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6章
6-7
*
婚約証明書を書き終えると、招待客たちは思い思いに談笑を始めた。
その中には、ソフォラに声をかけようと近づいてくる者たちもいる。
「初めまして、ソフォラ様」
口々に名乗りを上げ、矢継ぎ早に質問が投げかけられる。
話題の中心は、白のネモフィラと、先ほどの“濾過”についてだった。
「どのようにして分かったのですか?」
「あれは闇属性の力なのですか? もし本当なら、認識を改めなければ……」
ざわめきが広がる中、ヘンリーが一歩前に出た。
「申し訳ありません。彼は疲れていますので、これで失礼します」
穏やかながら有無を言わせぬ声音でそう告げると、ソフォラの腰を抱き寄せ、そのまま会場を後にする。
背後では、再び談笑が始まっていた。
「光属性の子供が見つかったらしい。治癒が使えるとかで、教会が保護したそうだ」
「本当か!? それはすごいな」
「ああ……聖人の再来だ」
(ああ……話は進んでいる)
(主人公が現れた……)
その言葉を胸の内でなぞりながら、ソフォラは目を伏せた。
――
ヘンリーに腰を支えられたまま、二人は人気のない庭へと出る。
「会場の奴らにソフォラを取られたくなくてさ……連れ出しちまった。悪いな?」
少しだけ眉を下げて笑うその顔に、胸が熱くなる。
(嬉しい……)
けれど、その想いは口にせず、ソフォラは静かに微笑んだ。
「ありがとう。人と関わるの、あまり得意じゃないから……助かったよ」
その言葉に、ヘンリーの腕がさらに強くなる。
引き寄せられ、そのまま抱きしめられた。
温かい。
――彼と出会わなければ、知ることのなかった温もり。
見上げると、ヘンリーは頬をわずかに染め、そっと前髪をかき上げる。
そして額に、何度も、愛おしむように口づけを落とした。
「あと数年で学園に入る。そうしたら、今より会えなくなる……だから、もっと会いに行く」
そう言って、今度は左手の薬指に唇を触れる。
「忙しいのに、無理しなくていいよ」
微笑みながらそう返しても、すぐに額へと口づけられる。
「俺が会いたいんだ」
力強く抱きしめられ、ソフォラはその温もりに包まれながら、静かに涙をこぼした。
―――
ヘンリーは宣言通り、週に二、三度は必ず訪れ、週末は決まって泊まっていった。
そのたびに額や薬指へ口づけられる。
会えない日には、必ず手紙が届いた。
そこには、変わらぬ想いが綴られている。
(僕も……愛しているよ)
声には出せない言葉を、胸の奥で繰り返す。
ーーー
学園入学前、最後の日。
ヘンリーは変わらず会いに来ていた。
「明日が入学式なのに、来てくれてありがとう」
三人掛けのソファに並んで腰を下ろすと、すぐに腰を引き寄せられ、抱きしめられる。
「ソフォラが入学するまでは、長期休みしか会えなくなるんだ。来ない理由がないだろ」
そう言って、また額に口づける。何度も、何度も。
「学園生活、頑張ってね」
微笑み、そっと肩に頭を預ける。
別れが近づいている。
年を重ねるごとに感じていたその実感が、今はより重く胸に沈む。
――彼らの恋が始まるまで、あと少し。
――ソフォラの命が尽きるまで、あと少し。
抱きしめる腕に、さらに力がこもる。
「毎日、手紙を書く」
「ふふ……忙しいんだから、無理しなくていいよ」
そう言っても、首を横に振る。
「俺が書きたいんだ。返事はいらない。忘れられないように、毎日送る」
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
「……ありがとう……」
堪えきれず、嗚咽が漏れる。
離さないとでもいうように、強く抱きしめられる。
やがて腕が少し緩み、頬を伝う涙を、ヘンリーが唇でそっと拭い取った。
溢れるたびに、何度も。
「早くソフォラが入学してくるのを待ってる」
涙は止まらないまま、それでも微笑む。
「うん……行くよ。待ってて」
左手を取られ、薬指に軽く歯を立てられる。
「……っ!」
わずかに血が滲み、痕が残る。
「待ってる」
そう囁き、優しくその指に口づける。
滲んだ血を舐め取りながら――
ヘンリーの目が、すっと細められた。
それは微笑みではない。
獲物を逃がさぬ狩人のような、静かで、鋭い光。
逃がさない、と語るように。
ただ一人を射抜く視線が、ソフォラを捕らえて離さない。
婚約証明書を書き終えると、招待客たちは思い思いに談笑を始めた。
その中には、ソフォラに声をかけようと近づいてくる者たちもいる。
「初めまして、ソフォラ様」
口々に名乗りを上げ、矢継ぎ早に質問が投げかけられる。
話題の中心は、白のネモフィラと、先ほどの“濾過”についてだった。
「どのようにして分かったのですか?」
「あれは闇属性の力なのですか? もし本当なら、認識を改めなければ……」
ざわめきが広がる中、ヘンリーが一歩前に出た。
「申し訳ありません。彼は疲れていますので、これで失礼します」
穏やかながら有無を言わせぬ声音でそう告げると、ソフォラの腰を抱き寄せ、そのまま会場を後にする。
背後では、再び談笑が始まっていた。
「光属性の子供が見つかったらしい。治癒が使えるとかで、教会が保護したそうだ」
「本当か!? それはすごいな」
「ああ……聖人の再来だ」
(ああ……話は進んでいる)
(主人公が現れた……)
その言葉を胸の内でなぞりながら、ソフォラは目を伏せた。
――
ヘンリーに腰を支えられたまま、二人は人気のない庭へと出る。
「会場の奴らにソフォラを取られたくなくてさ……連れ出しちまった。悪いな?」
少しだけ眉を下げて笑うその顔に、胸が熱くなる。
(嬉しい……)
けれど、その想いは口にせず、ソフォラは静かに微笑んだ。
「ありがとう。人と関わるの、あまり得意じゃないから……助かったよ」
その言葉に、ヘンリーの腕がさらに強くなる。
引き寄せられ、そのまま抱きしめられた。
温かい。
――彼と出会わなければ、知ることのなかった温もり。
見上げると、ヘンリーは頬をわずかに染め、そっと前髪をかき上げる。
そして額に、何度も、愛おしむように口づけを落とした。
「あと数年で学園に入る。そうしたら、今より会えなくなる……だから、もっと会いに行く」
そう言って、今度は左手の薬指に唇を触れる。
「忙しいのに、無理しなくていいよ」
微笑みながらそう返しても、すぐに額へと口づけられる。
「俺が会いたいんだ」
力強く抱きしめられ、ソフォラはその温もりに包まれながら、静かに涙をこぼした。
―――
ヘンリーは宣言通り、週に二、三度は必ず訪れ、週末は決まって泊まっていった。
そのたびに額や薬指へ口づけられる。
会えない日には、必ず手紙が届いた。
そこには、変わらぬ想いが綴られている。
(僕も……愛しているよ)
声には出せない言葉を、胸の奥で繰り返す。
ーーー
学園入学前、最後の日。
ヘンリーは変わらず会いに来ていた。
「明日が入学式なのに、来てくれてありがとう」
三人掛けのソファに並んで腰を下ろすと、すぐに腰を引き寄せられ、抱きしめられる。
「ソフォラが入学するまでは、長期休みしか会えなくなるんだ。来ない理由がないだろ」
そう言って、また額に口づける。何度も、何度も。
「学園生活、頑張ってね」
微笑み、そっと肩に頭を預ける。
別れが近づいている。
年を重ねるごとに感じていたその実感が、今はより重く胸に沈む。
――彼らの恋が始まるまで、あと少し。
――ソフォラの命が尽きるまで、あと少し。
抱きしめる腕に、さらに力がこもる。
「毎日、手紙を書く」
「ふふ……忙しいんだから、無理しなくていいよ」
そう言っても、首を横に振る。
「俺が書きたいんだ。返事はいらない。忘れられないように、毎日送る」
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
「……ありがとう……」
堪えきれず、嗚咽が漏れる。
離さないとでもいうように、強く抱きしめられる。
やがて腕が少し緩み、頬を伝う涙を、ヘンリーが唇でそっと拭い取った。
溢れるたびに、何度も。
「早くソフォラが入学してくるのを待ってる」
涙は止まらないまま、それでも微笑む。
「うん……行くよ。待ってて」
左手を取られ、薬指に軽く歯を立てられる。
「……っ!」
わずかに血が滲み、痕が残る。
「待ってる」
そう囁き、優しくその指に口づける。
滲んだ血を舐め取りながら――
ヘンリーの目が、すっと細められた。
それは微笑みではない。
獲物を逃がさぬ狩人のような、静かで、鋭い光。
逃がさない、と語るように。
ただ一人を射抜く視線が、ソフォラを捕らえて離さない。
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