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番外編 異類婚姻譚 ー魔族と人ー 11. 永遠 (※レイ)
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捕らえられた牢獄で、レイはセラを思っていた。
自分はこのまま斬首となる。
それでいいとレイは思った。
セラと同じ場所に行ける。
けれど、ある声が邪魔をした。
「早まりましたね。今あなたが死んでもセラという魔族と添うことは出来ません。何故ならあの子はまだ生きているからです」
その言葉にレイは、はっと息を飲んだ。
小さな窓から差す月明かりを避けるように、影が一筋伸びてきて、レイの前でむくりと起き上がった。
ぽかんと口を開けるレイに影から赤い双眸が煌めき、瞬いた。
「聞こえました? セラは生きてますよ?」
レイは身体を強張らせた。
本能的に目の前のそれが何かを悟る。
「魔性……」
それを聞いて赤い眼差しが、すいと細まった。
「まあ何でも良いですが、あなたはこのままでは無駄に死にます」
「セラは……生き延びたのか……でも……」
「ご心配なく、無傷ですよ。その代わり人を沢山殺しましたが」
レイはホッと息を吐いた。
セラが人を殺した事など気にならなかった。それより無事だった事に安堵した。
目の前の影が揺らぐ。まるで首を傾げているように。
「あなたも人を殺しましたね」
その言葉にレイは頬を強張らせた。
手を汚した。
それに後悔は無い。
でも……
それ以上にセラの元へ駆けつけられなくなった自分の今の状況に失意を覚え、また下らない真似をした、たった一日の元妻に強い怒りを覚えた。
「人を裁くのは人」
目の前の魔物が人差し指を揺らしながら楽しそうに話す。
「人の邪魔をするのは、私たち」
その言葉にレイは目を見開いた。
反対に目の前の魔物は目を眇めた。
「言っておきますが、私はあなたを利用して、ちょっとした自分の利を得ようとしているだけですよ。それで良ければ、の話なんですがね」
レイは口元を歪めた。
「聞こう。けれど、きっと俺の気持ちは揺るがない」
「あなたは死にます。けれど、セラの近くにいる事が出来ますよ。ただ近くにいるだけで、何も出来ません。それであなたがあの子に見切りをつけたくなったら、いつでも死後の世に旅立てばいい」
レイは静かに聞いていた。
「例えばあの子に他に好きな人族が出来たとしたら……なんてね。我慢せず、さっさと死んでしまうのがよろしいでしょう」
険の混じるレイの瞳に少しだけ目を泳がし、魔物はそう締めくくった。
「その先には何がある?」
自分の言わんとする意味が分かっていないのかと、レイの言葉に魔物は首を傾げた。
「先……とは?」
「お前たちの望む未来と、俺の望むものには繋がりがある。だからこんな話を持ち掛けて来ている筈だ。少なくとも、俺がセラを捕まえられる未来はあるんだろう?」
魔物は思わずと言った風に笑い出した。
ケタケタと笑うその様は、確かに異形で、魔物と呼ぶに相応しいものだった。
「失礼、人間とは侮れない。本当はもっとあなたの心が壊れてからお伝えしようと思っていたのですよ」
弱った頭に絞られた選択肢を渡す。
そうしてこちらの見繕った未来を選ばせる……つもりだった。
セラは産まれたばかりで純粋なままに、人を好きになってしまった。
人を害す前に人に好意を持った魔族は……残念ながら一途だ。そういう意味であちらの心配はしていない。
通常魔族は産まれてすぐ人の世に放られる。
そして大抵人から欲を持たれ、抵抗する為に魔力を放ち、害すのだ。
セラのような例も稀にあるらしいが、聞いた事はあっても見たのは初めてだった。
興味深そうにレイを眺め、魔物は続ける。
「ずっと先の未来に、あなたと同じ存在があります」
「俺と同じ?」
魔物は首肯する。
「あなたはそこに生まれ変わる事が出来るでしょう」
レイは、はっと目を見開いた。
「セラもそこに……」
魔物は再び首肯する。
けれど、その様があまりに楽しそうなものだったので、レイは続きを促した。
「なんだ。全部話せ」
その言葉に魔物は些か不満そうな声を出す。
「つまらないですね。人らしくもっと悩み打ちのめされて病んでくれればよいものを」
そう言って嘆息する魔物に言われた通り、レイも自分自身の変化に気づいていた。
常軌を逸した行動を取った。
激昂し人を殺めた。
そしてそれを悔いる事もなく、自らの欲望に手を伸ばそうとしている浅ましさを……恥じてすらいない。
以前の自分には無かったものに満たされて、飢えている。
俯き考えに耽るレイに、「あ、もう病んでいますね」という揶揄うような魔物の台詞は無視し、先を促した。
「あなたが生まれ変わるその先に、セラを呼べばいい。あの子が応えてくれれば、あなたたちはそこで結ばれる事でしょう」
レイは瞳を揺らした。
「それは……どれくらい先だ……」
「さあ……? 人の言葉でいうと、悠久というやつでしょうか」
「そうか……」
レイの口元が笑みの形に歪んだ。
未来がある。
セラとの先が……
その様に魔物は微かに身動ぎしたが、一つ息を吐いて話を続けた。
「その未来で、私たちに協力してもらう事もありますが……ご了承下さいね。一つ間違えれば、再びあなた方は引き裂かれると肝に銘じておいて下さい」
その言葉にレイは顔を顰める。それでも……
「俺の望みが叶うなら、お前たちに協力する」
魔物は笑った。
「では契約成立という事で。取り敢えず死んでください。その後迎えに参りますから」
そう言って魔物は去って行った。
あれはただ下らない問答をする為に来た訳では無いだろう。だから、
レイは未来を思った。
だから死を怖いと思わなかった。
◇
魔物の約束どおり、レイは死後、ずっとセラの側にいた。
彼女が一人で過ごしている隣で、静かに寄り添った。
時々彼女が自分の気配を感じ、名前を呼んでくれるのが堪らなく嬉しかった。
そうして自分と共にあろうと、年老いていく彼女は美しいと思った。
彼女の心には自分しかいなかった。
それだけでレイは満たされていた。
そして────
セラが見た未来を自分も視た。
その時己に課されたものに、あの魔物を絞め殺してやりたくなったが、彼女を再び失う未来を共に見せられ、苦渋の決断となった。
今度こそ君と……
「愛してる、エデリー」
何度でも告げられる事に、その言葉が彼女の耳に届く事に、パブロは幸せを噛み締めた。
永遠ともとれる時を経て、二人はようやく結ばれた。
一方……
「満足したかい?」
「ええ……」
それは未来視を持つ魔族とは別の、未来を詠む精霊だった。
ある日見掛けた人間に視えた先に、面白そうな繋がりが見えたから、少し楽しもうと思った。
その精霊は、よく人に魔族と間違われる、所謂質の悪いものだった。
赤い目は害意の表れ。
人に対する嘲の証。
魔力を有する物なら表れる特徴だし、魔族だけのものではない。
だけど……
「人の身でこの時間を耐えるのか……」
正直それは想定外だったと言ってもいい。
彼があの人間に転生する事は揺るがないものだったけれど、記憶は無くとも、番えればそれが一番、人で言うところの幸せだろうと思っていた。
レイがあの未来に視えた時、悪戯心が芽吹き、人間の苦悶を見てやろうと声を掛けた。
ただ、どれ程目を凝らしても、彼が他の女を選ぶ未来が視えなくて、不思議に思ったものだったが……
正直根を上げ諦めると思っていた。
けれど彼は耐えた。
あの永い時間を、待った。
その間彼に興味を持った精霊がいた事は、彼の知るところでは無かっただろうけれど。
人に対する価値観を改めようかと思う程の事象。
彼は祝福を受けていた。二人の幸せを願う精霊たちから。
結局最初に目をつけた時とは違うものを突きつけられてしまったが……
まあこれはこれで、稀有な結果に巡り会えたと喜ぶべきか。
「本当に……まっこと恐ろしきは人の業」
目を細め、異形は一つ、呟いた。
◇
おしまいです。
読んで頂いてありがとうございました(*'ω'*)
自分はこのまま斬首となる。
それでいいとレイは思った。
セラと同じ場所に行ける。
けれど、ある声が邪魔をした。
「早まりましたね。今あなたが死んでもセラという魔族と添うことは出来ません。何故ならあの子はまだ生きているからです」
その言葉にレイは、はっと息を飲んだ。
小さな窓から差す月明かりを避けるように、影が一筋伸びてきて、レイの前でむくりと起き上がった。
ぽかんと口を開けるレイに影から赤い双眸が煌めき、瞬いた。
「聞こえました? セラは生きてますよ?」
レイは身体を強張らせた。
本能的に目の前のそれが何かを悟る。
「魔性……」
それを聞いて赤い眼差しが、すいと細まった。
「まあ何でも良いですが、あなたはこのままでは無駄に死にます」
「セラは……生き延びたのか……でも……」
「ご心配なく、無傷ですよ。その代わり人を沢山殺しましたが」
レイはホッと息を吐いた。
セラが人を殺した事など気にならなかった。それより無事だった事に安堵した。
目の前の影が揺らぐ。まるで首を傾げているように。
「あなたも人を殺しましたね」
その言葉にレイは頬を強張らせた。
手を汚した。
それに後悔は無い。
でも……
それ以上にセラの元へ駆けつけられなくなった自分の今の状況に失意を覚え、また下らない真似をした、たった一日の元妻に強い怒りを覚えた。
「人を裁くのは人」
目の前の魔物が人差し指を揺らしながら楽しそうに話す。
「人の邪魔をするのは、私たち」
その言葉にレイは目を見開いた。
反対に目の前の魔物は目を眇めた。
「言っておきますが、私はあなたを利用して、ちょっとした自分の利を得ようとしているだけですよ。それで良ければ、の話なんですがね」
レイは口元を歪めた。
「聞こう。けれど、きっと俺の気持ちは揺るがない」
「あなたは死にます。けれど、セラの近くにいる事が出来ますよ。ただ近くにいるだけで、何も出来ません。それであなたがあの子に見切りをつけたくなったら、いつでも死後の世に旅立てばいい」
レイは静かに聞いていた。
「例えばあの子に他に好きな人族が出来たとしたら……なんてね。我慢せず、さっさと死んでしまうのがよろしいでしょう」
険の混じるレイの瞳に少しだけ目を泳がし、魔物はそう締めくくった。
「その先には何がある?」
自分の言わんとする意味が分かっていないのかと、レイの言葉に魔物は首を傾げた。
「先……とは?」
「お前たちの望む未来と、俺の望むものには繋がりがある。だからこんな話を持ち掛けて来ている筈だ。少なくとも、俺がセラを捕まえられる未来はあるんだろう?」
魔物は思わずと言った風に笑い出した。
ケタケタと笑うその様は、確かに異形で、魔物と呼ぶに相応しいものだった。
「失礼、人間とは侮れない。本当はもっとあなたの心が壊れてからお伝えしようと思っていたのですよ」
弱った頭に絞られた選択肢を渡す。
そうしてこちらの見繕った未来を選ばせる……つもりだった。
セラは産まれたばかりで純粋なままに、人を好きになってしまった。
人を害す前に人に好意を持った魔族は……残念ながら一途だ。そういう意味であちらの心配はしていない。
通常魔族は産まれてすぐ人の世に放られる。
そして大抵人から欲を持たれ、抵抗する為に魔力を放ち、害すのだ。
セラのような例も稀にあるらしいが、聞いた事はあっても見たのは初めてだった。
興味深そうにレイを眺め、魔物は続ける。
「ずっと先の未来に、あなたと同じ存在があります」
「俺と同じ?」
魔物は首肯する。
「あなたはそこに生まれ変わる事が出来るでしょう」
レイは、はっと目を見開いた。
「セラもそこに……」
魔物は再び首肯する。
けれど、その様があまりに楽しそうなものだったので、レイは続きを促した。
「なんだ。全部話せ」
その言葉に魔物は些か不満そうな声を出す。
「つまらないですね。人らしくもっと悩み打ちのめされて病んでくれればよいものを」
そう言って嘆息する魔物に言われた通り、レイも自分自身の変化に気づいていた。
常軌を逸した行動を取った。
激昂し人を殺めた。
そしてそれを悔いる事もなく、自らの欲望に手を伸ばそうとしている浅ましさを……恥じてすらいない。
以前の自分には無かったものに満たされて、飢えている。
俯き考えに耽るレイに、「あ、もう病んでいますね」という揶揄うような魔物の台詞は無視し、先を促した。
「あなたが生まれ変わるその先に、セラを呼べばいい。あの子が応えてくれれば、あなたたちはそこで結ばれる事でしょう」
レイは瞳を揺らした。
「それは……どれくらい先だ……」
「さあ……? 人の言葉でいうと、悠久というやつでしょうか」
「そうか……」
レイの口元が笑みの形に歪んだ。
未来がある。
セラとの先が……
その様に魔物は微かに身動ぎしたが、一つ息を吐いて話を続けた。
「その未来で、私たちに協力してもらう事もありますが……ご了承下さいね。一つ間違えれば、再びあなた方は引き裂かれると肝に銘じておいて下さい」
その言葉にレイは顔を顰める。それでも……
「俺の望みが叶うなら、お前たちに協力する」
魔物は笑った。
「では契約成立という事で。取り敢えず死んでください。その後迎えに参りますから」
そう言って魔物は去って行った。
あれはただ下らない問答をする為に来た訳では無いだろう。だから、
レイは未来を思った。
だから死を怖いと思わなかった。
◇
魔物の約束どおり、レイは死後、ずっとセラの側にいた。
彼女が一人で過ごしている隣で、静かに寄り添った。
時々彼女が自分の気配を感じ、名前を呼んでくれるのが堪らなく嬉しかった。
そうして自分と共にあろうと、年老いていく彼女は美しいと思った。
彼女の心には自分しかいなかった。
それだけでレイは満たされていた。
そして────
セラが見た未来を自分も視た。
その時己に課されたものに、あの魔物を絞め殺してやりたくなったが、彼女を再び失う未来を共に見せられ、苦渋の決断となった。
今度こそ君と……
「愛してる、エデリー」
何度でも告げられる事に、その言葉が彼女の耳に届く事に、パブロは幸せを噛み締めた。
永遠ともとれる時を経て、二人はようやく結ばれた。
一方……
「満足したかい?」
「ええ……」
それは未来視を持つ魔族とは別の、未来を詠む精霊だった。
ある日見掛けた人間に視えた先に、面白そうな繋がりが見えたから、少し楽しもうと思った。
その精霊は、よく人に魔族と間違われる、所謂質の悪いものだった。
赤い目は害意の表れ。
人に対する嘲の証。
魔力を有する物なら表れる特徴だし、魔族だけのものではない。
だけど……
「人の身でこの時間を耐えるのか……」
正直それは想定外だったと言ってもいい。
彼があの人間に転生する事は揺るがないものだったけれど、記憶は無くとも、番えればそれが一番、人で言うところの幸せだろうと思っていた。
レイがあの未来に視えた時、悪戯心が芽吹き、人間の苦悶を見てやろうと声を掛けた。
ただ、どれ程目を凝らしても、彼が他の女を選ぶ未来が視えなくて、不思議に思ったものだったが……
正直根を上げ諦めると思っていた。
けれど彼は耐えた。
あの永い時間を、待った。
その間彼に興味を持った精霊がいた事は、彼の知るところでは無かっただろうけれど。
人に対する価値観を改めようかと思う程の事象。
彼は祝福を受けていた。二人の幸せを願う精霊たちから。
結局最初に目をつけた時とは違うものを突きつけられてしまったが……
まあこれはこれで、稀有な結果に巡り会えたと喜ぶべきか。
「本当に……まっこと恐ろしきは人の業」
目を細め、異形は一つ、呟いた。
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