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第四章 選ぶ未来
第97話 それから
しおりを挟むアーサーのエスコートを受け、皇族の席に辿り着けば父がアスラン殿下に挨拶をしていた。
こちらに目を向け顔を顰められては、つい目が泳いでしまう。先程の事が頭を過り、羞恥で顔に熱が集う。
父は皇族が嫌いだと言った。それはもう理屈で言い表せないような幼稚な、子どもの好き嫌いのようなもの。けれど大人になったからと言って食べられない。
それでもアーサーと話すように勧めたのは、リヴィアがアーサーに好意を寄せていた事を知っていたのか。或いはアーサーに何か思うところがあったのか。いずれにしても父は複雑そうだ。
「やあ、仲直りできたみたいだね」
アスラン殿下のそんな言葉にリヴィアは臣下の礼をとった。
「畏まらなくていいよ、リヴィア。君は私の義妹になるのだから。そうだろう、アーサー」
「はい兄上。お騒がせしました」
淀みなく答えるアーサーにリヴィアは瞳を揺らす。少しばかり展開が早いような気がするのは気のせいか。
先程アーサーに触れた時、リヴィアは腑に落ちた。この人に触れたかったのだと。自分は本当にこの人の事が好きだったのだと。海色のアーサーの瞳に映る自分を見ながら、どうして忘れてしまったのかと自分を詰った。
そんな持て余す程の感情が芽生えていたとも考えず、別れ方ばかり気にしていた自分を叱り飛ばしたい。
物語のお姫様ならきっと愛の力で記憶を取り戻せるだろうに、取り柄の魔術も役に立たない。自分は何者でもない無力な只人だと泣きたくなった。
つまり自分は本心では彼が欲しくて。でもその為の手段を持たない事に失意を抱いて。浅ましい……
だからアーサーが口にした言葉を聞いて、自分の心を読まれているのかと訳もわからず恥ずかしくなった。
けれど少しずつ言葉が頭に浸透していき、アーサーが自分と想いを同じくしていると知り、泣きそうになった。
……ところどころ噛み合わないような気もしたが、自分の想いも似たようなものだと納得してしまった。惚れた弱みだろうか。
アーサーを好きな事。思い出を知りたい事を口にして想いを伝えた……つもりだ。
口付けした時驚いたけれど、気持ちはふわふわと幸せで。
でもその後が大変だった。記憶を無くす前の自分は、当たり前の様にこんな事をにアーサーとしていたんだろうか。思わず閉口してしまう。
「お父さま……あの、わたくし……」
言い淀んでいるとアーサーが腰に手を回してリヴィアを引き寄せた。
「エルトナ伯爵にもご心配をおかけしました。お約束通り、リヴィア嬢はいただきます」
「そんな約束した覚えは無いが……」
「婚約するという事はそういう事です」
にこにこと笑いかけるアーサーに父はいつもの仏頂面だ。
「お父さま、わたくしアーサー殿下とお話しして……殿下をお慕いしていると、そう気づきました。お父さまがわたくしを気遣って下さったおかげですわ。だから、あの、ありがとうございます……」
父との確執は無くなった。けれど長い間すれ違った時間まで無くなった訳では無い。こういった会話の一つ一つが照れ臭い。見ると父が手を差し伸べている。嬉々としてその手に飛び込もうとすると、後ろからぐいと腰を引かれてアーサーの腕の中に収まっていた。
「アーサー殿下。娘を離していただけませんかな?」
「嫌です」
二人の間に何やらぴしりと亀裂が入った音がした。
「殿下……わたくし、お父さまとの間にずっとあった誤解が最近解けて。今までの分も仲良くしたいのです」
そう言って見上げれば露骨に嫌そうな顔が目に映る。
「リヴィア、私は君の婚約者で、半年近く会えなかったんだよ。その理由の一つが君の回復を待つようにとの伯爵の指示によるものだ」
「私が殿下の邪魔をしていたような言い方はやめていただきたい。あなたが我が屋敷を訪れなかった勝手は、ご自身が一番理解しているでしょう」
今度はばちばちと間に火花が散っている。
「ですからリヴィアはもう回復しましたし、このまま婚姻まで皇城で過ごしますとお話しているのです」
「頭がお花畑すぎますね、殿下。お断りします」
……お父さまそれは不敬です。
「妃教育の一環なのですよ。ご理解いただきたい」
リヴィアはそっとアーサーの腕に手を添えた。
「殿下、わたくし毎日皇城に通います。あなたに会いに行きます。ですから屋敷に戻る事をお許しくださいませんか?」
アーサーは眉間に皺を寄せて難しい顔をした。
「その、結婚……したら毎日殿下と一緒でしょう?今は父との時間を大事にしたいのです。わたくしが生涯を共にし、愛したいと思うのは殿下だけですわ。お願いします、殿下」
困ったように眉を下げたリヴィアにアーサーは、はあとため息をついた。
「ずるい」
そう呟いて舞踏会のホールへとリヴィアを誘った。
「踊ろうリヴィア」
「えっと、分かって頂けたのでしょうか?」
「うん、考えておくよ」
微妙な返事で誤魔化されたような気がする。
「殿下……」
咎めるような視線を送ると、アーサーは肩を竦めた。
「私は狭量なんだ。君には知っておいて貰わないと。……その上で我慢した私を大いに評価して貰いたい」
そんな事を言われたら自分の異性の趣味は悪いのかと不安になる。それなのに触れ合う指先がじんじんと喜びに震えるのだからどうしようもない。
ホールに降りれば周囲から様々な視線が自分に向けられるのが感じられる。けれどそれすらどうでもいいと思う位アーサーから目が離せない。
「君と初めて踊った時の事を話そうか」
「わたくしは殿下と踊った事があるのですね」
にこりと笑うリヴィアの手にアーサーは唇を落とした。
「とても素敵な夜だったよ……少なくとも私にとっては」
「是非聞きたいですわ」
少しだけ目を泳がせるアーサー肩に手を置けば、こちらに顔を向ける海色の瞳と視線が絡む。
「月明かりの下だった」
「まあ」
アーサーから笑みが溢れる。
「先程のような庭園ではなく回廊続きの開けた場所で。君は月の女神のようにきれいで」
それから
話の続きに期待し目を細め、アーサーの肩にそっと手を置く。
腰に添えられる手をこそばゆく感じながら、音楽に合わせて一歩、踏み出した。
~おしまい~
× × ×
読んで頂いた皆さま、本当にありがとうございました!
長くなってしまい、読みにくい部分もあったと思いますので、とにかく感謝しかありません!!m(_ _)m
次回から、おまけ3本と番外編1本を数日投稿していく予定です。もう少し付き合ってもいいよと言う方は、是非よろしくお願いします╰(*´︶`*)╯♡
番外編はリカルドとオリビアの結婚話。
彼の新婚時の苦労話を聞いてやって下さい( ̄∀ ̄)
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