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9章
9-4
*
「っ……ん……」
目を開けると、部屋の明かりに照らされた白い天井が視界に入った。
ゆっくりと横を見る。
椅子に座ったまま眠っているヘンリーがいた。
——けれど、その手はしっかりとソフォラの手を握っている。
いつもなら、気配だけで目を覚ますのに。
今日は、ぴくりとも動かない。
「おお、起きたか」
カーテンが開き、ワルセヴィッチが顔を覗かせた。
「自分の名前と、そこの寝てるやつの名前、言えるか?」
小さく頷く。
「……僕はソフォラで、彼はヘンリーです」
それを聞いて、ほっとしたように息を吐き、ワルセヴィッチは椅子を引いて腰掛けた。
「ここは救護室だ。理由はまだ不明だが、瘴気が急に増えてな。闇属性のお前ともう一人が倒れた」
一拍置いて、視線がヘンリーへ向く。
「で、こいつが無茶して助けた。……一歩間違えりゃ、二人とも死んでたぞ」
その声音は、いつもの気だるさとは違う、教師のそれだった。
「……はぁ、本当に焦ったぞ」
頭を掻きながら続ける。
「殿下がもう一人抱えて、その横でお前を離さねぇこいつをスフォルツァが担いで、その後ろでボルジアが真っ青な顔でメガネカチャカチャさせててな」
その光景が、ありありと浮かぶ。
思わず、小さく息が漏れた。
「……ご迷惑を、おかけしました」
布団の中から頭を下げると、
ワルセヴィッチは眉を下げて、ガシガシと頭を撫でた。
「本当に、無事でよかった。お前に何かあったらティペスが泣くぞ」
その表情は、どこか兄のようだった。
「……サカキ先輩は?」
「ああ、グロリアな。意識は戻ってる。今は殿下がついてるから問題ねぇ」
ほっと息をつき、窓へ目をやる。
外はすっかり夜だった。
「先生、今……」
「20時過ぎだな。腹減っただろ、何か——」
「いえ」
言葉を遮る。
「もう勤務時間、過ぎてますよね。……ありがとうございます。ヘンリーを連れて、寮に戻ります」
起き上がろうとした瞬間、
ぐい、と肩を押されてベッドに戻された。
「何言ってんだ。病人は寝てろ」
呆れたようにため息をつく。
「あいつと違って甘えねぇな。もっと兄貴見習え。……そこのも喜ぶぞ」
ヘンリーを指差し、カーテンを閉めて出ていった。
——静かになる。
けれどすぐに、複数の足音と声が近づいてきた。
「だから大勢で来るなって言ってんだろ……」
「恩人なんです、当然でしょう」
「顔見たら帰りますから……」
「お前は来る理由薄いだろ」
「情報共有は必要です」
「私は友として来た」
やかましい会話とともに、カーテンが開いた。
「悪い、ついてきた」
そこには、
ディスキディア、サカキ、ゼブリナ、ダプサスが立っていた。
「……よかった」
ディスキディアが近づき、椅子に座る。
そして、深く頭を下げた。
「サカキを助けてくれてありがとう」
その言葉に、サカキへ視線を向ける。
「……生きてる、よかった」
ぽつりと零れる。
その言葉を聞いた瞬間——
サカキが、弾かれたように飛びついてきた。
「よがっ……よがっだぁあああ……!!」
普段の静かで穏やかな面影なんて、どこにもない。
ぐしゃぐしゃに顔を歪めて、子どもみたいに泣きじゃくりながら、
力いっぱい抱きしめてくる。
「ソフォラざまぁ……っ、いぎでで……よがっだぁああ……!」
肩に顔を押し付け、ぼろぼろと涙を零す。
服を濡らすのも構わず、必死に縋りついてくるその姿に——
どれだけ怖かったのかが、痛いほど伝わる。
「こらダメだよ、ソフォラは起きたばっかりなんだから」
ディスキディアが苦笑しながらも、どこか泣きそうな顔で引き剥がす。
その手つきはやけに優しくて、
乱暴に扱う気なんて一切ないのがわかる。
「ほら、チーンして」
差し出されたハンカチに、
サカキはぐずぐずと泣きながら顔を埋める。
「ずずっ……ごめんなざい……っ」
鼻をかみながら、それでも涙は止まらない。
その様子を、
ダプサスはそっぽを向いたまま何も言わず、
ゼブリナはほっとしたように目を細めて見守っていた。
誰も笑わない。
誰も茶化さない。
ただ——
生きていることを、当たり前みたいに受け入れている。
その空気が、
ここにいる全員がソフォラを大切に思っていることを、
何よりもはっきりと示していた。
ディスキディアに引き剥がされ、サカキは何度も頭を下げる。
「また明日、伺います……」
支えられて、部屋を出ていった。
「……まったく、人騒がせな」
ダプサスがそっぽを向く。
「元気そうで、よかった……と、言っている」
「ゼブリナ!!」
真っ赤になるダプサスと、穏やかなゼブリナ。
少しだけ、空気が緩む。
だが、そのままゼブリナは静かに言葉を続けた。
「……本当に、怖かった」
低く、落ち着いた声。
けれど、その奥にある緊張は隠しきれていない。
「魔法で呼ばれて駆けつけた時、ヘンリー殿とソフォラ殿は床に倒れていた。ディスキディア殿はその場で泣き崩れ、サカキ殿は顔色を失って動けず……空気も、ひどく重かった」
思い出すように、ゆっくりと語る。
「正直、私も一瞬、どうすればいいか分からなくなった」
そこで、少しだけ視線を横にやる。
「だが——」
「僕は指示を出しただけです」
食い気味に、ダプサスが遮る。
腕を組み、顔を背けたまま。
「騒いでいる場合ではなかったのでね。最短で運ぶ判断をした、それだけです」
素っ気ない言い方。
けれど——
その時の光景を知った今なら、それがどれだけ助けになったか分かる。
ゼブリナは小さく笑った。
「……その“それだけ”で、全員助かった」
ダプサスは何も言わず、さらに顔を背ける。
耳だけが、わずかに赤い。
「これ、持ってこさせてもらった」
ゼブリナが差し出した紙袋。
その仕草は、いつも通り穏やかで優しいままだった。
中には温かいスープとパン。
もう一つの袋には——
「エクレア……?」
「病人にそれはどうなんだよ」
ワルセヴィッチが呆れる。
やり取りのあと、二人も去っていった。
静かになった室内。
その時——
「……ん」
ヘンリーが目を開けた。
「ヘンリー、大丈夫?」
声をかけると、
ぼんやりとした目で見つめて——
次の瞬間、強く引き寄せられる。
「ソフォラは!?大丈夫か!?気分は!?痛いところはないか!?息はちゃんとできてるか!?まだ苦しくないか!?無理してないか!?何か欲しいものは!?すぐ用意する、言え!!」
矢継ぎ早に、息も継がずにまくし立てる。
「——」
口を開こうとした瞬間、
さらに被せるように言葉が飛ぶ。
「顔色もまだ悪いし手も冷たいし全然大丈夫じゃないだろ、横になってろ、いや起きるな、何もするな、俺が全部やるから——」
止まらない。
焦りと不安が、そのまま言葉になって溢れている。
その必死さに、胸が詰まる。
「うるせぇ!」
ワルセヴィッチの拳が落ちた。
「こいつの方が重症だっつってんだろ!」
はっと我に返るヘンリー。
それでも、手は離さないまま。
そっと、力を緩めた。
そのまま三人で、静かに食事をとる。
何気ない会話。
いつもと変わらない時間。
——けれど。
ソフォラの手を握るその指だけが、
少し強く、離すまいとするように絡んでいた。
「っ……ん……」
目を開けると、部屋の明かりに照らされた白い天井が視界に入った。
ゆっくりと横を見る。
椅子に座ったまま眠っているヘンリーがいた。
——けれど、その手はしっかりとソフォラの手を握っている。
いつもなら、気配だけで目を覚ますのに。
今日は、ぴくりとも動かない。
「おお、起きたか」
カーテンが開き、ワルセヴィッチが顔を覗かせた。
「自分の名前と、そこの寝てるやつの名前、言えるか?」
小さく頷く。
「……僕はソフォラで、彼はヘンリーです」
それを聞いて、ほっとしたように息を吐き、ワルセヴィッチは椅子を引いて腰掛けた。
「ここは救護室だ。理由はまだ不明だが、瘴気が急に増えてな。闇属性のお前ともう一人が倒れた」
一拍置いて、視線がヘンリーへ向く。
「で、こいつが無茶して助けた。……一歩間違えりゃ、二人とも死んでたぞ」
その声音は、いつもの気だるさとは違う、教師のそれだった。
「……はぁ、本当に焦ったぞ」
頭を掻きながら続ける。
「殿下がもう一人抱えて、その横でお前を離さねぇこいつをスフォルツァが担いで、その後ろでボルジアが真っ青な顔でメガネカチャカチャさせててな」
その光景が、ありありと浮かぶ。
思わず、小さく息が漏れた。
「……ご迷惑を、おかけしました」
布団の中から頭を下げると、
ワルセヴィッチは眉を下げて、ガシガシと頭を撫でた。
「本当に、無事でよかった。お前に何かあったらティペスが泣くぞ」
その表情は、どこか兄のようだった。
「……サカキ先輩は?」
「ああ、グロリアな。意識は戻ってる。今は殿下がついてるから問題ねぇ」
ほっと息をつき、窓へ目をやる。
外はすっかり夜だった。
「先生、今……」
「20時過ぎだな。腹減っただろ、何か——」
「いえ」
言葉を遮る。
「もう勤務時間、過ぎてますよね。……ありがとうございます。ヘンリーを連れて、寮に戻ります」
起き上がろうとした瞬間、
ぐい、と肩を押されてベッドに戻された。
「何言ってんだ。病人は寝てろ」
呆れたようにため息をつく。
「あいつと違って甘えねぇな。もっと兄貴見習え。……そこのも喜ぶぞ」
ヘンリーを指差し、カーテンを閉めて出ていった。
——静かになる。
けれどすぐに、複数の足音と声が近づいてきた。
「だから大勢で来るなって言ってんだろ……」
「恩人なんです、当然でしょう」
「顔見たら帰りますから……」
「お前は来る理由薄いだろ」
「情報共有は必要です」
「私は友として来た」
やかましい会話とともに、カーテンが開いた。
「悪い、ついてきた」
そこには、
ディスキディア、サカキ、ゼブリナ、ダプサスが立っていた。
「……よかった」
ディスキディアが近づき、椅子に座る。
そして、深く頭を下げた。
「サカキを助けてくれてありがとう」
その言葉に、サカキへ視線を向ける。
「……生きてる、よかった」
ぽつりと零れる。
その言葉を聞いた瞬間——
サカキが、弾かれたように飛びついてきた。
「よがっ……よがっだぁあああ……!!」
普段の静かで穏やかな面影なんて、どこにもない。
ぐしゃぐしゃに顔を歪めて、子どもみたいに泣きじゃくりながら、
力いっぱい抱きしめてくる。
「ソフォラざまぁ……っ、いぎでで……よがっだぁああ……!」
肩に顔を押し付け、ぼろぼろと涙を零す。
服を濡らすのも構わず、必死に縋りついてくるその姿に——
どれだけ怖かったのかが、痛いほど伝わる。
「こらダメだよ、ソフォラは起きたばっかりなんだから」
ディスキディアが苦笑しながらも、どこか泣きそうな顔で引き剥がす。
その手つきはやけに優しくて、
乱暴に扱う気なんて一切ないのがわかる。
「ほら、チーンして」
差し出されたハンカチに、
サカキはぐずぐずと泣きながら顔を埋める。
「ずずっ……ごめんなざい……っ」
鼻をかみながら、それでも涙は止まらない。
その様子を、
ダプサスはそっぽを向いたまま何も言わず、
ゼブリナはほっとしたように目を細めて見守っていた。
誰も笑わない。
誰も茶化さない。
ただ——
生きていることを、当たり前みたいに受け入れている。
その空気が、
ここにいる全員がソフォラを大切に思っていることを、
何よりもはっきりと示していた。
ディスキディアに引き剥がされ、サカキは何度も頭を下げる。
「また明日、伺います……」
支えられて、部屋を出ていった。
「……まったく、人騒がせな」
ダプサスがそっぽを向く。
「元気そうで、よかった……と、言っている」
「ゼブリナ!!」
真っ赤になるダプサスと、穏やかなゼブリナ。
少しだけ、空気が緩む。
だが、そのままゼブリナは静かに言葉を続けた。
「……本当に、怖かった」
低く、落ち着いた声。
けれど、その奥にある緊張は隠しきれていない。
「魔法で呼ばれて駆けつけた時、ヘンリー殿とソフォラ殿は床に倒れていた。ディスキディア殿はその場で泣き崩れ、サカキ殿は顔色を失って動けず……空気も、ひどく重かった」
思い出すように、ゆっくりと語る。
「正直、私も一瞬、どうすればいいか分からなくなった」
そこで、少しだけ視線を横にやる。
「だが——」
「僕は指示を出しただけです」
食い気味に、ダプサスが遮る。
腕を組み、顔を背けたまま。
「騒いでいる場合ではなかったのでね。最短で運ぶ判断をした、それだけです」
素っ気ない言い方。
けれど——
その時の光景を知った今なら、それがどれだけ助けになったか分かる。
ゼブリナは小さく笑った。
「……その“それだけ”で、全員助かった」
ダプサスは何も言わず、さらに顔を背ける。
耳だけが、わずかに赤い。
「これ、持ってこさせてもらった」
ゼブリナが差し出した紙袋。
その仕草は、いつも通り穏やかで優しいままだった。
中には温かいスープとパン。
もう一つの袋には——
「エクレア……?」
「病人にそれはどうなんだよ」
ワルセヴィッチが呆れる。
やり取りのあと、二人も去っていった。
静かになった室内。
その時——
「……ん」
ヘンリーが目を開けた。
「ヘンリー、大丈夫?」
声をかけると、
ぼんやりとした目で見つめて——
次の瞬間、強く引き寄せられる。
「ソフォラは!?大丈夫か!?気分は!?痛いところはないか!?息はちゃんとできてるか!?まだ苦しくないか!?無理してないか!?何か欲しいものは!?すぐ用意する、言え!!」
矢継ぎ早に、息も継がずにまくし立てる。
「——」
口を開こうとした瞬間、
さらに被せるように言葉が飛ぶ。
「顔色もまだ悪いし手も冷たいし全然大丈夫じゃないだろ、横になってろ、いや起きるな、何もするな、俺が全部やるから——」
止まらない。
焦りと不安が、そのまま言葉になって溢れている。
その必死さに、胸が詰まる。
「うるせぇ!」
ワルセヴィッチの拳が落ちた。
「こいつの方が重症だっつってんだろ!」
はっと我に返るヘンリー。
それでも、手は離さないまま。
そっと、力を緩めた。
そのまま三人で、静かに食事をとる。
何気ない会話。
いつもと変わらない時間。
——けれど。
ソフォラの手を握るその指だけが、
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