37 / 51
36. シーラの選択
しおりを挟む好きって気持ちはどうやって伝えるものなのだろうか。
シーラはセラハナの木の下で手鏡を出し、少し乱れた髪の毛を整えた。
ベージュの髪に栗色の目。平凡な顔立ち。
改めてどこがいいのかと首を捻る。
「好き……です」
口に出した言葉に耳からボンッと湯気が出た。
鏡を見れば真っ赤になった自分が見返している。
世のお嬢さん方を片っ端から褒めて回りたい。こんな心臓に悪い言葉を相手に伝えるなんて。武士《もののふ》だ。心が武士に違いない! 切腹! 芸者!
思わず聞きかじった事のある異国の文化を頭の中で叫ぶ。
「ナタナエル様……」
ぽつりと呟き、鏡の中をもう一度覗きこむ。
真剣な顔をつくり、もう一言。
「私は、あなたが好きです」
うわー、となってそのまま仰向けにそっくり返る。
そうして下からしげしげとセラハナの木を見上げ、頬の熱を冷ます努力をした。
そう言えばこの木の色合いはラフィムに似ているなと思っていたら、突然に金眼のナタナエルがシーラを見下ろしてきた。
「……え」
「僕に愛の言葉を吐いた後に他の男の事を考えるなんて、いい度胸してるよね」
シーラに跨り見下ろした状態で、ナタナエルは無表情に呟いた。
「ええええ?!」
ぎょっと上半身を起こし、必死に身を捩った。
「ちょっ! やめてくれません? 人間なんですよね? どっから湧いてきたんですか?」
「何で逃げようとしてるのさ。君に呼ばれて来たのに」
ジタバタと動かす身体を押さえつけ、ナタナエルはシーラをじっと見つめた。
「ど、どこから来たのです」
セラハナの木の礼拝場所はどん詰まりだ。ここに来た時誰もいなかった筈なのに。
その台詞にナタナエルはちょいと手鏡を指差した。
「そこから来た」
「人外!」
「だからそうだってば」
今更何を言ってるんだと、馬鹿な子を窘めるようにナタナエルは零した。
「僕の名を呼んで告白したでしょう」
そして嬉しそうに頬を染め、シーラを間近で覗き込む。
「はぐっ」
……聞かれていたのか。シーラは白目を剥きそうになる。
「なのに他の男の事を考えているなんて、随分酷い事をするんだね」
「……」
すい、と細まる眼差しにシーラはむっと頬を膨らませた。
どうせナタナエルは知らないのだ。
アンティナが自分にしょっちゅう結婚しないのか、好きな相手はいないのかたと聞いていた事を。……その度にナタナエルの顔が浮かんでいた事も。
シーラは頭を振り払う思いでラフィムに目を向けた。
いいな、と思ったから。
実はそうやって自分の気持ちを誤魔化してきていた事も、教えてあげないけれど。
シーラは、ふいと視線を逸らした。
けれど、ナタナエルは楽しそうに目を細めて続ける。
「僕たちは魔力で繋がっているからね。お互いの干渉を許せばこうやってすぐに会いにこれるよ。僕に魔力はもう無いけど、これくらいなら何でもないからね」
魔族のこれくらいって、人間のどれくらいなんでしょうか。よく分からないんですが……
……ん? 魔力が繋がってるって何?
シーラの胸を飾る首飾りがキラリと光った。
「知ってたよ、シーラ」
その言葉にばっと顔を上げるシーラの手首を掴み、ナタナエルはいたずらが成功した子どものような顔をした。
「ねえ、シーラ。それよりさ、もう一回聞きたいな」
するりと頬を撫でられて、身体がびくりと跳ねた。
「な、な、な、に、を」
「……まあ色々だけれど。……僕はシーラの望みを叶える為にこの時間に飛んだんだよ」
その言葉にシーラははっと息を飲んだ。
「君を手に入れるだけなら、あの場にいた人買いを殺して奪えば事足りた。だけどそうしなかったのは、君が口にしていたあの言葉を守りたいと思ったからだ」
「……」
シーラの願い。
あの時間軸、この場にも訪れて、毎日のように捧げていた祈り。
────日常が平和でありますように
それは毎日の、シーラの小さな世界の中での……ささやかな願い。
「だから僕の願いも叶えて欲しいなあ。僕は君にしか望めないんだから、その代わり君が在る限り、僕は君の願いを叶え続けると誓うよ」
キラキラ光る金色の瞳は綺麗だけど、吸い込まれそうで。
ああ、これがそうなのかとシーラは得心した。
きっとこれが魔に魅入られるという事なのだ。
ナタナエルの頬に手を伸ばし、シーラはそっとナタナエルに口付けた。
ナタナエルが壊した世界で、シーラは生きたくないと思った。
あの世界で壊れていったモノたちを想う。だからきっと、この選択は間違いでは無いのだ────と。
◇ ◇ ◇
「そう言えばナタナエルの目が時々金色になるのはどうして?」
「ああ、シーラとの子どもを望む時に変わるみたいなんだよね」
「……」
勇者は逃げ出した。
……しかし回り込まれてしまった。
1
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】裏切られ婚約破棄した聖女ですが、騎士団長様に求婚されすぎそれどころではありません!
綺咲 潔
恋愛
クリスタ・ウィルキンスは魔導士として、魔塔で働いている。そんなある日、彼女は8000年前に聖女・オフィーリア様のみが成功した、生贄の試練を受けないかと打診される。
本来なら受けようと思わない。しかし、クリスタは身分差を理由に反対されていた魔導士であり婚約者のレアードとの結婚を認めてもらうため、試練を受けることを決意する。
しかし、この試練の裏で、レアードはクリスタの血の繋がっていない妹のアイラととんでもないことを画策していて……。
試練に出発する直前、クリスタは見送りに来てくれた騎士団長の1人から、とあるお守りをもらう。そして、このお守りと試練が後のクリスタの運命を大きく変えることになる。
◇ ◇ ◇
「ずっとお慕いしておりました。どうか私と結婚してください」
「お断りいたします」
恋愛なんてもう懲り懲り……!
そう思っている私が、なぜプロポーズされているの!?
果たして、クリスタの恋の行方は……!?
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
愛を知らない「頭巾被り」の令嬢は最強の騎士、「氷の辺境伯」に溺愛される
守次 奏
恋愛
「わたしは、このお方に出会えて、初めてこの世に産まれることができた」
貴族の間では忌み子の象徴である赤銅色の髪を持って生まれてきた少女、リリアーヌは常に家族から、妹であるマリアンヌからすらも蔑まれ、その髪を隠すように頭巾を被って生きてきた。
そんなリリアーヌは十五歳を迎えた折に、辺境領を収める「氷の辺境伯」「血まみれ辺境伯」の二つ名で呼ばれる、スターク・フォン・ピースレイヤーの元に嫁がされてしまう。
厄介払いのような結婚だったが、それは幸せという言葉を知らない、「頭巾被り」のリリアーヌの運命を変える、そして世界の運命をも揺るがしていく出会いの始まりに過ぎなかった。
これは、一人の少女が生まれた意味を探すために駆け抜けた日々の記録であり、とある幸せな夫婦の物語である。
※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」様にも短編という形で掲載しています。
冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています
放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。
希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。
元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。
──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。
「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」
かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着?
優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。
【完結】追放された大聖女は黒狼王子の『運命の番』だったようです
星名柚花
恋愛
聖女アンジェリカは平民ながら聖王国の王妃候補に選ばれた。
しかし他の王妃候補の妨害工作に遭い、冤罪で国外追放されてしまう。
契約精霊と共に向かった亜人の国で、過去に自分を助けてくれたシャノンと再会を果たすアンジェリカ。
亜人は人間に迫害されているためアンジェリカを快く思わない者もいたが、アンジェリカは少しずつ彼らの心を開いていく。
たとえ問題が起きても解決します!
だって私、四大精霊を従える大聖女なので!
気づけばアンジェリカは亜人たちに愛され始める。
そしてアンジェリカはシャノンの『運命の番』であることが発覚し――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる