未練

玉城真紀

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真理の母親

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「健太!健太!」
私は、健太を探していた。いつも明け方6時ぐらいにいなくなるのだ。私も息子の弁当を作ったり朝ご飯を作らなくてはいけないので、余り構ってもいられない。
「まぁ。事故にあう心配もないからいいか」
いつもこの調子で朝が過ぎていく。健太は息子が会社に出勤した後に、ひょっこり出てくるのだ。最初は驚いて探したりしたが、毎日続くのでしまいには朝の儀式のようになっていた。どこに行っていたのかを健太に聞いても
「内緒!」
とだけで教えてくれないくれないので、もう聞かなくなった。
今日も健太は同じ時間にうちにいない。
「ねえ真理。健太はいつもどこに行ってるんだと思う?」
「さあ」
「さあって。あんたも冷たいねぇ」
「散歩にでも行ってるんじゃないの?」
「あんたさ、明日にでも健太の事見張っててくれない?」
「え?何で?」
「だって。毎朝だよ?また問題でもあったら大変じゃないか」
「はぁ~。わかりました!」
真理は投げやりに言うと、テレビのリモコンを指さした。テレビをつけろという事だ。私はいつものようにリモコンでテレビをつけてやる。真理はテレビの前に座り見始める。
「本当にテレビが好きなんだね」
私は呆れたように言うと、真理はこちらを見ずに
「好きで見てるわけじゃないよ。探してるの!」
「探してる?」
私は起きてきた息子に朝ご飯を出してやりながら真理と話す。
「そ。私達が出来る事を探してるの!」
「どういう事だい?」
真理は私の方に向き直ると
「あのさ。おばさんは人に触れないけど、物に触れる。私はその逆。健太は人にも物にも触れる。この特徴を活かして何かできないかなって思ったの」
「え?健太は両方触れるのかい?」
「知らなかったの?やだな~おばさん何見てたのよ」
真理はため息交じりに言った。
「物が触れるのは知ってたけど・・・・・・」
そう。カレーを食べていたから、物に触れることは知っていた。その間に息子は朝ご飯を食べ終わり仕事に出かけて行った。そして・・・・・・
「ただいま」
ほら健太が帰ってきた。
「健太ちょっとおいで」
「なぁに?」
健太は可愛い目をくりくりさせながら、私と真理の側にチョコンと座った。
「健太は物には触れるだろう」
「うん」
「人にも触れるのかい?」
「うん」
「ほらね」
真理は得意げだ。
「私と一緒なんだって、人に触れるけど体温は感じないの」
「ふ~ん」
「だから!この3人で何かできることがあれば、無敵じゃない?」
真理は嬉しそうだ。
「健太。いい天気だから外に遊びにでも行こうか?」
私は真理を無視して健太に聞いた。
「うん。行く!」
「じゃあ。お弁当作ろうかね。真理も行くかい?」
「・・・・・・そうね。何か見つかるかもしれないし。行く」
「そうそう見つからないよ。そんなの」
私は何となく真理が心配になった。簡単に健太の分だけお弁当を作ると、三人で出かけた。とてもいい天気だった。
「どこに行こうかな。健太は行きたいところはないの?」
「公園に行きたい」
「じゃ行こう」
私は、少し遠いが遊具もたくさんある大きな公園に向かった。健太は嬉しいのかずっとスキップをしていた。真理も嬉しそうにそんな健太を見ている。通り過ぎる人たちは、驚いて私達の方を見ている人がいた。
「ハハハ。カバンがフワフワ浮いていたらそりゃ驚くわな」
私は周りの反応を楽しみながら歩いていた。暫くすると、公園入口の案内の看板が見えた。
「健太。あそこに矢印があるだろ?あっちに公園があるんだって」
「本当!」
健太はニコニコしながら一人で走って行ってしまった。
「知ってた?健太君、ずっとここまでスキップしてきたんだよ?余程嬉しいのかな」
「そうだろうね」
私と真理は目が合うと、ぎこちなく笑いあった。
お互いに思っている事は同じらしい。4歳で死んだ健太を不憫に思ったのだ。公園に入って行くと、遠くの方から
「おばさ~ん!」
と大きな声で呼ぶ声がする。健太がアスレチックの高い所に登りこちらに向かって手を振っている。
「あらら。随分高い所に登ったね」
私と真理は健太のいる所まで歩いて行き、近くのベンチに座って元気よく遊ぶ健太や他の子供達を眺めていた。
「あっ!」
突然真理が小さく叫んだので
「何?どうしたの?」
と真理の方を見ると、真理はある方向を見て驚いた表情をしている。その視線の先には一人の女性が私達と同じようにベンチに座って子供達を見ている。遊んでいる子供の親だろうか。しかしその女性の様子が少し変だ。子供を見ながらしきりにハンカチで目を抑えているのだ。
「あの女の人がどうかしたのかい?」
「・・・・・・」
真理は黙って女性を見続けている。仕方なく私も黙って真理とその女性の様子を見ていた。
「お母さん」
しばらくして、真理はボソッと言った。
「え?お母さん?あの女の人、真理のお母さんかい」
「うん・・・・・・何でこんな所にいるんだろう?それに・・・・・・なんだか泣いてるみたい」
確かに泣いてるように見えるが、何故こんな所で泣く必要があるのか。
「ちょっと近くに行ってみようか」
私は真理を連れて女性の近くまで行った。一人ベンチに座る女性は、ゆるくパーマをかけた長い髪を一つに束ね、化粧はしていないようだが綺麗な人だ。ゆったりとしたグレーのワンピースを着ている。近くまで行くと、やはり女性は泣いていた。しくしく泣く感じではなく、泣きたくないのに溢れてくる涙をハンカチで受け止めている感じだ。
「お母さん・・・・・・」
真理は母親の隣に座ると、そっと母親の手の上に自分の手を乗せた。母親は何かを感じたらしく自分の手を見ている。真理はその手をギュッと握る。驚いた母親はそのまま動けず手を見ているだけだったが、急に「わっ」と泣き突っ伏した。周りにいた子供達や親達も突然泣き出した母親に驚き遠巻きに見ている。

「ごめんね。おかあさん」
真理は辛そうにして母親から離れると、一人でどこかに行ってしまった。私はその様子を見ている時、今まで忘れていたことを思い出す。なぜあの時、真理は飛び降りたのか。真理は「死ぬつもりはなかった」と言っていた。
それに・・・・・・あの踊り。
白目をむき、手足を闇雲に動かす異様な踊り。あれはいったい何だったのか。
「よく調べた方がいいね」
私は、健太にここにいるようにと言いつけ、未だ泣き続けている母親を残し真理を探しに行った。真理は、駐車場にいた。ある一台の車の近くに立っている。近くによりその車を見ると女性が乗っている車らしく、可愛らしい内装の車だった。
「この車ねお母さんの車なの」
「そうかい。随分と可愛い車だね」
「フフ。私がこうしてくれって頼んだんだ。このキャラクターが大好きだから」
可愛らしい猫のキャラクターだ。
「ふ~ん」
「お母さん、何であんなところで泣いてるんだろう?」
「さあ。聞いてみるかい?」
「どうやって?」
「手紙を書くのさ」
「手紙・・・・・・信じてくれないよ」
「いや。あんたのお母さんだろ?信じてくれるよ」
真理は車を見つめながら、暫く考えていたが
「うん。書いてみる。おばさん手伝ってくれる?」
「もちろん」
私と真理は、再度健太が遊んでいる場所へ向かう。真理の母親はまだベンチに座っていた。側に行ってみると母親は、目を真っ赤にしまだ泣いていた。周りで遊んでいた子供達は少なくなっている。先程の事で親が子供を連れて別の場所の遊具の所に移動したのかもしれない。
「さて、始めようか」
「え?何を?」
「手紙を書くと言っても書くものが何もないだろ?でもここは公園だ。足元が砂になってるからね」
「そうか」
「さ、いいよ。なんて書く?」
いざとなるとすぐに言葉が出ないのか、真理は考え込んだ。私は母親が読めるような場所に文字を書くため、近くにあった石を拾い待っていた。
*お母さん・・・・・・*
文字書きスタートだ。ガリガリと音をたてて地面に文字が書かれる。まだ、母親は気がつかない。
「真理。あんたのお母さん気がついてないよ」
「え?」
真理は、母親の肩をポンポンと優しく叩く。母親は顔を上げ周りを見ている。文字が書かれている地面の方は見ないので、私は地面をパンパンと叩く。その音に気がついた母親は地面の方に目をやる。お母さんと言う文字を驚いたように見た。
「よし」
私は石を持ち直し真理の顔を見た。
*お母さん。真理です。ここにいます*
その途端、母親は立ち上がり
「真理!真理!」
と探すように叫び出した。
「あらあら。やっぱりね」
「落ち着いてお母さん!話が出来ないからここに書くからちゃんと見て!」
しかし、真理の母親は地面の方は見ずに名前を叫ぶだけだ。真理は母親の肩を両方の手で押さえると、無理矢理ベンチに座らせた。ストンと座った母親は何が起こったのかわからずにキョトンとしている。
*落ち着いてお母さん*
母親は書かれえる文字を目で追う。それからハンカチを口に当て、涙を流しながら何度も何度も頷く。
「大丈夫そうだね。続けな」
「うん」
*お母さん寂しい思いさせちゃってごめんね*
「真理」
母親が話し出した。ここから、真理と母親の会話になる。
「真理。何で飛び降りたの?」
*死ぬ気なんかなかったの*
「じゃ。何で?」
*分からない。気がついたら死んでたの。おかしな話よね*
「いじめ?何かあったの?学校に聞いても何もなかったの一点張りだし。真理に何があったのか分からないままで、お母さん辛くて辛くて」
*ごめんね。お母さん、信じてくれるかしら。私は今本当にここにいるの。お母さんの車もさっき見て来たわ。お母さんの今着ている洋服もわかるし、ハンカチを口に当てて泣いているのもわかる。信じてくれる?*
「当たり前でしょ!」
*良かった。本当は家に帰ったんだけど、お母さんとお父さんが泣いてるから私辛くて家に帰らなかったの。今ね。おばさんの家にいるのよ*
「子供が死んで悲しまない親がいるわけないでしょ!・・・・・・おばさん?どこのおばさんの家にいるの?うちに帰ってらっしゃい」
*おばさんもね。死んでる人なのよ*
「どういう事?」
*おばさんは事故で死んだ人なの。でもおばさんが死んだきっかけは猫を避けたからなんだって。ほら。覚えてる?お母さんがみぃと散歩に行った時の事*
「あっ。覚えてるわ。あの時の車の人・・・・・・その人亡くなったの・・・・・・お母さんみぃが道路に飛び出して、それを避けた車がぶつかったのよ。怖くなって逃げちゃったんだけど・・・・・・」
(おいおい)
私は心の中でつっこんだ。
*そう。その人と一緒にいるの*
「じゃあ。その人に呪われて真理が死んだって事?」
(なんじゃそりゃ)
*違う違う!そんなんじゃないよ。取り敢えず、私はそのおばさんの家にいるの。それよりお母さんは何でこんな所にいるの?*
「ここはね。真理が小さい頃よく連れて遊びに来たところなの。沢山遊ぶものがあるでしょ?」
*そうなんだ。でも、泣いてたりしたら、遊んでる子供達が怯えるんじゃない?*
「そうね。真理が死んだことを受け入れることはなかなかできないけど、現実にはいないのよね。それだけでも分からなきゃいけない。どうしたらいいのかもわからないから、取り敢えず、真理と一緒に行った場所を一つ一つ行けば少しは落ち着くかなって思ったんだけど、駄目だね。思い出しちゃって。余計辛くなっちゃったわ」
自嘲気味に笑いながら言った。
*お母さんっていつも突拍子もないことするよね。辛くなるだけに決まってるわ。私ね。死んでから色々な事を経験したのよ。そのおばさんの家でね*
真理は、今までの事を母親に説明するから、私は長々と地面に文字を書く羽目になった。
*・・・・・・不思議でしょ?死んだことないから分からなかったけど、こういう世界もあるのね*
母親は黙って地面に書かれる文字を読んでいた。
「本当に不思議ね。お母さんはそう言うの信じるわよ。じゃあ。さっきから変にお母さんの体が動いたりするのは真理が触ってたって事ね?そうかぁ・・・・・・真理。お母さんの手を握ってくれる?」
真理は言われたとおりに母親の手を握る。
「わかる。本当に分かる。ここに真理がいるのね」
母親は凄く嬉しそうに真理の手を握り返している。(すり抜けてしまうが)
「真理。真理はお家には帰ってこないの?そのおばさんの家にずっといるの?」
「ん~」
真理は私をちらっと見た。私は
「私に遠慮しないで何でもいいな」
*もう少しおばさんの家にいるわ。お母さんもおいでよ。おばさんの息子さん一人で住んでいるけど大丈夫よ*
「そう。その家の場所教えてくれる?後で必ずお母さん行ってみるから。でも後で必ず家に帰ってくるのよ」
*分かった*
「今日はここに来てよかった。本当は別の場所に行くはずだったんだけど、朝起きたらここに来なくちゃっていう気になったのよ。不思議ね。どんな形だとしても真理と話が出来るのならそれでいいわ。色々納得できないところもあるけど、それは後でゆっくり話しましょ」
母親はすっきりした顔をして話した。
その後も、真理と母親の会話は続いたが日が落ちてきたため帰ることになった。私は、真理の母親の車に乗せてもらい家に送ってもらえば場所もわかるのでは?と真理に提案した。真理の母親もそれに賛同し、思う存分遊んで満足した健太を連れ、真理の母親の車に乗り込み帰った。
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