未練

玉城真紀

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弁当

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次の日の朝。私は早く起きて、息子と健太の弁当を作っていた。久しぶりの子供の弁当だ。懐かしいのか結構楽しい。
「おはよう」
真理が起きてきた。真理には私の部屋で寝てもらっている。
「はい。おはようさん」
「うわ~張り切ってるね」
「まあね。よし!出来た」
大小の弁当を二つ並べる。息子も起きてきた。息子はきちんと並べられている弁当を見ると
「夢じゃないんだ」
とボソッと言うと顔を洗いに行く。
「ハハハ。おばさんの息子さん面白いね」
真理は楽しそうに笑う。
「全く。しょうがない息子だよ」
私は、届け先の幼稚園の名前を紙に書いて弁当と一緒に置いた。朝ご飯を食べ会社に出かける息子は弁当を二つ持ち家を出た。
「頼んだよ」
私はそう息子に声をかける。

幼稚園によるために、仕方なく、少し早く家を出た俺は紙に書かれている幼稚園の方向に歩いていた。普段車での出勤だが、何となく歩いて幼稚園まで来た。
その時だ。俺の携帯が鳴った。こんな朝早くかかってくるのは珍しい。画面を見ると日高からだ。
「もしもし」
「あ、おはよう。わりぃ朝早く。お前がやってる物件なんだけど、朝一で相手先に行ってくれないか?」
「なんで」
「何か向こうでトラブルがあったみたいなんだわ。直で行ってくれよ」
「わかったよ」
俺は幼稚園に向かっていた足を、取引先に向けた。向かっている最中、頭の中は取引先のトラブルがなんなのか、どういう対応をするかなどでいっぱいになっていた。
数時間後、何とか取引先の問題が解決し会社に戻る道でどこからか良い匂いがしてきた。時計を見るともうそろそろお昼になる。その時に思い出した。幼稚園に弁当を届けていない事を。
「やべ!」
俺は急いで幼稚園に向かった。息を切らせ走る。幼稚園に着いた時にはお昼の時間は過ぎていた。子供達は園庭で賑やかに遊具で遊んでいる。俺は中に入っていいのかわからずきょろきょろと覗いていると、一人の女が寄ってきた。

「何か御用ですか?」
不審者を見るような目で俺に聞く。かわいいキャラクターのエプロンを付けた女は恐らく先生なんだろう。
「あ。すみません。子供に弁当届けに来たんですけど」
「え?お弁当?もうお昼終わったんですけど。お子さんは・・・・・・」
「えっと・・・・・・」
名前は確か・・・・・・
「あ、健太です」
「え?健太君ですか?・・・・・・そうですか。じゃあ渡しますよ」
「あ、いや。遅れたことを謝りたいので自分で渡したいんですが」
「そうですか。じゃあこちらへどうぞ」
女の案内で、俺は全てがミニチュアに見える幼稚園の中に入っていった。案内された先は教室だった。見ると、昨日家に来た健太が一人で席に座っている。下を向き、友達と一緒にいることもなくじっと座っているのだ。俺は教室の中に入ると
「健太。弁当持ってきた。ごめんな遅れて」
健太は顔を上げ俺を見ると、こぼれんばかりの笑顔を見せた。
「本当だったんだね!ありがとう」
健太は受け取った弁当を、まるでプレゼントを開けるようにニコニコしながら丁寧に開け始めた。急いで走ってきたので、開けた弁当の中身はご飯やおかずがあっちこっちに片寄ってしまっていた。
「ごめん。急いで走ってきたもんだから」
「ううん。美味しそうだよ!」
健太は嬉しそうに弁当を食べ始めた。俺はまだ結婚していないのでもちろん子供もいない。
子供には縁のない生活をして来た。しかし、目の前で俺の持ってきた弁当をうまそうに食っている子供を見た時、俺は暖かい気持ちになった。
「あの・・・・・・失礼ですが、健太君とはどういう関係で」
「え?」
先程の女性が、俺の隣で探るような目で見て聞いてきた。聞かれると思っていなかったのでそこまで考えていなかった。しかし、本当のことを言っても信じるはずもない。俺は咄嗟に
「あ、健太の叔父です」
「あそうですか!叔父さんですね」
女は安心したように言った。しかし、直ぐに難しい顔になると
「あの。少しお話よろしいでしょうか?」
「え?話?」
夢中で弁当を食べている健太を残し、俺は教室の外に出た。
「私は健太君の担任の鈴木と言います。健太君のご家族についてお話を聞きたいのですが」
「はぁ」
俺に聞かれても困る。適当に話を合わせれば大丈夫か?
「健太君何ですけど、お家でちゃんとご飯食べてるのかなって思うんです。実は、一年前から何ですけど、ここの幼稚園はお昼はお弁当を持ってきてもらうようになってるんですが。健太君。お弁当を持ってこなくなりましてね。それまでは、持ってきてたんです。最初は、忘れちゃったのかなと思って私のお弁当を半分こしたりしてたんですけど毎日持ってこないので、一度お家に電話をかけたんです。お母さんが出ましてね。要件を話すとこう言われたんです。「健太は気持ち悪いから」って。私驚いちゃって。その後も何回かお電話したんですけど、しまいには電話にすら出なくなって・・・・・・勿論、お家の方にも行きましたが、玄関にすら出てくれなくて・・・・・・それからです。健太君お友達とも一切遊ばなくなったんです。前は元気に遊んでたんですけどね。一度、あなたの方から健太君のお母さんにお話ししてくれませんか?」
なんて重い話だ。よその子供の問題に何で俺が言わなくちゃいけないのか。第一叔父でも何でもないし。しかし・・・・・・俺は窓越しから健太を見た。健太は、もうほとんど空になった弁当箱に残った米粒を、丁寧に一つ一つを小さな指でつまみながら忙しく口に運んでいる。
「・・・・・・わかりました。私の方から話をしてみます。その間。私が弁当を届けに来ると思いますがよろしくお願いします」
と、頭を下げた。
先生はほっとした顔をして
「良かった。分かりました。他の先生方にも話をしておきますので、遠慮なく園内に入ってきてください。あ、一応声だけはかけてくださいね」
そう言って頭を下げると、子供達の方へ行ってしまった。
「おじさん」
「わっ!」
いつの間にか健太が俺の後ろに立っていた。手には不器用にも自分で縛ったのだろう、いびつに布に包まれた弁当を持っている。
「凄く美味しかった!ありがとう」
「あ・・・・・・いや。美味かったなら良かった」
俺は弁当を受け取りながら健太をまじまじと見た。見た所、痣のようなものがあるようには見えない。
「じゃあね」
健太はそう言うと教室に戻り、一人席に座って絵を描き始めた。
(外で遊ばないのか?)
俺は、教室に入り健太の近くに行く。
健太はクレヨンで白い紙に何かを描いている。黙って見ていると、それは今日の弁当に入っていたウインナーだ。玉子焼きらしきものや唐揚げも描いている。何とも言えない気持ちでソレを見ていると、次に書いたのは人間だ。子供の絵なのでうまくはないが特徴をとらえている。俺のお袋だ。お袋はいつも髪を頭のてっぺんでお団子にしていた。それにおしゃれとは程遠い機能性だけを求めた服装。お袋だった。
「健太。その人は誰?」
「え?これ?おばさん。昨日ご飯作ってくれた人」
「このおばさんは前から知ってる人なの?」
もしかしたら、俺の知らないところで知り合いなのかと思ったので聞いてみた。
「知らない。初めて会った」
(本当に見えているんだ。では、健太の母親が「健太は気持ち悪い」と言ったのはそれに気がついたからではないか)
「健太。今日も夕飯うちに来て食うか?」
「え?いいの?」
「うん。今度は黙って家を出てくるんじゃなくて、おじさんがお母さんにちゃんと話をしてそれから行くんだ」
「・・・・・・お母さんに言うの?」
健太は不安そうな顔をして俺を見る。
「ちゃんと話して行った方がいいからな。大丈夫だよ。もし駄目だとしても分かってもらうまで話をするから」
「・・・・・・分かった」
俺は、健太の頭をクシャクシャと力強くなでると幼稚園を出て仕事に向かった。
会社に着き、遅い昼食を急いで食べていると
「お疲れさん。相手の会社大丈夫だったか?」
「ん?ああ。大丈夫だったよ」
「そうか。良かった。・・・・・・」
日高は何か言いたそうな顔で俺を見ているので
「なんだよ」
「いや」
何故か目が笑っている。
「なんだよ。何笑ってるんだよ」
「ハハ。ごめんごめん。お前のその弁当なんだよ。子供の弁当か?」
日高に言われて初めて気がついた。見ると、少し小さな弁当箱で蓋には俺が小さい頃にテレビで見ていた、何とか戦隊がプリントされている。健太のと間違ってしまったらしい。
「あ、いや。朝バタバタしててさ。間違えたんだな」
「大丈夫かよお前。ハハハ」
日高は笑いながら行ってしまった。俺は弁当を見た。小さな弁当に唐揚げやウインナーが入っている。
(もしかして健太。大人の量の弁当食べたのか?)
あんな小さな体で、弁当を一生懸命にかきこむ健太を思い出す。
俺は、胸が苦しくなってきた。
「何とかしなくちゃいけないよな」
俺は決意するように声に出して言った。弁当を急いでかきこみ片付けると、そのまま俺は日高の所に行き
「日高。すまん。ちょっと早退するわ」
「え?なんで。弁当にあたったのか?」
「そんなんじゃないよ。ちょっとな」
それだけ言うと、荷物を持って会社を出た。勿論向かうのは健太の家だ。移動の最中、俺は思った。突然家に行って健太の母親は話を聞いてくれるのか。段々、不安になりやめようかとも思ったが、弁当を食べている健太を思い出しその不安を一蹴した。しかし、また不安がむくむくと湧き上がってくる。取り敢えず、健太の家に行く前にお袋がいたら相談してみるか。と家に寄った。家に入ると、テレビの音が聞こえてくる。いるようだ。
「お袋。お袋」
お袋を呼びながらテレビのある部屋へ歩いていく。
「ん?なんだい今日は帰りが早いみたいだね」
「クビになったとか?」
真理がいたずらっぽく言う。
「縁起でもないこと言うんじゃないの」
部屋に入ってきた息子は、真剣な顔をして部屋の中を見回している。
「お袋。ちょっと話したいことがあるんだ。いるか?」
「はいはい。ここにいるよ。ちょっと待ってな」
私は、テーブルに置いてあるノートをパラパラと開いた。その音で息子は私の前に座ると
「健太に弁当を届けてきた。でさ。俺。健太のお母さんと話をしようと思うんだけどどう思う?」
(何を話すのさ)
「それは・・・・・・健太にちゃんとご飯を食べさせてくれって」
(そんなペットにご飯やれみたいなこと言ったって聞きやしないよ)
「じゃあ。どうすればいいんだよ!あれじゃあ。健太が余りにも可哀そうだろ?俺さ、弁当間違って俺の分を渡しちゃったんだよ。大きい弁当の方。でも、健太それを全部食べたんだぜ?それほど腹減ってるって事だよ。だから、今日も夕飯うちで食えって言ったんだ。でも、昨日のように黙って連れてくるのは駄目だと思ったから・・・・・・」
(確かにね。普通は親が子供にご飯を食べさせるもんだからね。悪いことはしてないにしても、黙って連れだしているのには変わりない。しかし、ちゃんと話を聞くかねぇ)
「何て言えば納得してくれるのかな。何か俺。感情的になっちゃうような気がして」
(ふん。あんたがねぇ。そうだね。まず私と真理で健太の家に行って母親の様子を見てくるよ。何かいい方法が分かるかもしれないからね)
「頼むよ」
私はノートをパタンと閉めると真理の方を見た。いない。
「こっちよ」
もう真理は玄関に立っていた。
「早いね」
「まあね」
私は勢いよく玄関のドアを開けた。

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