も何かに気付いたらしい。そして、未来から来たなんて中々信じ難いことを快く受け入れている僕に感心するのではなく、なぜか哀れみ全開の視線を注いできた。気味悪がられるよりかはマシだが、腑に落ちない。訝しげに彼女を見つめ返していると、こんなことを言い出す。

「大丈夫。私はあなたが作った幻よ。」

大丈夫とはどういう意味だろう? 僕が作った幻なら、僕がコントロールできていいはずじゃないか? 僕の支配下にない時点でもう大丈夫ではないと思う。そもそも初めての幻覚が自称未来から来た美少女なんて高度過ぎないか? 別に幻覚のエキスパートではなかったが、僕の考えは筋が通っていると思ったので僕は彼女を否定する。

「大丈夫じゃないよ。それに君を生み出すほどの想像力なんて僕にはない。」

自分で断言しておいて、ちょっと凹んだ。そんな僕を励ますかのように彼女は言う。

「そんなことないよ! 私は本当は存在しないモノ。あなたが生み出した幻。だからあなたにだけ見えている!」

普通自分の存在をそこまで否定する人はいない。むしろ認めてもらいたいものだ。すなわち彼女の言っていることは本当……? それに、人間の想像力は侮れない。本当に僕が彼女を作り出してしまったのではないだろうか? 思っていた魔法とは違うような気もするが、ファンタジーなんてきっと基本こういうものだ。彼女を見つめれば見つめるほど自分がすごい人間だと思えてきた。女の子ってすごい。

「そっかぁ……」と一応は納得してみたものの、やはり不可解な点が多すぎた。なので一つずつ紐解いていこうと、僕はこう続ける。

「で、ここで何してんの?」

僕がとりあえず納得したことに安堵し気を緩めてしまったのか、彼女は不意を突かれたように「え?」と目を見開く。そしてそれを隠すかのように目を泳がせる。眼球水泳一位の僕が気不味いと思うくらい動かしていたから、きっと頭も回ってしまったのだろう。少女が出した答えはこれだった。

「観光?」

なんでじっくり考えた挙句疑問形なの? 選びに選んだ回答が疑問って、どんだけ自信がないのさ。自分を見ているみたいでイラっときた。そしてなぜ僕が苛められるか分かったような気がして怖くなった。だからなるべく優しく僕は続ける。

「そっか。観光ね。何を?」

今度は彼女は部屋を見回す。そう言えば、さっきも僕の部屋を見回していたので、もしかしたら本当に観光していたのかもしれない。すると自信のない答えが尚更おかしい。僕が自分の内なるシャーロックを引き出そうとしていると、彼女が答えを吐き出した。

「引きこもり?」

引きこもりを観光? え、僕は見世物か何か? それともこの部屋と一体化しちゃってる? 風景同様? というか、僕は学校に行っていないだけであって、部屋から出れるし、若干潔癖だから部屋は綺麗だし、見た目で引きこもりだと判断できないと思う。僕は何故かむきになったが、考えてみれば、自分で作った幻からそう思われるということは、僕もどこかで自分が引きこもりなのだと思っているのかもしれない。気付いたらいけないことに気付いてしまったような感じがして、僕は俯く。

「そっか……」引きこもりを見に来たのか……あ、そういえば、彼女が未来からきたと言う設定はまだ生きているのだろうか? 
僕はもう彼女がなんであろうと割とどうでもよかったので、数週間ぶりの自分自身以外との会話を精一杯楽しもうと思った。

「僕を見に何年後の未来からきたの?」

「100年後。」躊躇なく返事が返ってきたので僕は驚く。まるで本当に未来からきたようだ。

「どうやって?」

「これ」と彼女は言って、スマートフォンのような機械を取り出してみせる。「自分が立っている場所の過去を遡れるようになってるんだ」と説明し、その画面には確かにここの住所と今日の日付、そして100年後の日付が記されてあった。

「え!? 本当に未来っぽいじゃん。」と思わず声を上げて言う。その僕の反応にはっとした彼女は、すぐさまそれをしまい、

「君の想像力はすごいなぁ」なんて明後日の方向を見ながら言う。
うわぁ。絶対嘘だぁ。僕が作ったなんて嘘だぁ。と言う感情が、声に出さずとも顔に出せてしまったようで、その表情に苛ついたのか彼女は突然キレる。

「っていうか、せっかく人が嘘ついてあげてるのに、なんでそんな顔するわけ?」

「自分の存在を誤魔化すのがどうして僕の為なの!?」

「あなたに私が見えてるのは、きっともうすぐ死ぬからだからでしょ!」

「マジか!」もうすぐ死ぬショックというより、初めて未来を信じたと言うのにこの仕打ちはないだろう、ということに驚愕した。

「それか狂ってるって人から思われて誰からも信じてもらえないからだね。」

「マジか!」僕がこんなに無闇に君を信じる、信じると連呼しているのに、本当に報われないな!

あぁ、つまり僕に彼女が見えていても見えていなくとも世界に変化は起きないと言うことなのか。僕は初めて自分が特別な人間だと思ったのに、この世界の中の一人として数えられてもいなかったことに凹む。いてもいなくとも同じ……あってもなくても同じ……空気は見えないだけでなくなったら人は死ぬから、空気のような存在ですらない。僕が例えられるようなモノは存在しない……つまり僕は唯一無二の存在? 

一周回って結果オーライ?

僕の感情は理性と仲良く迷子になっていた。なのでぐるぐるとした頭と心が、何かを目指してぶつかりたいと思ったようで、丁度そこにいた彼女に怒鳴る。

「でもなんで僕に嘘つく必要があったのさ!?」

「だってあなた自身が幻覚だと思ってくれたら人に言うこともないし、人から疑われることもないじゃん。」

その優しさに僕は一瞬で冷静になり、目は滲み、彼女はぼやけた。いや、違う。僕の涙腺の弱さと彼女のぼやけは全く無関係であり、彼女は勝手に消えようとしていた。

「じゃあ私はもう行くから。」

「え、待って待って! 突然すぎるよ……」

僕は彼女に触れようとしたが、まるで幻のように触れることができなかった。

「せめて名前だけでも!」

名前を知ったところでどうにもならないと分かっていたが、それ以外に何も思いつかなかった。彼女は少し微笑み、

「佐藤っ……」と肝心な名前を言い切る前に完全に消えてしまい、僕は僕の部屋に一人立っていた。

名前を知ったところでどうにもならないと思っていたが、僕と同じ名字を彼女が口にしたせいで、僕の淡い恋心がとても汚いものに瞬く間に変貌したのは確かだった。ほんの一瞬の出来事のように思えた彼女との出会いと別れは、僕の人生をめちゃめちゃにした。

僕はもう死ぬか、一生変人として誰からも信じられず孤独に生きていくか……

あ、以前とそこまで変わらないな。そういえば、こうでもなきゃ僕に彼女が見えるはずがなかったな。

あはははは。
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