大好きな小説の悪役令息に転生したら、婚約破棄するはずの婚約者に執着されていました

エアコン

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7章

7-3



ヘンリーに横抱きにされたまま、加速魔法で一気に講堂の入口へと辿り着く。

ヘンリーの魔法が止まり、ようやく地面に足がつく――はずだった。

「ヘンリー、もう降ろして」

肩を軽く叩いて促すが、腕の力は緩まない。

再度呼びかけようとした、その時――

「ヘンリーーー!! 見つけた!!」

遠くからよく通る声が響いた。

ばたばたと足音を立てて、こちらへ一直線に駆けてくる人物がいる。

「はぁっ、は……やっと、見つけた」

息を切らしながらも、どこか嬉しそうに笑うその青年は――ヘンリーと同じ髪色をしていた。

だが纏う空気は対照的で、柔らかく、包み込むような穏やかさがある。

「彼がソフォラ君だね。無事でよかった」

そう言って、抱えられているソフォラに優しく微笑みかける。

「初めまして、ソフォラ君。私の名はディスキディア・ヘンルーダ。生徒会長を務めている」

その名に、ソフォラは目を見開いた。

(王太子殿下だ……)

慌てて体をよじる。

「ヘンリー、降ろして。不敬だよ」

小声で抗議しながら暴れると、ようやく渋々と地面に降ろされた。

裾を整え、すぐに膝を折る。

「名乗り遅れました。ソフォラ・ウァーマスと申します」

頭を下げると、くすりと柔らかな笑いが降ってきた。

「ここは学園だよ。そんなにかしこまらなくていい」

その言葉には、上から押さえつけるような響きは一切なかった。ただ本当に、そう思っているのだと分かる声音。

(……この人、偏見がない)

闇属性に向けられるはずの警戒も、嫌悪も、微塵も感じない。

まっすぐに“個”として見られている。

「それよりソフォラ君」

ディスキディアの表情が、少しだけ引き締まる。

「君は首席だ。答辞を読まなければならない」

静かな声音。しかし責任を理解している者の重みがある。

「色々あったのは、窓から見ていた生徒会役員から聞いている。……できそうかい?」

試すようではなく、気遣うような問い。

ソフォラは一瞬だけ息を整え、頷いた。

「はい」

その返答に、ディスキディアは柔らかく微笑む。

「いい返事だ」

そのまま壇上裏へと案内し――

ぴたり、と足を止めた。

背後を振り返る。

「ヘンリー」

声の温度は変わらない。だが、わずかに王族としての圧が滲む。

「君は座席へ戻れ」

「嫌だ。ソフォラの横にいる」

即答だった。

迷いも遠慮もない。

ディスキディアは一瞬だけ目を細め、それから小さく息を吐く。

「……気持ちは分かるが、今は違う」

穏やかな口調のまま、しかし一歩も引かない。

「君がそこにいれば、彼の集中を削ぐ。結果として、恥をかかせることになる」

言葉は静かだが、的確に突き刺さる。

「婚約者なら――今は隣に立つべきじゃない。見守るんだ」

わずかな沈黙。

そして、舌打ち混じりにヘンリーが視線を逸らした。

「……分かった」

不満を隠さないまま、踵を返す。

その背を見届けてから、ディスキディアは扉を閉めた。

「これで大丈夫だ」

振り返った顔は、もう柔らかな青年に戻っている。

「ああいう時は、少し強めに言わないと聞かないからね」

軽く肩をすくめる仕草に、思わず小さく笑みが零れた。

(ちゃんと見てる人だ……)

力で押さえるのではなく、理解した上で導く。

それが自然にできる人。

ディスキディアに促され、壇上横の控え席へと座る。

「流れを説明するね」

穏やかな声で、丁寧に段取りを教えてくれる。

「学園長の挨拶のあと、君の答辞。終わったら壇上を降りて、最前列中央が君の席だ。そこからは楽にしていていい」

一つ一つが分かりやすく、無駄がない。

「ありがとうございます、殿下」

そう言うと、すぐに苦笑された。

「その呼び方はやめてほしいな」

困ったように笑いながら続ける。

「名前でも、生徒会長でもいい。でも“殿下”以外で」

その言葉に、ほんの少し迷う。

(せっかく距離を縮めようとしてくれてるのに……)

なら――

「……ディスキディア先輩、とお呼びしてもいいですか?」

恐る恐る告げると。

一瞬、時間が止まった。

「――ああ」

ディスキディアが目を見開き、次の瞬間、顔を覆う。

「なるほど……ヘンリーがああなるのも分かるな」

小さく呟く声は、どこか納得したようで。

「あの、やはり不敬でしたか……?」

「いや、違う」

すぐに顔を上げ、柔らかく笑う。

「嬉しいよ。その呼び方」

「私もソフォラと呼んでいいかい?」

こくり、と頷く。

その瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。

ブザーが鳴り、会場が静まる。

「そろそろだね」

ディスキディアが拳を軽く握る。

「お互い、頑張ろう」

「はい」

同じように拳を握り返す。

壇上では、学園長の挨拶が始まる。

(大丈夫、やれる)

隣で、ディスキディアがふっと息を抜く。

視線の先にいるソフォラを見て、どこか感心したように目を細めた。

(……いい子だな、本当に)

あれで無自覚なのだから、たちが悪い。

(これは間違いなくモテる)

自然と浮かぶ未来に、小さく肩をすくめる。

(ライバルも増えるだろうな……面倒なことになるぞ)

ちらり、と離れた席にいる従兄弟の姿を思い浮かべる。

(頑張れよ、ヘンリー)

声には出さず、ただ心の中でそう呟いた。

その横顔は、ほんの少しだけ楽しそうだった。
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