【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗

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番外編 ベリンダ

04.


 ほとぼりが冷めたところで披露宴を抜け、ベリンダは侍女たちに磨きに磨かれた。
 それから鼻息洗い女たちに意気揚々と夫婦の寝室に放り込まれ、ベリンダは室内を所作なさげに彷徨ってから、ベッドの端に腰を下ろした。

 自分の部屋は客間だった筈だが……流石に城主が客間に渡るのは体裁が悪いのだろう。
 ベリンダは自分の身体を包む夜着を見下ろした。

 初夜の為に用意された着物は薄手ではあるが、繊細な刺繍で彩られ月明かりを弾きキラキラと美しい。
(こんなもの用意されたって……)
 無駄であると、ベリンダはちゃんと分かっていた。

『君のような愚かな女を娶る筈がないだろう』
『穢らわしい、私に近寄るな』
『……ベリンダ嬢、私たちは別に親しくないだろう? あまり馴れ馴れしくすると下の者が混乱するよ?』

 今まで猛攻を掛けてきた王子殿下たちは皆ベリンダを遠ざけた。
 完璧主義の第一王子。
 潔癖症の第二王子。
 胡散臭い第三王子。

 ヘルマンも初対面からベリンダを嫌っていた。
 悪評を轟かせる女に掛ける情けも育む絆も無いだろう。
 ……来る筈がない。
(誰も……)

 項垂れるように首を下げ、ベリンダは肩を震わせた。
 行き着いた先には何も無い。
 侯爵家の権威は剥ぎ取られ、夫との関わりはない。
 暗い部屋に一人。
 ベリンダの背中に夜闇が重くのしかかった。
(わたくし、何がしたかったんだっけ……?)

 もし王子たちと結婚できたとして、果たして今と違う状況だっただろうか。
 味方になってくれただろうか。
 認めてくれただろうか。
 笑いかけてくれただろうか。

 きっと、無かった。

「うう……」

 怒りに身を震わせ眠る夜はあった。
 けれど今の自分がどれだけ惨めか、気付いてしまった今、もうどうしていいか分からない。
 溢れ出す涙を堪えらず、ベリンダは鼻を啜ってしゃくりあげた。

「──嬢ちゃま?」
 ハッと意識を戻す。
 いつの間に開かれたのか、扉の向こうにリマが立っていた。
「リマ……っ」

 ああ、そうだ。リマがいた。
 彼女は、彼女だけはいつも自分の味方だった。
 
「リマ!」

 もういい。リマがいれば。
 辺境伯は勝手に出ていけと行っていた。彼にベリンダなど必要ないのだ。
 
 けれど駆け出し手を伸ばすベリンダに、リマは厳しく目を眇めた。
 扉の向こうから首を横に振ってベリンダが来るのを拒絶する。

「嬢ちゃま、嬢ちゃまは辺境伯様と結婚なさったのです。夫のおとないを前にこの部屋を出れば、逃げたと思われても仕方ありませんよ」
「な、んで……」
 ベリンダは身体を震わせ拳を作った。

「どうして……何が悪いの? 逃げて何が悪いのよ!」
 もう何も無い場所で一人蹲るなんて嫌だ。
 今迄の自分が辿り、着いたこの場所が嫌だ。
 どこか別の場所に行きたい。一つでいいから自分が望んだものが欲しい。

 ボロボロと涙を零すベリンダに、リマは子供を諭すように再び首を横に振った。
「逃げたらもう戻れないのです。分かっていたから嬢ちゃまは、ずっとにいたのでしょう? 背を向けた者に社交界がどれ程厳しいか知っている筈です」

 ベリンダはぐっと奥歯を噛んだ。
 儚く泣く令嬢たちを負け犬だと嘲笑ってきた。
 人を踏みつけて歩いてきた。

 目指す頂きがあったから──でもそれは……

「一人でいたくなかったの……」

 両手で顔を覆い、ベリンダは膝から崩れ落ちた。
 
 リマに傍にいて欲しかった。
 ベリンダには身体に傷を負ったリマしかいなかった。
 だから地位が必要だった。
 けれどそれを手に入れる為には愛情を貰わなければならなかったから……

『お母様はどうやっての心を掴んでいるの?』
『お父様に本当に愛されている人はどんな人?』

 ベリンダは目の前の『愛』しか知らなかった。
 お金と権力がベリンダにとっての愛の象徴だ。
 
 誰も愛を教えてくれなかったから。ベリンダも誰かを愛する事がなかった。

「でももうそれは虚しいの……」

 ただ振り向いて欲しかった。
 子供の癇癪のように感情を爆発させて、それを強請った。

「……リマ、お願いよ。あなたまでわたくしから目を逸らさないで……」
「嬢ちゃま……」

 啜り泣くベリンダと同じ目線に腰を下げ、リマは力無く笑った。

「私が嬢ちゃまから目を背ける日なんて、きやしませんよう。泣かせてしまってごめんなさいねえ。……でも嬢ちゃまが素直に自分の気持ちを口にしてくれて良かった。本当、あなたの夫は歳のせいか、頭の固いお方ですわあ。……ねえ辺境伯様、どうかあなたの花嫁の話を聞いてあげてはくれませんか?」

 その言葉にベリンダはびくっと肩を跳ねさせた。
 扉の向こうからリマ以外の気配を感じる。
 やがて下げていた目線に男物の室内履きが目に入った。

「……っ」

 どうせ来ないと思っていた夫がいる。
 しかも子供のように泣く姿を見られた。
 羞恥に駆られ、ベリンダは思いきり顔を背けた。

「ベリンダ嬢……」

 声だけ聞くと不思議と穏やかに響く。
 自分に向ける眼差しはあんなに冷たいのに……

「……リマには敵わないな」
「っ」
 リマの名を出されベリンダは思わず顔向けた。
 夜着に身を包んだヘルマンは、ここに来た時のベリンダと同じように所在なさげで、疲れたような笑みを浮かべていた。

「少し話をしようか」

 そう言ってヘルマンは寝室に一歩踏み込んだ。
 隣でリマが深く頭を下げ、ゆっくりと扉を閉めた。
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