吸収

玉城真紀

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異変 弐

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家に帰ると、香織は遊びに行っているらしく家には誰もいなかった。
薄暗い家に入り、買い物をしてきた食材を冷蔵庫に入れていく。
カタン
何か固い音が聞こえた。
(?・・香織?・・)
明子は冷蔵庫に食材を入れるのを途中でやめると玄関の方へと行って見た。
(やっぱりないわね)
香織の靴がない。と言う事は帰ってきてないという事だ。
(気のせいかしら・・)
明子は台所に戻ろうと踵を返し歩き出した。
カタン・・カラカラ
また音がした。気のせいではない。確実に二階から音が聞こえた。
(誰かいるの?)
明子は、その場に立ちすくみ二階に行くか悩んだ。
(どうしよう。行って確認したほうがいいかしら・・もし泥棒だったら・・やっぱり誰かに連絡したほうが・・)
明子が考えている間も、二階からはカタン、カタンと音がしている。
(そっと行って様子見るだけでも)
少し冷えてきた体を無理やり動かし階段下へ行く。階段を上ろうと思っても、やはり恐怖心があるせいか足が上がらない。
(やっぱりやめとこうかしら・・ご近所の人を呼んだ方がいいかも・・)
しかし、近所の人を呼んで何事もなかったら恥をかいてしまう。そんな事を考えている明子をあざ笑うかのように二階から聞こえてくる音はなり続けている。
(よし!)
明子は自分に気合を入れると、そうっと音をたてずにゆっくりと階段を一段一段上って行った。
明子の家の階段は、玄関から入ると右側に真っ直ぐ二階へと続くようにある。
二、三段上がった明子の視界には、階段を上がりきったところにあるトイレのドアの上部が見えている。
また一段、一段上がっていく。
カタン
先程よりも音が大きく聞こえてくる。
(やっぱり誰かいる)
今更ながら、何も武器らしいものを持っていない事に気が付き後悔するがここまで来たら行くしかない。
(ちょっと様子を見るだけ・・誰かいたら外に飛び出して誰か呼ぼう)
階段を駆け降りればそのまま真っ直ぐ玄関を開け外に飛び出ればいいのだ。
何かあった時の対処方を思いついたら少しだけ勇気が出てきた。
二階は、階段を上がりきると突き当りにトイレ。Uターンする形で廊下が伸びており二つの部屋がある。手前が香織の部屋。奥が夫婦の寝室となっている。
階段と部屋を隔てているのは、明子が家を建てる時にこだわった中世のお城にあるような手すりが伸びる。
明子はその手すりがとても気に入り、二階に行くたびに満足しながら見ていたが、今はそのお気に入りの手すりすら自分の視界を妨げるものとして邪魔に感じてしまう。
カタン
音は鳴り続けている。
首を伸ばし、二階にいるであろう人物に見つからないように様子を探る。
(戸が閉まってる)
香織の部屋と夫婦の寝室の戸は、引き戸になっているのだ。夫がドアより引き戸の方が好きだと言うので決めたものだ。
カタン
(香織の部屋?)
遂に階段を上り切った明子は、戸が閉まっている香織の部屋の前に恐る恐る近寄ると中の音を聞くため戸に顔を近づけ耳を澄ましてみる。
・・・・・・
先程まで継続的になっていた音がピタリとやんだ。耳に入って来るのは、明子の呼吸音と脈の音。
(気づかれた?)
それはそれで怖い。
(どうしよう・・)
中にいる奴が、急に外に出てきたら勿論太刀打ちできるわけがない。気づかれてしまったのなら逃げなければ。昨今、物騒な事件がニュースに上がっている。その一つに自分がなるなんてまっぴらごめんである。
戸に近づけていた顔を離し引き返そうとした時
す・・
戸が少しだけ開いた。
「ひっ」
明子は小さく叫んでしまった。
逃げよう・・逃げよう・・逃げなきゃ・・
頭ではそう思ってはいるが、体が動かない。立ったまま金縛りにあったように立ちすくみ、僅かに開いた戸の隙間を凝視する。真っ黒い縦の線をずっと見ていると、本当に開いているのかどうかさえ分からなくなってくる。
暫くすると
カタン
またあの音がした。
やはり香織の部屋の中から聞こえてくる。
(誰もいないと思ってまた何かし始めたのかしら・・今のうちに)
明子は引き返そうとしたが、中にいる奴が何かをし始めたのならこちらを警戒していないはず。ならば、丁度良くこの開いた隙間から中を覗いてみよう。
恐怖の中の好奇心と言うやつだろう。明子はゆっくりと、戸の隙間に顔を近づけ中を片方の目で覗いてみた。
明子は、中の様子をよく見ようと顔を右へ左へと動かす。部屋の中は、夕方で薄暗くなっているが、辛うじて部屋の中は見える。
狭い視界で見えた物は小さな本棚だ。その棚の上には香織のお気に入りのぬいぐるみがいくつか置いてある。しかし、問題の音の主は見えないうえに、先程までしていた音もしなくなっているのに気が付く。
(私に気がついて窓から出て行ったのかしら)
息を殺し暫くの間、戸の前で中の様子を見ていたが静けさだけが広がり時間が過ぎていく。
(もういないのかも・・)
そう考えた明子は、戸を開けるため隙間に指を入れ力を入れようとした。
ゴト・・
足元で音がした。
「?」
下を向いた。
「っ‼」
一瞬、自分が今何を見ているのか理解できなかった。
僅かに開いた隙間の下の方に、二つの真っ赤に血走った小さな目のような物が自分を下から見上げるように見ていた。
戸の側にぬいぐるみでも置いてあるのかとも思ったが、ソレがパチリと瞬きしたのだ。
その行動は、明子が気を失うのには十分だった。

「ん・・」
明子は暗闇の中目を覚ました。どうやら布団の中で寝ている様だ。咄嗟に自分が今どういう状況なのか理解できない。ぼうっとする頭で思い出してみる。
(夢?・・違う・・私・・・二階に・・・)
ガバリと体を起こした。
思い出した。香織の部屋から音がしたので見に行ったのだ。そうしたら少しだけ戸が開いて・・そしたら・・目・・目が・・
全てを思い出し、布団が掛けられているはずの足元がヒンヤリと冷たくなっていくのが分かる。
その時、突然部屋が明るくなった。
「ひっ!」
小さく悲鳴を上げ寝室の入口を見ると、行平が心配そうな顔をして部屋に入って来た。
「お前大丈夫か?」
「え・・・あ・・」
なんて言っていいのか分からない。
「本当にびっくりしたよ。俺が帰ってきたら丁度香織と一緒になってさ。玄関は開いてるのに呼んでも誰も出てこないだろ?香織が二階に行ったら「お父さん!」って叫ぶから急いで二階に来たら、香織の部屋の前でお前が倒れてるし・・一体何があったんだ?」
「うん・・」
全て行平に話して、自分の不安や恐怖をわかってほしかったが果たして信じてくれるだろうか。それに、自分が異様なものを見た部屋は香織の部屋。
この事を香織が知ったら勿論いい気はしない。
「どうした?」
行平は、明子の側に座ると優しく背中をさする。
行平の温かく大きな手でさすられたお陰でようやく落ち着いてきた明子は
「何か気分が悪くなったのよ。貧血かしらね。もう大丈夫」
心配そうに自分を見る行平に、笑顔を見せ気丈に振舞って見せた。
「・・そうか。大丈夫ならいいけど。あまり無理するなよ」
「うん。そう言えば香織は?」
「ん?もう寝たよ。十一時だもの」
「もうそんな時間・・」
夕方に図書館から帰ってきてすぐの事だから、大分時間が経ってしまったようだ。
取り敢えずその日は、行平の勧めもありそのまま寝てしまう事にした。
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