大好きな小説の悪役令息に転生したら、婚約破棄するはずの婚約者に執着されていました

エアコン

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5章

5-2




ヘンリーが来る予定の朝、ソフォラはいつもより早く起き、支度をしてもらっていた。

「予定より一時間以上も早いですよ。眠いでしょう? 大丈夫ですか?」

目を擦りながらも、ソフォラはアデニウムに微笑んで答える。

「眠いけど……早くヘンリーに会いたいから」

アデニウムは苦笑しながら、優しく髪にブラシを通した。

「いくら早く準備しても、時間にならないとヘンリー様は来ませんよ」

「そうなんだけど……」

髪を整えてもらううちに、眠気がじわじわと押し寄せてくる。
こくり、こくりと船を漕ぎながら、必死に目を開けようとする。

(ヘンリー来ちゃうのに……起きてないと……)

そう思ったところで、意識はふっと途切れた。

「あーあ、やっぱり寝ちゃった」

「昨日、一生懸命何を話すか考えていらっしゃいましたものね」

「夜も遅くまで灯りがついていたしな」

ーーー

誰かが、髪を梳いてくれている。
それに――左手を、握られている気がする。

「……ヘンリー?」

ゆっくり目を開けると、そこには微笑むヘンリーの姿があり、左手を優しく握られていた。

「おはよう、ソフォラ。よく寝てたな」

何度か瞬きをして、ようやく意識がはっきりする。
その瞬間、ソフォラは勢いよく上半身を起こした。

(うそ……僕、寝てたの!? せっかく早起きしたのに……!)

「ご、ごめんねヘンリー……来てくれるのが楽しみで、早く起きてたんだけど……」

焦りと申し訳なさで、目に涙が滲む。

「大丈夫だよ」

そっと引き寄せられ、優しく抱きしめられた。

「アデニウムたちから聞いた。手紙をもらってから、何を話すかずっと考えてくれてたんだろ?
……ずっと俺のこと考えてくれてたって思ったら、すごく嬉しい」

ほんの少しだけ照れを滲ませながらも、ヘンリーはどこか満足げに笑う。

「ソフォラ、ちゃんと覚えとけよ。お前が思ってる以上に、俺はお前のこと――」

言いかけて、ふっと言葉を飲み込み、代わりに額へ軽く口づけた。

「……大事にしてる」

「えっ……」

ぼふん、と音がしそうなほど一気に顔が赤くなる。

思わず両手で顔を覆うと――

「ダメだ」

すぐにその手を取られ、そっと外される。

「隠すなよ。……もったいない」
 
「ひ、ひどい……」

涙が滲みかけるが、それすら愛おしそうに見つめられてしまう。

「あー……違う違う。泣かせたいわけじゃない。
ただ――可愛いから、ちゃんと見ておきたいだけ」

真っ直ぐ言い切られて、ソフォラは言葉を失う。

(なんでそんなこと、普通に言えるの……)

恥ずかしくて仕方ないのに、嫌じゃない。
むしろ、胸の奥がじんわりと温かくなる。

「待たせてごめんね……おはよう、ヘンリー」

少しだけ勇気を出して、顔を上げて微笑む。

 その瞬間――

ヘンリーの動きが、ぴたりと止まった。

「……?」

不思議に思い、ソフォラは小さく首を傾げる。

じっと見つめてくるのに、何も言わない。
少しだけ間があってから――

「……おはよう、ソフォラ」

何でもないように返されたけれど、どこかぎこちない。

(……?)

よく見ると、ほんのり耳が赤い気がする。

どうしたんだろう、と考えながらも――
ソフォラはその理由までは分からないまま、首を傾げるのだった。

ーーー

くしゃくしゃになった髪を、アデニウムに整えてもらっていると、ソファからじっとヘンリーの視線を感じる。

「……恥ずかしいから、あんまり見ないで」

「ご、ごめん……」

そう言いながらも、やはり視線は外れていない気がする。
ちら、とアデニウムに目をやると、

「見てないですよー」

と返ってきたが、どうにも信用ならない。

整え終えてもらい、ヘンリーの待つ三人掛けのソファへと腰を下ろした。

「言ってた花、持ってきたぞ。これで合ってるか?」

袋から取り出された鉢植えには、小さな白い花がいくつも咲いている。

「そう、これ!すごい、ヘンリー!ありがとう!」

嬉しさのあまり、そのまま抱きつく。
一拍遅れて、ヘンリーが抱きしめ返してくれた。

「……喜んでもらえたなら、よかった」

――その足元で、低い唸り声が上がる。

「ウゥゥゥ……!」

「めっちゃ怒るじゃねぇか……」

サンセベリアがレイブンを抱き上げ、あやす。

「あーほら、落ち着け落ち着け。大丈夫だ、俺がいる。何があってもちゃんと守るから」

「キャン!キャン!」

歯をむき出しにして暴れるレイブンに、サンセベリアは肩を落とし、そのまま連れて部屋を出ていった。

「……やっぱり、ソフォラの言う通りかもな」

「うん……この花が原因なのかな?」

ヘンリーと並んで植物図鑑を開き、調べ始める。
そこへスピノーサが新しい紅茶を運んできた。

「ねえ、スピノーサ。この花、わかる?」

紅茶を淹え終えたあと、スピノーサは静かに花へ近づき、観察する。

「私は土属性ですが、土壌や鉱物を専門としておりますので断定はできません。……形状から見るに、ネモフィラかと。もしそうであれば、白色は初めて見ますね」

助言を受け、ネモフィラのページを開く。
五枚の花弁、葉の形――どれも一致している。だが、

「形も大きさも合ってる……でも、青じゃないな」

ヘンリーは腕を組み、考え込む。

「母様に聞くには距離があるし……今すぐ断定は難しいな」

(他に、植物に詳しい人……土属性……)

ふと顔を上げる。

(あっ)

視線を向けた先で、スピノーサの穏やかな表情が、みるみる曇っていく。

「……まさか」

「うん!先生に、時間あったら呼んでくれる?」

―――

「おおー!これは実に珍しい!間違いなくネモフィラ!えぇ、この私が断言いたしますとも!!何せ植物研究において右に出る者はいないこのコールパインですからね!!はーっははははは!」

反り返りながら高笑いするコールパイン。

「うるさい人……」

「ソフォラの家庭教師、あれ?……精神衛生的に大丈夫か?」

ヘンリーが小声で尋ねると、スピノーサとアデニウムは揃って微妙な顔で頷いた。

廊下の扉が、そっとわずかに開いている。

その隙間から――レイブンがじっと中を覗き込んでいた。

「ウゥゥ……」

低く唸りながらも、部屋には入ってこない。

花を警戒しているのか、一歩踏み出しかけては止まり、を繰り返している。

それでも視線だけは外さない。
ソフォラの姿を、じっと追い続けている。

その隣で、サンセベリアも同じように扉にもたれ、腕を組んで中を見ていた。

「……入れねぇのに、諦める気もねぇのか」

苦笑混じりに呟きながら、ちらりとレイブンを見る。

「まぁいいか。ここで見てりゃ十分だろ。何かあったら俺がすぐ動く」

「ウゥ……」

不満げに喉を鳴らしながらも、レイブンはその場を離れない。

サンセベリアもまた、その隣で静かに見守り続けていた。

(なんだか兄弟みたい……)

思わず、ソフォラはくすりと笑った。

「しかしこのネモフィラ、森の奥――しかも空の開けた場所にしか咲かないはず。興味深いですね」

モノクルを上げ、じっと観察するコールパイン。
そして、レイブンへと視線を向ける。

「……なるほど。この反応……何かありますね。気になる……非常に気になる!!」

ぐい、とソフォラの両肩を掴む。

「ソフォラ様!ぜひ私の研究室で――」

その瞬間、ヘンリーが手を払いのけ、ソフォラを引き寄せた。

「触るな。俺の婚約者だ」

「おや?……その髪色と家紋……ブラインドリー家のご子息ですか。いやはや、気づきませんでしたな」

本気で今気づいた様子のコールパインに、ヘンリーのこめかみに青筋が浮かぶ。

「ソフォラ、やめよう。こんな奴に頼るくらいなら、俺たちで調べた方がいい」

「独占欲が強いですなぁ!実に興味深い!光属性の特性として研究対象に――いやこれは論文が一本書けますな!ふふふ、やはり評価されるべきはこの私――!」

「――うるさい!!」

子どもらしい、まっすぐな怒鳴り声だった。

ヘンリーは勢いよく前に出て、ソフォラの前に立つ。

ぐいっと肩を抱き寄せ、そのまま離さない。

睨みつける目は真剣そのものだが、どこか必死さも滲んでいる。

「勝手に触るなって言ってるだろ!」

語気は強いのに、まだ少し幼い響きが残る。

守りたい気持ちが、そのまま外に出たような怒り方だった。

――その横で。

「……あーあ」

アデニウムが小さく呟く。

「やっちゃったね」

スピノーサも肩を落としながらため息をつく。

「止めたほうがいいか?」

廊下から様子を見ていたサンセベリアがぼそっと言うが、

「いや、もう無理ね」
「うん、手遅れ」

二人は即座に首を横に振った。

――そして。

一人だけ、場違いに弾んだ声が響く。

「素晴らしい!!今の反応!!実に良い!!いやぁ観察対象として最高ですねぇ!!」

コールパインは頬を紅潮させ、モノクルを押し上げる。

「やはり光属性!!この未成熟ゆえの直情的な独占欲!!たまりませんなぁ!!はーっははははは!!」

――一人だけ、心の底から楽しそうに笑っていた。
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