陰鬼

玉城真紀

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真実

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老人の家の中に入り、最初に老人に会った部屋の中で私と司は老人と向かい合う形で座っていた。
外は眩しいくらいの晴天だ。数時間前の暗闇が嘘のようである。

「あのおじさん。アレは一体?」

「・・・・・昨日話したのは覚えてるか?あの黒い奴は俺の弟だという事を」

「はい」

「俺はね。あんたらが言うように、弟を見殺しにした男だ。普通だったらそんな事をしたこの村にいつまでもいないだろ?でも俺はここに居続けた。理由は、いずれ弟が俺を捕まえに来ると思ったからさ。・・・あの時、遊んでいた時俺は鬼だった。でも、弟が沼になんか落ちなければ簡単に弟を捕まえていたんだよ。そうすると次は、弟が鬼だろ?だから、あの黒い奴が出て人を追いかけると言う噂が流れた時、直ぐにそう思ったんだ。俺を捕まえに来るだろうってね」

「今まで、弟さんは来たことあったんですか?」

「いや・・・何故か来ない。俺が沼の所に行っても来ないんだ」

「何で?」

「さあな。あの時、あんたが沼から離れて行った後あの子らが現れた。楽しそうに遊んでいるんだ。だから、俺も一緒になって遊べば、あの日からの何十年と言う苦しみから解放されるんじゃないかって思ったんだ。でも、あの子らは俺じゃなく、あの兄ちゃんを「鬼」として選んだ・・・」

「そうだ!そう言えば何で細川さんが黒い奴になりきってたんだ?」

「分からない。あっ!由美子は?ユウ君は?」

現実離れしたものを見たせいで、忘れてしまっていた由美子達の事を思い出した。

「探しに行こう!」

私と司は、老人を置いて急いで部屋を飛び出し祖母の家に走った。


「見て!あそこ!」

玄関から少し離れた所に、由美子とユウ君が二人並ぶように倒れていた。夜の暗闇で分からなかったのだろう。明るい朝日のお陰で二人の姿を見つけることが出来た。急いで駆け寄り大声で二人の名を呼ぶ。

「・・・・ん」

「んあ」

二人とも死んではいない。

「由美子!大丈夫!由美子!」

由美子の体をこれでもかと言う程に揺さぶる。

「いぃぃぃぃ。痛い!痛い!なになに何?」

由美子は私の剣幕に驚き飛び起きた。隣で倒れていたユウ君もつられて起き出す。

「大丈夫なの⁉由美子?怪我は?」

「ん?怪我?・・・・あっ痛っ!頭痛い!」

由美子は後頭部を押さえ痛がる。

「え?頭?大丈夫?見せてみて」

私は恐る恐る由美子の髪をかき分け、痛いという場所を確認すると大きなこぶが出来ていた。ユウ君の方は司が怪我の確認をしている。
取り敢えず、由美子の大きなこぶ一つだけで大きな怪我はなかったのでひとまず安心した。
祖母の家の中に二人を連れて行き、今回の事を説明した。説明と言っても私達も分からない所が多く、由美子達もまだ落ち着いていないため、かいつまんでしか説明できなかったが。

「は?じゃああの黒い奴は、その細川っていう奴だったのかよ」

ユウは憤慨している。
ユウの話では、あの時玄関で、由美子が襲われたと思い無我夢中で黒い奴に向かって行ったらしい。向かって行ったのはいいが、みぞおちに拳を一発入れられ呆気なくダウンしてしまったと言う。

「今まで生きてきた中で、一番の恐怖だったわ」

あの時の恐ろしさが蘇って来たのか、由美子は震えながら話す。
由美子の話では、黒い奴を見て腰を抜かした後這いつくばりながら逃げようとしたが、突然頭に激痛を感じ、その後の事は記憶がないらしい。

「でもさ、細川さんはどうしてそんなことしたのかしら」

「ん~どうしてなんだろうな」

バァァン‼

玄関の方で大きな音がした。
四人とも飛び上がって驚き、玄関の方を見る。
バタバタと大きな足音を立てて入って来たのは、私の母だった。

「大丈夫⁉無事⁉」

母親は、ぼさぼさの髪に引きつった青い顔をして部屋に入って来た。
驚いた顔をして自分を見る四人を確認した母は、ホッとしたようでその場にへたり込んでしまった。

「お母さん!」

私は母の元へ寄り背中をさすった。

「良かった~みんな無事ね」

「はい・・・すみません」

「ごめんなさい」

「申し訳ない」

それぞれが母に謝る。

「もうびっくりしたわよ。夜にあんたから電話貰ったでしょ?それからすぐに家を出ようとしたんだけど、家の電話と私の携帯に何度も何度も電話がかかって来たのよ。出ても何も言わないし、すぐに切れちゃう。あんたに電話したけど繋がらないし・・・」

「電話が・・・」

「そう。家を出ようとすると、家の電話が鳴るのよ。本当に参ったわアレには。だから来るのがこんなに遅くなっちゃったの。それより、どうしたの?何があったの?説明しなさい!」

不思議な事に、人は極度に心配し、無事を確認すると安心し、次に怒りが出てくる。今の母親がまさにそうだ。

「うん・・実は・・」

私は、母が言う電話の件も気になったがこれまでの経緯を詳しく話した。


「そんな事が・・・」

細川の最後を聞いていなかった由美子はそれ以上言葉が出ないようだ。誰でも驚くだろう。影の子供達が寄ってたかって、細川を沼に沈めてしまったなどと言う話を誰がすんなりと聞き入れるだろうか。
そんな中母親は何やら考えていたが、スッと立ち上がると

「そのおじさんの所に案内して頂戴」

「え?何で?」

「まだ終わってないからよ」

母親の言葉が気になったが、険しい表情の母親にはそれ以上聞くことが出来ず、黙って老人の家に案内した。
他の三人も何も話さず黙ってついてくる。

老人の家が見えてきた。早朝の清々しい空気の中、こんな事じゃなければ気持ちよく散歩できそうなものだが、今の全員の気持ちの中はどんよりとした黒い渦が巻いている事だろう。

「失礼します」

私は、家に上がり込み物が散らかる廊下を歩きながら声を掛ける。
老人は、最初に会った時の様に蝋燭を前にじっと座っていた。

「突然失礼します。私は徳子の娘です」

母は簡単に自己紹介すると、それを聞いた老人はハッとしたように顔を上げ母を見る。

「この度は、娘がご迷惑おかけしまして申し訳ありません。すべて娘から話は聞きました。余計なお世話かも知れませんが、今日で終わりにした方がいいのではないでしょうか。母もそれを望んでいると思います」

「?」

私達は、母が何を言っているのかさっぱりわからなかった。

「母が、亡くなる前日の夜。全て話してくれました。あの日も綺麗な満月の夜でした。その月を見ながら母は・・・」

(今まで私が何回言っても駄目だった。あの事を知っているのはもう私だけ。私がいなくなった後、健ちゃんが考え直してきちんとした形で終わりにしてくれるといいんだけど・・・)

「・・と、「あの事」という事もすべて聞きました。その様子だとあちらの方もまだきちんと納めていないようですね。母は、最後の最後まで気にしていました。・・・もう終わりにしましょう」

最後は諭すようにゆっくりと言った。

話を聞いていた老人は、じっと母親を見ていたが結んでいた口をより固く閉じ黙ってうなずいた。
ソレを見た母親は、携帯を取り出しながら部屋を出て行く。部屋に残された私達は、何が何だか分からずにその場にいたが、電話が終わった母親が戻り

「さ、あんた達も今回の事話さなくちゃいけないんだからね。しっかりしてよ」

と言うと、部屋から出て行った。
私はどういうことなの聞くために母親の後を追う。他の三人もその場にいずらかったのか私の後について来た。

「ちょっと待って!お母さん」

母は、家の外に出て空を見上げていた。

「ね、どういう事なの?何が何だか訳が分からないよ」

私に背を向け空を見ていた母は、クルリと振り返ると話し出した。

「あんたにはずっと言わないつもりだったのよね。知らなくてもいい事だと思ったから。でも上手くいかないものね。昨日の夜、あんたから電話があった時、お祖母ちゃんが話してくれたこと言ったでしょ?」

「うん」

祖母が幼いころ近所の人と遊んでいる時に、沼に落ちたしんちゃんの事とあの部屋の事だ。

「亡くなる間際にね、お祖母ちゃんが話してくれたの。あんなに口の堅いお祖母ちゃんが・・・自分の死期が近いのを悟った人間と言うのは固い口を柔らかくしてしまうのかしらね」

母は、寂しそうに言った。

「そう言えばあの人・・・健一さんて言うんだけど、健一さんから聞いたって言う話、あんた教えてくれたわね」

「うん。しんちゃんを見殺しにしてしまったって言ってた」

「そう。それね、見殺しじゃなくてあの人・・・しんちゃんを殺したの」

「は?」

「え?」

「殺した・・・」

これにはみんな絶句してしまった。

「ど・・どういう事?」

「お祖母ちゃんの話だとね、沼に落ちてしまったというのは本当らしいの。でもここからが違う。沼に落ちたしんちゃんを健一さんは助けた。泥だらけになって泣き叫ぶしんちゃんを何とかなだめようとしたけど泣き止まなかった。そりゃそうよね。驚いちゃったのよ。まだ小さい子だもの。その時健一さんは思ったそうよ。このまま泥だらけになったしんちゃんを連れて家に帰ったら、両親に叱られるって。・・・・それで、その沼の近くで首を絞めて殺しちゃったんだって。その遺体は、沼の中へ・・・」

「ちょっと待って、どうしてお祖母ちゃんはそこまでの事知ってるの?」

「見てたそうよ」

「⁉」

「だから、健一さんに全てを話してきちんと罪を償いしんちゃんを供養してほしいって、言い続けたそうよ。でもあの人はそうしなかった。そうしない代わりに、結婚もせず一人で村から出る事をしなかったのね。・・・これからどうするかしらね」

あの老人は、弟を見殺しにしたと言った。
それも重大な事だと思うが、自らの手で弟を殺したとなるとまた別の問題だ。

蝉がうるさく鳴き始めた。
じりじりと照り付ける太陽が姿を現した時、遠くの方からパトカーのサイレンが聞こえてきた。母は、警察に連絡したようだ。



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