大好きな小説の悪役令息に転生したら、婚約破棄するはずの婚約者に執着されていました

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7章

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驚くほど学園長の挨拶は長く、緊張していた身体が次第に緩んでいく。

「えー、だいぶ長くなりましたが、これにて挨拶を終わりたいと思います」

壇上から学園長席へ戻り、続いてアナウンスがソフォラの名を呼ぶ。

「では次に、新入生代表挨拶。ソフォラ・ウァーマス」

「はい!」

立ち上がり、壇上横の控え席から壇上へ進む。
学園長や来賓に頭を下げ、答辞を読み上げる。


「新入生代表として、答辞を述べさせていただきます。

本日、王立ヘンルーダ魔法学園に入学の栄誉を賜りましたこと、心より感謝申し上げます。

この歴史ある学び舎に立てたことを、誇りに思うと同時に、まだどこか夢の中にいるような心地もしております。

魔法は、ただの力ではなく、人の在り方を映すものだと、私は考えています。
だからこそ私たちは、その力に向き合い、学び、迷いながらも、正しく在ろうとし続けなければなりません。

ここに集う私たちは、それぞれ異なる道を歩んできました。
けれど今日からは同じ場所で学び、同じ時間を重ねていきます。

時に立ち止まり、時に手を取り合いながら
この学園で過ごす日々が、かけがえのないものとなるよう、大切に歩んでいきたいと思います。

未熟な身ではございますが、教職員の皆様、並びに先輩方のご指導を賜りながら、一歩ずつ進んでまいります。

どうか、この先の歩みを、温かく見守っていただければ幸いです。

ご清聴ありがとうございました。」


頭を下げると拍手が鳴る。
(あぁ、良かった。失敗しなかった)

ホッとして、ふふ、と小さく笑う。

壇上から降りながら客席に目を向けると、父と兄の姿が見えた。
外向きの整えられた表情のまま――けれど、頬を伝う涙は隠しきれていない。

(お父様とお兄様らしい)

くすり、と胸の奥で笑みが零れる。

一段、また一段と階段を降りる。

その最中、ふと違和感を覚えた。

さっきまでの拍手が、少しだけ遅れている。
――いや、違う。

視線だ。

会場中の視線が、まだ自分に向けられている。

(……あれ?)

本来なら、もう次の進行に意識が向いているはずなのに。
ざわめきもどこか上の空で、途切れ途切れに聞こえる。

通路を歩いても――

生徒たちが、ふっと言葉を止める。
何かを言いかけたまま、視線だけが残る。

(え、なにか変だった?)

不安になり、そっと自分の袖や髪に触れる。
乱れている様子はない。

それでも。

感じる視線が、離れない。

熱を帯びたような、それでいて息を潜めた静けさ。

(……見られてる?)

ちらりと横目で見れば、目が合った生徒がはっとしたように逸らす。

ひとりじゃない。

あちらでも、こちらでも。

まるで――

“何かを見てしまった”みたいに。

(よく、わからないな……)

小さく首を傾げる。

けれどそれ以上気にすることもなく、席へと戻った。

今はただ、無事に終わったことに安堵して。

ーーー

入学式は滞りなく進み、最後の挨拶へと移っていく。
その最中、ふと小説の流れを思い出す。

(入学式はモブキャラが新入生代表の挨拶をして……あれ?)

(……入学する前からやらかしてる!?)

「これで入学式を終わります。新入生起立、退場」

声に促され立ち上がり、周りの生徒に合わせて通路を歩く。
けれど心は上の空だった。

(やらかしすぎてる……どうしよう)

廊下に出ると、教師から各々教室へ向かうよう指示が出る。

(あれ……僕、教室知らない)

当然だ。怪我のせいで掲示板を見ていない。
それに――

(カバンもない……ヘンリー、どこに置いたんだろう)

考えても答えは出ない。

「……見に行こう」

歩き出すものの、掲示板の場所すら分からない。
講堂の前にいることしか把握できていなかった。

(……困ったな)

周囲の生徒は次々と教室へ向かい、人もまばらになっていく。
焦りだけが募る。

その時――

ぐいっと手を引かれた。

「こっち!」

明るいミルクティーベージュの髪をハーフアップにした青年が、迷いなく手を引いて歩き出す。

戸惑う間もなく教室へ連れて行かれ、そのまま席の前で足を止めた。

「ここ、ソフォラさんの席です」

振り返ったその顔は、少し緊張しているようで――それでもどこか優しい。

「あの……ありがとうございます」

見上げると、光を受けて髪がきらきらと揺れる。
肩にかかる柔らかな髪、ピンクの瞳。整った、どこか愛らしい顔立ち。

(あ……この子、主人公だ)

「あ、えっと……その……」

言葉を探すように、少し困ったように視線を揺らす。

無理に話そうとしているのが伝わってきて、ソフォラは先に微笑んだ。

「朝のことですよね。僕が怪我をしてしまって……驚かせてしまいましたよね。ごめんなさい」

「そ、そんな!違うんです、僕がちゃんと前を見てなくて――」

慌てて首を振るドラセナ。
責めるどころか、むしろ申し訳なさそうにしている。

(やっぱり……いい子だ)

そう思ったところで、教師が教室に入ってきた。

「皆さん席に着きなさい」

ドラセナは言いかけた言葉を飲み込み、小さく会釈して自分の席へ戻っていく。

その後は説明が続き、書類が配られた。

「それでは、明日から頑張りましょう」

教師が教室を出ると、生徒たちがそれぞれ動き出す。

(僕も……何も分かってなかったな)

校舎の構造も、寮の場所も、自分の部屋も。

はぁ、と小さくため息が漏れる。

その時――

ガラガラ、と教室の扉が開いた。

「ソフォラ!迎えに来たぞ!」

黄色い歓声が上がる中、ヘンリーが真っ直ぐこちらへ歩いてくる。

そのまま当然のようにソフォラのカバンを持っており、書類をまとめて入れてくれる。

「……ありがとう」

もう驚きすぎて、思考が追いつかない。

さらにそのまま抱き上げようとする気配に、慌てて止める。

「ちょっと、ヘンリー何しようとしてるの?ダメだからね?」

「え?!ダメなのか!?」

驚くヘンリーに、こちらが驚く。

仕方なく立ち上がり、ため息をついた。

「寮の場所わからないから、案内お願いしてもいい?」

「ああ、もちろんだ」

嬉しそうに笑うヘンリー。

――だが。

「……腰抱かないで。ここ教室だから」

そう言っても、やはり手は離れない。

そのまま半ば強引にエスコートされ、教室を後にした。

その背を――

ドラセナは、静かに見送っていた。

ふと、ソフォラは違和感を覚える。

振り返るほどではない。
けれど、背に刺さるような感覚。

さっきまでの、戸惑ったような優しい視線じゃない。

もっと――

静かで、獰猛な鷹のような視線。

思わず足を止めかけて、けれどそのまま歩き出す。

気のせいだと、自分に言い聞かせる。

ちらりと横目で振り返れば、そこには先ほどと変わらないドラセナの姿があった。

柔らかく、少し困ったように笑っている。

(……気のせい、だよね)

そう思いながら、前を向く。

けれど。

一度だけ感じたその“何か”は、胸の奥に小さく残り続けていた。
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