陰鬼

玉城真紀

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得体のしれない者

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次第に、私達と由美子達の距離が近くなってくる。街灯もなく畑が広がるだけの道なので、距離感を図るのは先程から見ている懐中電灯の光のみ。しかし、明るい月明かりでいい加減由美子達の姿が見えてもいいのだが、何故かよく見えない。
司は由美子達を懐中電灯で照らす。

「おい!大丈夫か?」

由美子達は、相変わらずグルグルと光を回しながらこちらに来ている。光の回り方から想像すると、右手で懐中電灯を持ち横に大きく円を描くように回しているようだ。

ざざざっ!
走っていた司が急に止まる。

「え?どうしたの?」

「ヤバい逃げるぞ!」

司は早口にそう言うと、直ぐに踵を返し私を引っ張ると凄い速さで走り出した。何が何だが分からない私は、司に引っ張られた瞬間後ろを・・由美子達の方を見た。

「‼」

それは私達のすぐ後ろにいた。
真っ黒な人間。
ソレを見た時、私はそう思った。
その真っ黒な人間が懐中電灯を右手に持ちグルグル回しながら走っている。それも全速力に近い速さで。

「きゃ~‼」

「落ち着け!落ち着いて全力で走れ‼」

司はそう怒鳴りながら私の手をしっかりと握る。その力強い司の手が多少でも私の気持ちに影響したのか、分からないが無我夢中で走る私は、ドラマの様に転ぶこともなく何とか祖母の家まで来ることが出来た。


「こっちだ!」

司は、母屋の方へ入らず納屋の方へ私を連れて行き、納屋の中にある何台かの農機具を素早く見ると、その中でも比較的大きな農機具の後ろへ隠れる。
私は、内臓が口から全て出てしまうのではないかと思う程の荒い呼吸を押さえるのに必死だった。

暫くして、庭に敷き詰めてある砂利を踏む音が聞こえてきた。走ってはいない。ゆっくりと歩いている音だ。
緊張と恐怖、疲れの為未だ荒い呼吸を落ち着かせることが出来ない私は、薄手の上着を脱ぎ、口に当てた。呼吸音もこの静寂の中では、アイツに聞こえてしまうのではないかと思ったのだ。
ソレを見た司は、私の背中を優しく抱いてくれる。そのお陰かようやく落ち着いてきた時

「来た」

司が小声で私の耳元で言った。
見ると、あの真っ黒な人間が母屋に向かって歩いているのが見えた。もう懐中電灯は回していなく、腕をだらんと下げているのだろう光は地面をユラユラと照らしている。
母屋から漏れる明かりに照らし出されたソイツは、異様な奴だった。
全身真っ黒なのだが、体全体が何かモヤモヤした渦が巻いてるような感じ・・・漆黒の中何かがうごめいているような・・・髪や目、口、鼻、耳などはない。ただの真っ黒な人型。
私達が母屋に入ったと思ったのだろう、ソイツはカラカラと玄関を開け中に入って行った。

(すり抜けられないんだ)

こんな時なのに私はそう思った。

「あいつらどうなったんだ?まさかアイツに・・・電話してみよう」

司は携帯を取り出しユウに電話を掛けるが、耳元で呼び出し音が聞こえるだけで、出る気配はない。
私も由美子の携帯にかけてみたが同じ結果だった。

「これからどうするの?」

「・・・車で逃げるって言っても、鍵は家の中だし。アイツが出て行ってから取りに行くしかない。でも、俺達だけで逃げられないよ。アイツらも一緒に行かなくちゃ」

「そ、そうだけど、一旦ここから離れて助けを呼ぶって言うのは・・・」

「それもいいけど、誰が信じるんだい?真っ黒い奴がいて友達がいなくなったなんて話。俺達が頭おかしくなったと思われるだけだよ」

「じゃあどうすれば・・・」

「シッ出てきた」

手に懐中電灯を持った黒い奴は、ゆっくりと辺りを見回すように家から出ると庭をうろうろし始める。私達を探しているようだが、私はその様子を見て少し違和感を感じた。本当に私達を探し出したいのなら、もっと必死になって探すはず。しかしあの黒い奴は、母屋の方に入ってから出てくるまでが早かったし、外に出て建物の裏など隅々探す事をしない。

(変ね・・・)

私は隣で一緒に息をひそめながら黒い奴を見ている司の方を見た。暗がりの中でも、司の額から流れ落ちる汗が見える。
暫くすると、黒い奴は元来た道の方へ歩いて行ってしまった。

「ふぅ~」

極度の緊張から逃れられた安堵感からか、二人して大きく息を吐いた。

「どうする?由美子達は?ここから逃げないと!」

緊張が溶け、次に恐怖と焦りを感じた私は、矢継ぎ早に司に言った。

「落ち着け。ここで、闇雲に動いてアイツに見つかったら元も子もないだろ。落ち着いて行動しよう。まず考えるんだ。いいか、まずアイツが何者なのか・・・心当たりないか?」

「そんなの・・・」

パニック気味の私に考えろと言われても冷静に考える事等無理だ。しかし、司の言うようによく考えてから行動したほうがいいのも分かる。私は必死に自分を落ち着かせ考え始めた。




(いいかい。満月の夜は決して外に出てはいけないんだよ)

(どうして?)

(この村にはね。昔からそう言い伝えられているんだよ。満月の夜は、とても明るいだろう?だから、恐ろしい影が歩いているのがよく分かるんだ。その影と出会ってしまうと、自分の影を踏まれて、今度は自分がその影となり、この世に帰ってこれず歩き回る事になると。だからね、満月の夜は外には出てはいけないよ)




ふと、幼い頃祖母が話してくれた話を思い出した。
この村に来るきっかけにもなった話だが、小さい頃は恐ろしく感じたものだが、大人になるとそういう純粋な気持ちは無くなるのかもしれない。だから肝試し感覚で来たのだ。
この事は司には話していない。

「あのね、ここに来た理由はね・・・」

私は、司に話してみた。
単なる村に伝わる迷信めいた話だと思っているので、軽くあしらわれるかと思ったが司は違った。

「じゃあ。アレは影なのか。お前のお祖母ちゃんの言う通りだとしたら、アイツらは影を踏まれて・・・・さっきのはアイツらのどちらか・・・って事か?」

「・・・お祖母ちゃんの話だとそうなるよね」

「・・・・・」

司は黙り込んだ。


チ、チリリリリン、チリリリリリリリン

司の携帯が鳴る。着信音を黒電話にしてるのだが、このシチュエーションでの黒電話の音はかなり怖い。

「アッ‼ユウからだ!もしもし?お前今どこにいるんだよ!え?・・・ああ・・・うん」

司は電話に出ると勢い良く話し出す。司が話している間、私は話の内容が気になったが、司の表情を凝視しながら電話が終わるのを辛抱強く待つ。
ようやく電話が終わったのを見て

「誰?ユウ君?何処にいるの?無事なの?由美子は?」

「ユウからだった。大丈夫だ。由美ちゃんと一緒にいるって言ってた。やっぱりあいつもあの真っ黒な奴に追いかけられて逃げたらしい。今は、山の中に入って隠れてるって言ってた」

「どうするの?これから」

「あいつらと合流しなくちゃ、そしてここを出よう」

「合流って・・・由美子達がどの辺りにいるのかさえ分からないのに・・・ね、もう一回電話してみて。場所聞いてみようよ」

「今は駄目だ」

「なんで?」

「あいつが来たって言って切れたから・・・もし今電話して、その音でバレたらヤバいだろ?」

「・・・・」

私は携帯の時計を見た。深夜一時半。夏の日の出は大体五時。
今の私には、日の出までの時間が無限に感じられた。


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