梟(フクロウ)の山

玉城真紀

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登場人物

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その三つの村はそれぞれ山で隔たれていた。
山と言ってもそれほど高い山ではないので、三つの村はそれぞれに行き来していた。
狭山村
武井村
富木村
この三つの村の名前である。
狭山村は、三つの村の中でもその名の通り狭く五世帯しかない小さな村だった。小さいながらも、土地に恵まれ農作物は良く採れていたので、野菜や米など豊富にあった。
武井村は、三つの村の中で唯一長者がいる村。その長者は土地持ちで、村の人達は皆、その長者に土地を借りて農業をしており村民も多く十五世帯もあった。
富木村は、狭山村に似たような村で村民も少なく七世帯ほど。狭山村と違う所は、土が悪く中々思うように作物が育たない。これでは食べていけないと、富木村の村民達は、野草や野ウサギなど山の恵みをもらいながら生活していた。しかしそんな不安定な生活が上手くいくわけもなく、富木村の人達は、野ウサギや野草の他、草履などを作って他の二つの村の人達と物々交換をしていた。
お互いに、足りない部分を補うように助け合い日々を過ごしているのだ。

その富木村にはおいちと言う女がいた。年は十八歳。
とても貧しい家庭に生まれた長女で、おいちの下に長男、次男。末っ子に二女の四人兄妹。四人の仲はとても良かった。おいちの二つ下の長男(十六歳)利一は、頭が少しだけ弱い所があるがその分とても力が強かった。よく父親と山に入っては、父親以上の木を背負って帰って来る。その兄と一つ違いの弟。梅二(十五歳)春に産まれたからこの名を付けたと両親は言っていた。梅二は兄の利一と真逆で、力はないが頭は良かった。口がうまく、他の村の人との物々交換の時会話に花を咲かせ、相手の気分を良くするような話をする。そうすることで、他の家よりも多く作物を置いていかせるのだ。
そして末っ子のあめ。(八歳)梅雨時に産まれたからと名付けられたらしい。何とも子供の名前に対して無頓着な親である。あめは、とても甘え上手な子供だった。左程器量は良くなくとも甘えるのが上手なのでついつい面倒見てしまう。そのため、少し我儘な性格な所がある。
さて、そんな四兄妹の長女おいちだが、それはそれは器量よしだった。色白の肌に漆黒の黒髪。顔は控えめだがそれがまた、何度見ても飽きの来ないバランスの取れた顔をしていた。近所の人からは「鳶が鷹を生む」などと両親がからかわれたほど村一番の器量よしだった。
性格は優しく朗らかで、兄妹達の面倒をよく見ていた。この貧しい村にとって唯一の光だと村民達は口々に言っていた程だった。
そんなおいちの噂は他の狭山村、武井村にも直ぐに伝わった。
一度お目にかかりたいとわざわざ山を越えておいちを見に来る輩もいたと言う。
勿論、手ぶらでおいちの元に行くなどと言うのは心証が悪い。作物が取れない富木村。皆、沢山の作物を背負子に入れおいちの家に行くのだった。
そんなおいちもそろそろ年頃。この辺りの村の人達は二十歳前には結婚していた。なので、おいちはまだ十八だが結婚を視野にしてもいい年になっているのだ。
毎日のように農作物を持って来る男達に、梅二と共に疲れも見せず愛想よく相手しているおいちだったが、おいちには心に決めた人がいる。
狭山村の佐一郎と言う男だ。
佐一郎はおいちと同じ十八歳。狭山村に住んではいるが、聞くところによると捨て子だったという話だ。拾ってくれた夫婦が農作業をしている時に、林の方から赤子の鳴き声がするのを聞きつけ行って見ると赤いねんねこにくるまれた佐一郎がいたと言う。夫婦には子供がなかったので、佐一郎を自分の子供とし育ててきた。
夫婦は、佐一郎には捨て子という事は伝えないようにしていたが、他人の口は防げぬもの。佐一郎が十二歳の時に隣の同い年の友達が話してしまった。しかし、佐一郎は夫婦を問い詰める事もなく、その夜、二人に頭を下げ育ててくれた事のお礼とこれからもよろしくと言って笑ったと言う。
それからの三人は、血のつながりはなくとも今までよりもさらに仲良く暮らしていた。
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