未練

玉城真紀

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古ぼけた手紙

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私達は健太の家に向かっている最中に相談をした。
「こういうのはどう?健太君を家で預かっちゃうの。家に帰さない。そうすれば驚いて見つかった時に、健太君がいかに大切かが分かるんじゃない?」
「随分と荒い方法だね。それもいいけど、見つかった時うちにいたとなると息子が誘拐罪で捕まっちまうよ」
「あそうか」
「まあ。どこまで母親が健太の事を気持ち悪がっているかをよく見てみようじゃないか」
「うん。それにしても、そんな親がいるんだね」
「世の中にはいろんな親がいるもんだよ。あんたの親はどうなんだい?」
「私の親・・・・・・」
真理は黙ってしまった。自分の死を嘆き悲しむ親を見るのが辛すぎてうちに来た真理に、聞くのは酷だったか。
「あんたも、落ち着いたら帰るんだよ。家にね」
「うん・・・・・・」
そうこうしているうちに健太の家に着いた。庭の方に回り、家の中の様子を見て見るが誰もいない。他の部屋にでも行っているのか。試しにサッシを動かすと開いた。鍵がかかっていない。
「不用心だね」
そっと部屋の中に入る。そこは、テレビのある部屋だ。耳を澄ますが何も音がしない。
「いないのかね」
「ね。おばさん。こっちから何か音がする」
真理が呼ぶので行ってみると、いつの間にか真理は階段の所にいる。近くに行き耳を澄ますと、二階から何やらガサゴソと音がする。
「泥棒?」
「行ってみよう」
私と真理は二階に上がっていく。二階には3部屋あり、そのうちの一つの部屋のドアが開いている。確かそこは健太の部屋だ。そっと覗いてみると、その中で母親が何かをしている。よく見ると母親は、白い紙の上に白い粉を盛るように乗せると部屋の四隅に丁寧に置き手を合わせている。
「盛り塩だね」
「盛り塩?」
「そう。よく穢れを祓うためにするらしいけどね。・・・・・・怖いんだね」
「え?私たち祓われちゃうの?」
「ハハハ。私達は穢れかい?大丈夫だろ。しかし、あれほど熱心に手を合わせている所を見ると本当に健太が憎いわけではないんだね」
「うん」
母親は、一通りやり終わると下の部屋に行った。

「真理。不思議だと思わないかい?」
「何が?」
「健太の環境が酷いことにばかり目が行っていてその事を考えるのを忘れてたけど、健太は何で私達の事が分かるんだい?話せるし触れるんだよ?そんな事ってあるんだろうか」
「確かにね。聞いたことないわ。でも、世の中にはいるんじゃない?そういう人。霊能者なんかはそれに近い人なんじゃないの?」
「そうかもしれないけど、あんな小さい子がねぇ」
「ほら。小さい子供は見えるって言うじゃない。きっとそれだよ」
「そうなのかねぇ・・・・・・少し、健太の周りの事を調べた方がいいような気がするよ」
「周りの事?」
「うん。ちょっと気が引けるけど部屋をしらみつぶしに見させてもらおうかね」
私は、二階の部屋から調べることにした。まず、健太の部屋に入り音を立てないようにそうっと引き出しやらを開け調べる。なるべく音をたてないようにしなくてはいけないので、物をすり抜ける事が出来る真理には、押し入れに入ってもらい中の様子を見てもらった。
主に、おもちゃや誕生日に貰ったのであろうメッセージカードなど普通に子供が持っている物しかなかった。
「健太の部屋は何もないね」
部屋を出ると、次に入ったのは両親の寝室だった。二つのベッドが並びカーテンが閉まっている。
「そういえば、健太のお父さんは見てないね」
「あ、そうだね。あの時もいなかったもんね。帰りが遅かったんじゃないの」
「ふん」
余り物を置かない主義なのか寝室はこざっぱりとしている。ベッドのほかに置いてあるのは箪笥と鏡台ぐらいだ。真理にはクローゼットの方を調べてもらいながら、私は箪笥と鏡台を調べる。結局何もなかった。
「こんなに物が少ない家もあるんだね。うちなんか親がもったいないって言って、何でも取っておくから物があふれてるんだよ?」
真理が愚痴るように言った。
「もったいない精神はいい事だよ」
そう言いながら次の部屋に行く。そこは、物置のような場所だった。段ボールが何個も積みあがっており、洋服が入った衣装ケースもたくさんあった。
「こっちに、荷物を置くようにしてるんだね」
「なるほどね」
一通り、段ボールを開け中を調べたが、興味を引くようなものはなかった。
次に一階に降り部屋を回っていく。母親はテレビを見ているようだ。時折、笑い声が聞こえてくる。健太にしている事を考えると腹が立つが今は考えないようにした。
一階の間取りは、茶の間に台所、風呂、トイレ、そして和室。その和室が不思議な所だった。襖を開け、中に入ると異様に暗いのだ。カーテンが閉まっているせいなのかとも思ったが、今日は晴れている。日向にいたらしっとり汗をかくような陽気である。カーテンを閉めていたとしても多少光は入ってきてもいいだろう。雨戸も閉まっていないその部屋は、真っ暗なのである。
「何この部屋」
真理も驚いたようだ。
「電気つけちゃおうか」
壁を探ると、電気のスイッチらしきものがあったので音を立てないように押す。パッと電気がつき、明かりの下に見えた部屋は畳敷きの和室だった。今まで見た部屋には物が余り置かれていなかったが、この部屋は違った。箪笥、小さなちゃぶ台、テレビ、仏壇、七輪、ポット等、様々なものが置かれていた。それがどれもすごく古い品物なのだ。私は部屋に入り
「いや~。懐かしいね。これなんか実家にあったよ」
とテレビを見ながら言った。リモコン式ではなくダイヤル式の小さなテレビで、テレビの上に銀色のアンテナが置かれている。真理はソレを指さし
「これは何?」
と聞くので
「若い人は知らないだろうね。昔はこういうテレビで、それはアンテナだよ」
「へ~」
真理は物珍しそうに見ている。
「しかし、この部屋の様子からすると年寄りがいたようだね」
もう一度部屋をぐるりと見まわしてみると、奥の方に行李があるのに気がついた。
私はその行李に近づき蓋を開ける。中には、所々黄ばんだり変色してしまっている着物がぎっしりと入っていた。
「ふ~ん。随分古そうな着物だね」
私は着物を何枚かめくってみた。その途端にかび臭い匂いが漂ってくる。顔をしかめ、蓋をしようとした時、着物の間になにかがあるのに気がついた。
着物をめくりそれを出してみる。封筒だ。それもとても古い封筒。元は白い封筒だったのだろう、今は茶色く変色してしまっている。
「なにそれ、手紙?」
「うん」
私は破らないように慎重に封筒から中身を出した。中からは三つ折りになった手紙が出てきた。封筒に負けず劣らず古い。パリパリと音を立て広げると、筆で書かれた文字が出てきた。余りにも達筆すぎて読めない。
「え?電気がついてる」
後ろで声がした。ハッとして振り返ると健太の母親が部屋を見て驚いている。
「やばっ!」
私達は急いで、部屋の中に入ってきた母親の隣をすり抜け家を出た。
「あ~びっくりした~」
「本当だね。でも、収穫があったよ」
「なに?」
私は真理の目の前に、あの手紙を出して見せた。
「持ってきちゃったの?」
「どうせわかりゃしないよ。後でそっと戻しておけばいいしね」
立ち止まり、改めて二人で手紙の内容を読む。
「ん~こりゃ難しいね」
「私には呪文にしか見えないわ」
「ハハハ。呪文は良かったね。しかし、どうしようかね。私はこの手紙の内容が分かれば解決するような気がするんだけどねぇ」
「じゃあ。息子さんに頼んでみたら?」
「そうだね!何とかしてくれるかもしれないね」
家に戻ると早速、健太の家で見つけた手紙を息子に見せた。
(ちょっと、これ読めるかい?)
ノートに書き息子の顔の前に出す。
「手紙?勝手に持ってきちゃったのかよ・・・・・・ふ~ん。筆で書かれてるぜ?これ。ん~。あ。この部分は「恋」って書いてないか?ここは・・・・・・」
息子は、熱心に手紙の解読をしている。長い時間手紙とにらみ合いしていた息子は
「これってさ、誰かに当てたラブレターだと思う」
(ラブレター?!何でそう思うんだい?)
「多分だけどさ、こことここ。「あなたを想う」「愛」って読めるだろ?他にもそれらしい文章があるんだよ」
(ふ~ん。何だ。ラブレターかい。つまらん)
「つまらんってなんだよ。人が一生懸命読んだのに」
息子は憮然としながら席を立つと、冷蔵庫の中から麦茶を出して飲んだ。
「ラブレターなの?」
隣で聞いていた真理が手紙を覗き込みながら言う。
「そうらしいよ。はぁ~あ。人のラブレターなんて持ってきたってなんにもならないよ」
私はがっかりした。
「やっぱ俺が行って直接話した方がいいのかなぁ」
(いや。ちょっと待ってな)
そう書くと私は幼稚園へ向かった。まだこの時間なら幼稚園は終わっていない。健太はまだいるはずだ。幼稚園に着き園庭を見渡し健太を探すがやはりいない。
(教室か)
教室に行くとやはり、一人机に座り絵を描いていた。何人か周りにも子供がいたが、それぞれ思い思いに遊んでいる。
「健太」
教室に入りながら声をかけると、健太は描いていた手を止め私を見ると
「あ、おばさん!」
嬉しそうに笑った。突然一人で話し出した健太を見て、他の子供達は変な顔をしながら教室を出て行った。
「お絵かきしてるのかい?」
「うん」
健太はまた忙しそうに手を動かし始める。
「健太。ちょっと聞きたいんだけどね。健太はいつ頃からお化けが見えるようになったんだい?」
「知らない」
(やっぱり。4歳の子供に聞いても駄目かね)
「じゃあ。一番最初に見たお化けは覚えているかい?」
「覚えてるよ」
「覚えてる?どんなお化けだった?」
「お祖母ちゃんだよ」
「お祖母ちゃんって?」
「僕のお祖母ちゃん」
「・・・・・・そうかい。どんな感じだった?お祖母ちゃんと会った時」
「ん~。なんかね。僕に「お願いね。お願いね」って言ってた」
「どんなお願い?」
「ん~忘れた」
「健太。お祖母ちゃんは今もいるのかい?」
「いないよ」
「ふ~ん。どこに行っちゃったんだろうね」
私がそう言うと、今まで絵を描きながら話していた健太が手を止め、私の方を見ると
「お祖母ちゃんね。真っ黒い穴に食べられちゃったの」
「真っ黒い穴?」
「そう。後ね、近くに女の子と知らないおばさんもいた」
自分の祖母を見たのをきっかけに色々な霊を見始めたのかもしれない。
「健太。今日も家に来てご飯食べるかい?」
「うん!」
私を見て嬉しそうに頷いた。

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