惑わし

玉城真紀

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転落

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「ね~ママ~アレ欲しい」
「どれ?ん~。そうねぇ・・・パパに聞いて、良いよって言ったら買ってあげる」
「え~。前、聞いたらいいよって言ったよ」
「本当に?フフフ」
「本当!だから、買ってぇ~」

雪がちらつく町の中。
道路沿いに規則的に植えられている樹木に巻かれた、小さなLEDのライトがチカチカと輝き、並んでいる店もそれにつられるように、普段より派手なデコレーションで店を飾る。
毎年お決まりの曲がそこかしこから流れてくる中、おもちゃ屋の前で母娘がこんな話をしているのを見ていた。
もうすぐクリスマス。
自分に関係なくても、カレンダーは一日一日過ぎて様々な行事を世間に送り出す。
「ちっ」
俺は、幸せそうな母娘から目を離し首元から入る冷たい風を防ぐため、両手でしっかりと薄いコートの襟元を掴む。
なるべく、浮ついている町や人を見ないように歩いても耳からの情報は否応なしに入って来る。俺の頭の中に、思い出したくもない過去を引きずり出すかのように。

俺だって、去年までは妻と二人の子供の四人で幸せな家庭を持っていた。
仕事も順調、家庭も円満。幸せだった。
きっと、妻も子供を町につれて行った時さっきの親子のような会話をしていただろう。
その幸せも坂道を転がるかのように、全て最悪の方へ行ってしまった。

俺が会社をリストラされたのが全ての始まりだった。
会社自体の経営が不安定で、生き残りをかけ大企業と合併。初めに行われたのが、早期退職を募るものだった。
俺自体、役職について会社の中でも結構重要な位置にいたので自分には関係ないと思っていた。
しかし、俺も例外ではなかったようだ。
次々に、同僚が辞めていく中、暫くして上司に呼ばれ解雇通知を貰う。
この紙切れ一枚は、俺にとっては死刑宣告を受けたにも等しかった。
(こんなもんなのか?)
ショックだった。
何十年とこの会社に尽くしてきた時間は何だったのか。こんな紙切れ一枚で全てが終わりなのか。
目の前にいる上司と自分の立場の違いを嫌という程思い知った瞬間でもあった。

家に帰ってもなかなか妻には言えずにいた。
何も知らない妻は、お隣の奥さんとランチに行ってきた、子供達がレジャーランドに行きたいらしい。等、なんの危機も感じられない日常の話をする。
俺は、そんな妻の話に耳を傾けるのだがやはり女の勘と言うものは鋭いようだ。俺自身、話を切り出すタイミングを計っていたのだが、先に妻から言われてしまった。
「あなた。最近様子が変だけどどうかしたの?」
「・・・・・」
「やっぱり。何?何かあったの?」
「うん。実は・・・会社をクビになった」
「・・・・は?」
「・・・・・・」
「会社をクビ?本当に⁉」
「ああ」
「え・・・・まだ、家のローンも残ってるし子供達にもこれからお金がかかるのよ?他の就職先見つけてるんでしょ?」
「一応探して、面接には行ってるけど返事が来ない」
「・・・・」
家の中が一気に冷めていくのを感じた。
そして、妻は子供達を連れて家からいなくなった。
金の切れ目が縁の切れ目。昔の人はいい言葉を残すものだ。
俺はその後、がむしゃらに面接を繰り返したが自分が希望する会社は全て惨敗。
今までやった事のない体を動かす仕事にもついてみたが、やはり俺には向いていなかったらしく辞めさせられた。
ローンの支払いも滞り、差し押さえやらなにやらで、風の様に俺が手に入れたものを奪っていった。
そしてなにもなくなった。

差し押さえられ、家主であるはずの俺が入れなくなった家の前で自分の家を眺める。
自分が建てた家なのに入ることも出来ない。窓を一つ一つ見ても、その部屋の中での思い出が蘇る。
辛かった。
これほどまでの辛さは経験したことはなかった。
俺はその住み慣れた町を出て、別の町へ行くことにした。
俺の大好きな富士山がある場所。
世界遺産にも指定された山。家族で旅行に行った時に見た富士山は本当に素晴らしかった。
だから、最後はその富士山がある場所で過ごしたかったのだ。
富士の麓には、富士の樹海と言うものがある。
不名誉な事なのだろうが、自殺者が多く出る場所だ。
富士山に来た時、何故ここで多くの自殺者が出るのかが不思議だったが今の俺にはその人達の気持ちがよく分かる。

「いらっしゃいませ~クリスマスケーキがタイムサービスで五パーセント引きですよ~!」
洋菓子店の店員の黄色い声で、俺は我に返った。
「ふん」
俺は何も見ず、何も感じないように賑やかな場所から足早に去って行った。
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