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11章
11-10
*
屋敷へ戻った後も、ソフォラはスジチョウから託された石を見つめ続けていた。
掌に収まるほど小さな石。
表面には深い苔が張り付き、その奥には黒い宝石が静かに埋まっている。
不思議な石だった。
まるで息をしているように、微かに冷たく、そして温かい。
そして何故か、レイブンはその石の前から離れなかった。
床へ伏せ、頭を垂れ、まるで主へ祈るようにじっと見つめ続けている。
「お前、ずっとそうしてるけど大丈夫か?」
サンセベリアはしゃがみ込み、心配そうにレイブンの頭を撫でた。
「せめてトイレくらい行けよ?」
だがレイブンは視線を逸らさない。
金色の瞳は、石だけを見つめ続けていた。
ソフォラはそっと石を撫でる。
黒い宝石が何なのかも、周囲の苔が何なのかも分からない。
だが――どこかこの空気に覚えがあった。
(……昔も、こんなことがあったな)
ふとスピノーサへ視線を向ける。
すると察したのか、彼は静かに一礼し部屋を出て行った。
それから三十分もしないうちに、“彼”は現れた。
「ご機嫌麗しゅうございます、ソフォラ様! このコールパイン、参上いたしましたよ!!」
コンコン、と一応ノックはしたものの、返事を待たずに扉が開く。
朗々とした声と共に、派手な男が優雅に入室してきた。
「お久しぶりです、先生」
ソフォラが微笑むと、コールパインは荷物を抱えていない方の腕を大仰に天へ掲げた。
「会いたかったでしょう! そうでしょうとも! 今やこのコールパイン、植物学者に薬学者、果ては王城からも声がかかる超人気人物ですからね!」
びしっとポーズを決め、胸を張る。
「それもこれもソフォラ様のおかげ! 私は素晴らしい生徒を持った! さすが私! はーっははは!!」
その姿に、アデニウムは露骨に顔をしかめた。
「……スピノーサ、趣味悪すぎ。こんな奴でいいの?」
「二人きりの時はもう少し格好いいのだけれど……」
婚約者であるスピノーサですらジト目を向けている。
しかしコールパイン本人は気にした様子もなく、くるりとソフォラへ向き直った。
「さて。我がフィアンセより、“見てほしい物がある”と伺いましてね。どちらですかな?」
荷物をソファへ放り投げ、モノクルをくいっと持ち上げる。
ソフォラは静かに石を差し出した。
その瞬間だった。
にこにこと笑っていたコールパインの表情が、みるみる青ざめていく。
「……これは」
震える声が漏れる。
「どちらで、これを……?」
いつもなら許可もなく触り、興奮したまま語り始める男が、今回は手を伸ばそうともしない。
ただその場で固まっていた。
ソフォラは慎重に答える。
「……スジチョウの森で。ある方から、いただきました」
その言葉に、コールパインはごくりと唾を飲み込んだ。
そして珍しく居住まいを正し、静かにソファへ腰掛ける。
「この宝石は“ブラックダイヤモンド”」
低い声だった。
「知る者はほんの僅かですが――これは、この国の“国石”です」
部屋の空気が一気に張り詰める。
「しかも、この質感……おそらく天然物でしょう。現在流通している加工品とは比べ物になりません」
コールパインは震える指先で、石に生えた苔を示した。
「そして、この苔」
「主神たる闇の神の名を冠する植物――“スジチョウゴケ”です」
息を呑む音が部屋に響く。
コールパインは真っ青な顔のまま続けた。
「これは最早、国宝級と言って差し支えありません」
「……元の持ち主へ返却するか、王家へ献上することを強く推奨します」
そう言い終えると、彼はまるで見てはいけない物を見てしまったかのように荷物を抱え込み、震えながら退出していった。
静まり返った部屋。
ソフォラは石をそっとハンカチへ包み、胸ポケットへしまう。
その瞬間、視線を感じた。
見渡せば、スピノーサもアデニウムもサンセベリアも、皆青ざめた顔をしている。
ヘンリーですら息を呑み、言葉を失っていた。
そんな中――レイブンだけが嬉しそうに尻尾を振っている。
まるで、主の気配を感じているかのように。
ソフォラは困ったように微笑んだ。
「……僕が責任を持って預かるから。みんなは、そんな顔しなくて大丈夫だよ」
だが誰も返事はしなかった。
重苦しい空気だけが部屋に残る。
ヘンリーは何度もソフォラの胸ポケット――ブラックダイヤモンドが包まれた場所へ視線を向けていた。まるでそこに、とてつもなく危険なものが入っているかのように。
「……悪い、ソフォラ。明日はテルノ・アステライト伯爵に会う約束があるんだ」
硬い声でそう告げる。
今日聞いたことも見たことも全て父エバへ伝えるなければと思っている。だが、“国宝級”という言葉と、主神に関わる品をソフォラが持っているという事実があまりにも衝撃的で、思考が追いついていない。
ヘンリーは額を押さえ、小さく息を吐いた。
「少し……頭を整理したい」
珍しく弱々しい声音だった。
「えっ!? アステライト伯爵に会うの!?」
ソフォラが勢いよく顔を上げる。
その拍子に胸ポケットが揺れ、中の石がことと小さく動いた。
「っ!? 動くな!!」
ヘンリーがガタッと立ち上がった。
「えっ?」
「石の苔が取れる!!」
「大丈夫だよ。簡単に取れないし」
「その“苔むした石”が怖いって言ってるんだ!!」
ヘンリーは青ざめた顔でソフォラの胸ポケットを指差す。
ソフォラが困惑して一歩近づこうとすると、ヘンリーは反射的に一歩下がった。
「待って待って待って、来るな!」
「なんで?」
「お前を抱きしめたいのに今そこに国宝級がいるだろうが!!」
珍しく取り乱したヘンリーに、部屋の空気が少しだけ緩む。
だが次の瞬間、ヘンリーは真顔になり、低い声で続けた。
「しかもそれ天然なんだろ、多分……国が存在するより前からあるぞ」
その言葉に、スピノーサたちは息を呑んだ。
部屋の空気が再び凍りつく。
ソフォラだけが「え?」ときょとんとしており、レイブンだけが嬉しそうに尻尾を振っていた。
その時、入れ替わるようにノックが鳴り、シュロがひょこっと顔を出した。
「ヘンリー様、馬の準備でき——……あれ?」
部屋の異様な空気にシュロは目を丸くする。
真っ青なスピノーサとアデニウム、固まるサンセベリア。そしてソフォラの胸ポケットを警戒するヘンリー。
「な、何があったんすか……?」
困惑するシュロだったが、ヘンリーは即座に彼の腕を掴んだ。
「帰るぞ」
「えっ!? ちょ、オレまだ何も——」
「今すぐ帰る」
「怖い怖い怖い!! 何その空気!?」
シュロを引きずるようにしながらヘンリーは出口へ向かう。
途中、一瞬だけソフォラを振り返った。
抱きしめたい。けれど胸ポケットの存在感が強すぎる。
結果。
「……今日は我慢する」
そう言い残し、そそくさと屋敷を後にした。
レイブンだけがソフォラの足元で嬉しそうに尻尾を振っていた。
――そしてヘンリーは気づいていなかった。
本来なら、今日の出来事をエバへ報告するはずだったことを。
屋敷へ戻った後も、ソフォラはスジチョウから託された石を見つめ続けていた。
掌に収まるほど小さな石。
表面には深い苔が張り付き、その奥には黒い宝石が静かに埋まっている。
不思議な石だった。
まるで息をしているように、微かに冷たく、そして温かい。
そして何故か、レイブンはその石の前から離れなかった。
床へ伏せ、頭を垂れ、まるで主へ祈るようにじっと見つめ続けている。
「お前、ずっとそうしてるけど大丈夫か?」
サンセベリアはしゃがみ込み、心配そうにレイブンの頭を撫でた。
「せめてトイレくらい行けよ?」
だがレイブンは視線を逸らさない。
金色の瞳は、石だけを見つめ続けていた。
ソフォラはそっと石を撫でる。
黒い宝石が何なのかも、周囲の苔が何なのかも分からない。
だが――どこかこの空気に覚えがあった。
(……昔も、こんなことがあったな)
ふとスピノーサへ視線を向ける。
すると察したのか、彼は静かに一礼し部屋を出て行った。
それから三十分もしないうちに、“彼”は現れた。
「ご機嫌麗しゅうございます、ソフォラ様! このコールパイン、参上いたしましたよ!!」
コンコン、と一応ノックはしたものの、返事を待たずに扉が開く。
朗々とした声と共に、派手な男が優雅に入室してきた。
「お久しぶりです、先生」
ソフォラが微笑むと、コールパインは荷物を抱えていない方の腕を大仰に天へ掲げた。
「会いたかったでしょう! そうでしょうとも! 今やこのコールパイン、植物学者に薬学者、果ては王城からも声がかかる超人気人物ですからね!」
びしっとポーズを決め、胸を張る。
「それもこれもソフォラ様のおかげ! 私は素晴らしい生徒を持った! さすが私! はーっははは!!」
その姿に、アデニウムは露骨に顔をしかめた。
「……スピノーサ、趣味悪すぎ。こんな奴でいいの?」
「二人きりの時はもう少し格好いいのだけれど……」
婚約者であるスピノーサですらジト目を向けている。
しかしコールパイン本人は気にした様子もなく、くるりとソフォラへ向き直った。
「さて。我がフィアンセより、“見てほしい物がある”と伺いましてね。どちらですかな?」
荷物をソファへ放り投げ、モノクルをくいっと持ち上げる。
ソフォラは静かに石を差し出した。
その瞬間だった。
にこにこと笑っていたコールパインの表情が、みるみる青ざめていく。
「……これは」
震える声が漏れる。
「どちらで、これを……?」
いつもなら許可もなく触り、興奮したまま語り始める男が、今回は手を伸ばそうともしない。
ただその場で固まっていた。
ソフォラは慎重に答える。
「……スジチョウの森で。ある方から、いただきました」
その言葉に、コールパインはごくりと唾を飲み込んだ。
そして珍しく居住まいを正し、静かにソファへ腰掛ける。
「この宝石は“ブラックダイヤモンド”」
低い声だった。
「知る者はほんの僅かですが――これは、この国の“国石”です」
部屋の空気が一気に張り詰める。
「しかも、この質感……おそらく天然物でしょう。現在流通している加工品とは比べ物になりません」
コールパインは震える指先で、石に生えた苔を示した。
「そして、この苔」
「主神たる闇の神の名を冠する植物――“スジチョウゴケ”です」
息を呑む音が部屋に響く。
コールパインは真っ青な顔のまま続けた。
「これは最早、国宝級と言って差し支えありません」
「……元の持ち主へ返却するか、王家へ献上することを強く推奨します」
そう言い終えると、彼はまるで見てはいけない物を見てしまったかのように荷物を抱え込み、震えながら退出していった。
静まり返った部屋。
ソフォラは石をそっとハンカチへ包み、胸ポケットへしまう。
その瞬間、視線を感じた。
見渡せば、スピノーサもアデニウムもサンセベリアも、皆青ざめた顔をしている。
ヘンリーですら息を呑み、言葉を失っていた。
そんな中――レイブンだけが嬉しそうに尻尾を振っている。
まるで、主の気配を感じているかのように。
ソフォラは困ったように微笑んだ。
「……僕が責任を持って預かるから。みんなは、そんな顔しなくて大丈夫だよ」
だが誰も返事はしなかった。
重苦しい空気だけが部屋に残る。
ヘンリーは何度もソフォラの胸ポケット――ブラックダイヤモンドが包まれた場所へ視線を向けていた。まるでそこに、とてつもなく危険なものが入っているかのように。
「……悪い、ソフォラ。明日はテルノ・アステライト伯爵に会う約束があるんだ」
硬い声でそう告げる。
今日聞いたことも見たことも全て父エバへ伝えるなければと思っている。だが、“国宝級”という言葉と、主神に関わる品をソフォラが持っているという事実があまりにも衝撃的で、思考が追いついていない。
ヘンリーは額を押さえ、小さく息を吐いた。
「少し……頭を整理したい」
珍しく弱々しい声音だった。
「えっ!? アステライト伯爵に会うの!?」
ソフォラが勢いよく顔を上げる。
その拍子に胸ポケットが揺れ、中の石がことと小さく動いた。
「っ!? 動くな!!」
ヘンリーがガタッと立ち上がった。
「えっ?」
「石の苔が取れる!!」
「大丈夫だよ。簡単に取れないし」
「その“苔むした石”が怖いって言ってるんだ!!」
ヘンリーは青ざめた顔でソフォラの胸ポケットを指差す。
ソフォラが困惑して一歩近づこうとすると、ヘンリーは反射的に一歩下がった。
「待って待って待って、来るな!」
「なんで?」
「お前を抱きしめたいのに今そこに国宝級がいるだろうが!!」
珍しく取り乱したヘンリーに、部屋の空気が少しだけ緩む。
だが次の瞬間、ヘンリーは真顔になり、低い声で続けた。
「しかもそれ天然なんだろ、多分……国が存在するより前からあるぞ」
その言葉に、スピノーサたちは息を呑んだ。
部屋の空気が再び凍りつく。
ソフォラだけが「え?」ときょとんとしており、レイブンだけが嬉しそうに尻尾を振っていた。
その時、入れ替わるようにノックが鳴り、シュロがひょこっと顔を出した。
「ヘンリー様、馬の準備でき——……あれ?」
部屋の異様な空気にシュロは目を丸くする。
真っ青なスピノーサとアデニウム、固まるサンセベリア。そしてソフォラの胸ポケットを警戒するヘンリー。
「な、何があったんすか……?」
困惑するシュロだったが、ヘンリーは即座に彼の腕を掴んだ。
「帰るぞ」
「えっ!? ちょ、オレまだ何も——」
「今すぐ帰る」
「怖い怖い怖い!! 何その空気!?」
シュロを引きずるようにしながらヘンリーは出口へ向かう。
途中、一瞬だけソフォラを振り返った。
抱きしめたい。けれど胸ポケットの存在感が強すぎる。
結果。
「……今日は我慢する」
そう言い残し、そそくさと屋敷を後にした。
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しかし、家族に対して表情と感情を隠し、言葉も発さず、一人で生きて行く術を身につけようと家族から距離をとるフィオレンとは裏腹に、家族や攻略対象達は異常なほどの愛を注ぐ。
フィオレンの知らない所で、小説のシナリオとは正反対の道を辿ることになるも、愛に無頓着で無自覚なフィオレンは溺愛されていき………?