陰鬼

玉城真紀

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影鬼

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「あ~あ。今年の旅行はなんか凄いことになったね」

私は、由美子と一緒にいつもの喫茶店でお茶を飲んでいた。
まだ夏の真っ盛り、窓から見える外の景色は間近でライトを当てられているかのように明るい。歩いている人達も、その明かりから逃れるために早足に歩く人や、諦めてだるそうに歩く人な・・・私はその光景をぼうっと見ていた。

あの日警察が来た後、結局一週間近くもあの村にいなくてはならなかった。
なんせ、林の中で一体。(山本の遺体)沼からは、古い遺体がゴロゴロと出たのだ。これでは警察がすんなりと私達を返すわけがない。解放された後も、何度か警察に行き話をしなくてはいけない羽目になった。

その中で私が知りえた情報・・・あの後、健一さんは警察に全てを話したらしい。
何十年も前の殺人。自分の弟を殺してしまった事。
次に、あの村に廃墟探索などに来る若者たちを次々に言葉巧みに沼の方に誘い殺していた事。
パトカーに乗る時の健一さんは、私と母を見て薄く微笑むと軽く頭を下げた。あの時の表情は、何人もの人を殺すような人には見えなかった。
自分が鬼に捕まる為にそうしたのか・・・・という事は、沼に沈めたのは細川の様にあの黒い子供たちなのだろうか。

「それにしてもさぁ。あのお爺さんも酷いけど、あの細川っていう奴?最低じゃない?」

そう。あの細川さん。
私と司がすべて見た事を警察に話、(黒い子供の影の事は信じてもらえなかったが)直ぐに沼の中をさらう作業になった。翌日、真っ黒な全身タイツを着た細川さんが泥まみれで発見された。
警察から細川さんか確認してほしいと言われ、あの沼に行った時、細川さんは、奇妙な格好で沼のほとりに寝かされていた。両腕を万歳しているようにあげ、両足はまるで正座をしているように膝を曲げていた。沼に沈んでいく内にそんな格好になってしまったのか。それとも、沼はそれほど深くなかったのか。それはわからない。その後、顔を拭き取り細川さんと確認。

後で警察から聞いた話だと、山本さんと言う人とあの村に来たのは本当だった。恐らくあの村に来た目的は、山本さんを殺すために来たのだと言う事だった。二人の間には金銭でのトラブルがあったという証言が出たそうだ。
細川は、私達に山本さんを殺した現場を見られたのではと思い、私達を殺そうとしたのでは?と、警察は考えているらしい。確かに、作戦会議をした時の細川は、黒い奴を見た私達に対しその様子をやけに詳しく聞いていた。どこまで見ているのか確認したかったのかもしれない。

「細川さん。あの健一さんにあの話を聞いて利用しようとしたんじゃないかしら」

「しんちゃんが追いかけてくるって事?」

「違う。しんちゃんをおびき出す作戦の事。あの沼で、司を殺して、後で私も同じように」

「私やユウも?やめてよ!怖いじゃん!」

「確かに怖いよね。そう・・・怖いよ」


私は、細川が沼の中に引きずり込まれていく様子を思い出した。
アレは、幻なんかじゃない。
黒い影の子供達。
楽しそうに遊んでいる子供達。
一体あれは何だったのか。
そう考えてみると、あの村に来た若者たちが帰ることなく沼の中から見つかったのも、あの子達が関係しているのではないかと思えてくる。
そして、健一さんはいつか自分があの子供達に捕まるのを望んでいたのではないか。だから「今回も駄目だった」なんて呟いたのではないか。
そう思えて仕方がない。
司は、あの事は忘れてしまいたいらしく

「余りの恐怖に、耐えられなかった俺達が見た幻影だよきっと」

等と言っていた。
司がそう思いたい気持ちは分かる。細川さんに殺されそうになった恐怖と、目の前で沼に沈んでいく様を見れば、自分の心を守るためそう思うのだろう。なので、私はそれ以上は何も言わなかった。

まだ、しんちゃんは無邪気にあそこで遊んでいる。
他の黒い子供の影が何なのかは分からない。
しかし自分もそうだったが、子供というのは、知らない子でも大人と違い仲良くなって遊んだりする。それと同じで、いつの間にか集まった子供なのではないだろうか。そして、成長するにつれその無邪気な心を忘れた大人が出来上がる。

「子供の頃か・・・」

私は夏の太陽が照り付ける中、ガードレールに隠れたり、道路を縦横無尽に走り回ったりまるで、影鬼をしているかのような黒い子供達が見ながら、小さくつぶやいた。


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