45 / 110
第二章 貴族は皆、息吐くように嘘をつく
第45話 憂鬱
しおりを挟む結局その日は一日そうしていた。
何度か休憩を挟んだものの、アーサーはリヴィアの隣に並び手を握った。
リヴィアはその度に赤くなる。出来るだけ動揺を隠し振る舞いたいが、無理だった。アーサーと目が合う度、手の温かさを感じる度、恥ずかしい位に胸が高鳴るのだ。
そうこうしているうちに最初の宿に着いた。
最初の宿は皇都に近い事もあり、豪華なそれでリヴィアは驚いた。だが皇族一行だ。下手な宿は取れないだろう。しかし一日しか使わないのにこの豪華さはいるのだろうか。伯爵令嬢の筈なのに、庶民感覚が人一倍長けているリヴィアは勿体無い精神で豪華な宿に恐縮していた。
「わーすげー」
「本当に……これが皇族御用達!」
同じような感想が横から聞こえてきて、リヴィアはそちらに身体を向けた。
応接用の居室に寝室がある。それとは別に使用人用の部屋。一日しか使わないのに……
「なあなあリヴィアー。この装飾品持って帰ろうぜー。バレやしないって」
「ダメです!バレますから!罪に問われたらどうするつもりですか!あなたはともかく孤児院が迷惑こうむるのでやめてください!」
セド院長とシェリルである。
二人はリヴィアの従者と侍女として付き添いで来ている。アーサーからは必要な人材は自分が用意すると申し入れがあったが、リヴィアはそれを断った。
視察目的が魔術絡みであるならば、その点で自分と意思疎通できる人物が良かったので、ウィリスに頼んでシェリルを同行させた。
セドに関しては、リヴィアは自分が動かせる従者という者を持った事が無いので、アーサーに頼んでも良かったかもしれない。
けれど残念ながらリヴィアは人見知りで、知らない護衛との旅程には自信が無かった。
仕方が無いので、セドをお金で動かした。教会の人事を勝手に強要してしまうだろうかと悩んだが、ゼフラーダの主要施設は教会なのだそうだ。
リヴィアは驚いたが、セドが教会を上手く言い包めてくれたようで、見事にお金に釣られてくれて助かった。その辺の調整はレストルにも念を押したので抜かりはない事だろう。
ついでに二人共貴人の前ではきちんと猫も被れる。
「それにしても、リヴィアさんはいつの間に第二皇子殿下とお知り合いになったんですか?皇子と婚約して元婚約者にざまあしに行くなんて最高です!」
ざまあって何?
……いやそれより厳密に言うと婚約者では無い。振りだけだ。その辺の事情は内密にしておかなければならないので、二人には言えないでいる。
婚約破棄した相手のゼフラーダ卿に関しては、お互い面識も無いし、多少気まずい思いはするだろうが、何とかやり過ごせるだろう。そもそも向こうは相思相愛の相手がいるのだし、リヴィアにそれ程関心があるとは思えない。
もしかしたら喜んでくれるかもしれない。
……まあそれにしても。
シェリルがほくほく喜ぶ程、アーサーの演技は完璧だった。リヴィアはまるで大事で愛しい婚約者のように扱われている。人目があっても無くても変わらないのだから感心するしか無い。
のぼせあがりそうな頭を一振りして何とか冷やし、リヴィアはぐっと目を閉じた。
誤解しない!
あの夜会の日に散々引っ掻き回されたじゃないか。
それに……アーサーは否定していたが、皇城でアーサーとライラの噂が消える事は無かった。
お互いがどんな感情で結ばれているのかは分からない。
けれど切っても切れない仲である事は変わらないのではなかろうか。
そこはリヴィアの踏み込めない領域で、リヴィアに出来る事は毅然と噂を否定する事だけ。自分たちこそが愛し合っているのだと嘘をついて。
ちんまりとソファに座り、一人落ち込んでしまう。何故だかは良くわからない。
物思いに耽っているとドアがノックされ、アーサーの来訪が告げられた。リヴィアが焦っているうちに、またしてもシェリルが嬉々としてドアを開けてしまう。
何故聞かないのか……
愕然とするリヴィアを他所に、セドと二人慎ましく部屋の端で待機している。小さくガッツポーズをとるのはやめてほしい。
二人には話せていないから、また仲の良い婚約者を演じなくてはならない。リヴィアは再び顔に笑みを貼り付けた。
「アーサー様、何かございましたか?」
「特に何も無いのだけど少し二人で話したくて」
そう言いながらアーサーは流れるようにリヴィアの手を掬い取った。当たり前のように唇を落とし、そのままソファに腰掛けるように促す。並んで座ると気恥ずかしくて、妙な緊張感がある。視界の端でセドとシェリルがによによしているのが居た堪れないが……
顔を俯けていると、耳がカサリと小さな音を拾った。
視線だけ上げるとアーサーの懐から書類のような物が垣間見え、リヴィアはアーサーを振り仰いだ。アーサーが小さく頷く。
「わたくしも是非ゆっくりお話したいですわ。馬車の中では気恥ずかしくて上手く喋れませんでしたもの」
そう言いにっこりと笑い、セドとシェリルを隣の間に下がらせた。
「ドアは開けておいていいわ」
苦し紛れではあるが、流石に貞操観念を疑われかねない状況だ。最低限の予防は張らねば。
二人が退出するのを見計らい、向かいのソファに座り直そうと立ち上がれば、強く腕を引かれた。
「リヴィア、小さな声で喋るならそこでは聞こえないでしょう?」
リヴィアは思わず息を飲む。
「ほら座って。大事な話があるのだから」
そう言って自分の隣をポンポンと叩いた。
「私たちは婚約者なのだから、これ位誰に見咎められる事は無いよ」
「……はい」
リヴィアは神妙な気持ちで頷いた。
33
あなたにおすすめの小説
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
揺れぬ王と、その隣で均衡を保つ妃
ふわふわ
恋愛
婚約破棄の断罪の場で、すべては始まった。
王太子は感情に流され、公爵令嬢との婚約を解消する。
だが、その決断は王家と貴族社会の均衡を揺るがし、国そのものを危うくする一手だった。
――それでも彼女は、声を荒らげない。
問いただすのはただ一つ。
「そのご婚約は、国家にとって正当なものですか?」
制度、資格、責任。
恋ではなく“国家の構造”を示した瞬間、王太子は初めて己の立場を知る。
やがて選ばれるのは、感情ではなく均衡。
衝動の王子は、嵐を起こさぬ王へと変わっていく。
そして彼の隣には、常に彼女が立つ。
派手な革命も、劇的な勝利もない。
あるのは、小さな揺れを整え続ける日々。
遠雷を読み、火種を消し、疑念に居場所を与え、
声なき拍手を聞き取る。
これは――
嵐を起こさなかった王と、
その隣で国家の均衡を保ち続けた妃の物語。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ
猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。
当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。
それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。
そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。
美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。
「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」
『・・・・オメエの嫁だよ』
執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる