陰鬼

玉城真紀

文字の大きさ
上 下
16 / 18

陰鬼

しおりを挟む
「こっちだ!こっち!」

黒い奴をしんちゃんだと疑っていない司は、何とか沼の方へ誘導しようと必死で自分の方へ呼ぶ。

(よし。こっちへ来てる。アイツから関心を離さなくちゃ。それにしても、何であいつこんな所にいるんだ?家で祈ってるはずじゃなかったのかよ)

司は、茂みから四つん這いで這い出ながらこちらを向き、しきりに首を左右に振っている彼女を見ながらそう思った。

(ん?何か様子が・・・)

そう思った時、黒い奴が「ぼぼぼあああ」と叫びながらこっちへ突進してきた。

来た!

司は、沼の方へと全速力で走る。もう失敗は出来ない。さっきはなぜ沼の方まで追いかけてこなかったのかは分からないが、今度こそ成功させなきゃいけない。
何故なら、東の空が大分明るくなってきていたからだ。
夜が明ける。
夜明け前にあの黒い奴、しんちゃんを沼へ入れなくては・・・

走りながらちらりと後ろを振り返る。前回とは違いしっかりと自分を追いかけてきている。

「いいぞ」

沼の入口が見えてきた。

(後はお爺さんに渡せば・・・)

沼の近くへ行くのは二度目なので、どの辺りに祠があるのかは把握している。司は、真っ直ぐに祠へ向かうため走る。

「あれ?」

お爺さんの姿が見えない。どこへ行ってしまったのか。
後ろには黒い奴が、奇妙な唸り声をあげながら迫ってきている。

「おじさん!どこだ!」

司は走りながら大声で老人を呼ぶ。もう目の前に祠が見えてきた。司は急いで祠の裏に隠れるが、肝心の老人がいない。黒い奴は、祠の裏に隠れた司の方へ向かってくる。

(嘘だろ・・・)

祠の裏に隠れた司が見たのは、黒い奴が腕を大きく振り上げた姿だった。その手には光るナイフが握られている。

(何で・・ナイフ?)

混乱と恐怖との中、身動きの取れない司は自分にナイフを振り下ろされるのをスローモーションのように見ていた。

パシャン

あの音だ。

パシャン、パシャン

魚の撥ねるような音だと思っていたが、今度の音は誰かが水面を叩いているような音に聞こえる。黒い奴もその音に気付いたようで動きを止め、キョロキョロと周りを見ている。

(何だこいつ。幽霊じゃないのか?)

ようやく司もおかしいと気が付いた。
パシャン、パシャン、パシャン、パシャン

音が激しくなってきた。
その内、水の音の他に違う音もかすかに聞こえてくる。
黒い奴も、司も、自分達の状況より音の方が気になり微動だにせず耳に全神経を集中させる。

(来た来た~!)
(わぁ~!)
(ハハハ!あっちだ~)

水の音と共にどこからか子供達の賑やかな声が混ざって聞こえ出した。

「子供?」

司はキョロキョロと周りを探すが、人がいる様子がない。ではなぜ・・・

「司!」

私はようやく沼の所まで来れた。暗闇に埋もれていた沼も夜が明けてきたせいで、薄っすらとその姿を見せる。祠の様なものの裏から上半身を出して周りを見ている司の姿と、その隣にナイフを持ちきょろきょろと周りを見ている黒い奴。
司は、私の声に気が付くと素早い動きで私の所へ走り寄ってきた。

「司!大丈夫⁉」

「ああ・・それより」

私の元へ来た司は、唇を震わせ沼の方を見ている。

「?」

私も沼の方へ目を移すと、信じられない光景がそこにはあった。

丸い形だと思っていた沼は、いびつなひょうたんのような形をした沼だった。まだ暗がりがあるので、沼自体は真っ黒な沼だが周りはコケが一面に生えており、朝露を着てキラキラと光っている場所があるからか幻想的に見えた。
不思議なのは、その沼の周りを子供の小さな黒い影が走り回っているのだ。
始めは、木々の影がそう見えるのかと思ったのだがどうやら違う。楽しそうに走り回ったり、両腕を大きく振ったりとまるで数人の子供達が遊んでいるように見える。

(ハハハ。こっち!こっち!)
(ずるいよ~)
(わぁ~!)

子供の影に合わせてまた声が聞こえる。

「あっ!」

よく見ると、その子供達の影の中にあの老人が混ざっている。老人は、杖を突きながら子供の影を追いかけたり追いかけられたりと満面の笑みを浮かべながら、楽しそうに歩き回っている。子供達が影と言う現実離れしたことを省けば、本当に遊んでいるように見えた。

(もしかして、これって当時遊んでいた時の様子なのかしら?)

私は、子供達の影と戯れる老人を見て思った。


(鬼さんこちら!)
(あれ?鬼は何処だ?)
(○○だろ?)
(違うよ~鬼は・・・)

その瞬間、子供達と老人の動きがピタリと止まったかと思うと一斉に祠の側に立つ黒い奴を指さし

(いた~!鬼だ~!)
(逃げろ~)
(わぁ~!)

散り散りになって逃げる子供達と老人。

「は?俺?」

黒い奴は咄嗟に声を出した。自分を指さし逃げ惑う皆を見て戸惑っていたが次第に頭に来たのか

「はぁ?ふざけんじゃねぇよ!誰が鬼だ!ぶっ殺してやる!」

と叫び、子供の影たちを追いかけまわし始めた。いつの間にか、頭に被っていたのを取っている。

「マジかよ・・・細川さん?」

司は信じられないようで、呆気にとられながら影を追う細川を見ていた。

「そう。私もさっき気が付いたんだけど、おかしいことが何個かあるの。一つは、私達が黒い奴と初めて会った時、納屋に隠れたじゃない?その時アイツ母屋の方へ入って行ったんだけど、ちゃんと玄関を開けたのよ。幽霊ってそんな事する?二つ目は、押し入れに隠れていた時。部屋に二つの足跡があったでしょ?あれおかしかった。廊下から入って来た足跡は泥だらけだったけどしっかり足の形をしてたのに、窓から入って来た足跡は、変に擦って歩いたような足跡だったの。何て言うか・・・足跡をごまかすようなって言う感じ。あのお爺さんの所に案内してもらった時も変だった。得体のしれない者がいるって言ってるのに、しかも友達がソイツに何かされたかもしれないのに、怖がりもせず平気で歩いて行ってた」

私は早口で司に説明した。

「そんな・・・でも細川さんが何でそんな真似を・・・」

「それは分からない・・・」

「うわぁ~っ!!」

バシャ!バシャン!バシャ!

突然の大声と水の音に、私と司は驚き沼の方を見た。
もう太陽が顔を出したのだろう。先程よりも沼の辺りが明るくなっていたので私達はそれをハッキリと見ることが出来た。
細川が沼に落ちているのだ。
落ちているだけじゃない、沼に落ちている細川を沼の中から引っ張る小さな黒い手。頭と体を上から押して沼にいれようとする子供の影。
細川は、懐中電灯とナイフを持ち必死に抵抗しているが、徐々に体が沼に吸い込まれていく。

(鬼さんこちら~)
(今度は僕が鬼~)
(違うよ。鬼はこの人だよ)

暴れる細川の体を抑え込みながら、子供達が楽しそうに話す声が聞こえる。

「やめご~!ゴボぼぼ」

細川の最後の叫びだった。口の中に泥や水が入ったのか、最後は何と言っているのかハッキリ分からない。
細川は、ついに片方の腕だけ残し子供達の影と一緒に沼の中へ引きづりこまれて行く。その手が持っている懐中電灯の明かりが、空しく周りの木々を忙しく照らす。
私は自分で見ているものが、夢なのか現実なのか分からなかった。
バシャバシャと大きな音をたてていた水の音が静かになった。ユラユラと揺れる水面も次第に大人しくなっていく。
静寂が来た。
いつの間にか、黒い子供達の影もいなくなっている。

「終わった・・・のか?」

司は、ゴクリとつばを飲み込みながらかすれた声で言った。
私達は、夜明けを知った周りの鳥たちがせわしなく動き出しても暫く動けなかった。

「今回も駄目だったか」

いつの間にか老人が私達の隣に立っている。

「今回もって・・・?」

「いや・・・さ、いつまでもこんな所にいる事はない。帰るぞ」

老人はゆっくりと沼から離れていく。私達も慌てて老人の後を追いかけて行った。





しおりを挟む

処理中です...