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5. ラッセラード男爵家①
しおりを挟むラッセラード男爵家は新興貴族らしく、溢れる資産を物語るように洗練されていた。
最初に我が家が三つは入りそうな敷地の大きさに目を見張り、屋敷内の調度品の輝きに息を飲む。
「……っ」
「改装したんだなあ……」
「えっ」
平然としたイーライ神官の様子にを振り仰ぐ。
「ああ、すみません。私はずっと神殿暮らしでしたし、実家に立ち寄る事も無かったので」
にこりと笑うイーライ神官に思考が止まった。
──お坊っちゃまだった、この人お坊っちゃまだったんだ!
確かに立ち振る舞いが優雅だと思った事はあるけれど、神職に携わる者は総じてそうなんだと勝手に思っていたから……
隣に立つ神職者の意外な一面に二の句を告げられず固まるも、この家に一人で乗り込まずに済んだ事には感謝しかない。私は改めてイーライ神官に頭を下げた。
「あ、あの……イーライ神官様。これほどの規模のお屋敷とは露知らず、お付き添い頂き心強く思います。本当にありがとうございます」
「いえいえ、どう致しまして」
にこっと笑うイーライ神官は相変わらずで、思わずほっと和んでしまいそうになる。いけない、これからが本番なのに……
ぎゅっと目を瞑り気合いを入れ直す。そうしてイーライ神官のエスコートを受け、私は男爵家の門扉を通った。
王都に居を構えるラッセラード家のタウンハウスは、何が輝いているのか分からないくらい全てが尊い。
こうして見ると我が家は旧家だからとか、そんなのは戯れ言だと切って捨てられても仕方がない気がする……確かに身分をお金で買うのは卑しいとは言われているけれど。それに恥じない功績を国に齎したならば、それは褒賞というのだろう。胸を張って受け取るべきものだ。
少し調べたところ、男爵家は外資を稼ぐ才能を見出された事で叙爵したらしい。成り上がりと言ってしまえば、それまでだけれどそれは決して簡単な事では無い事を私は既に知っているから。そこには尊敬しかない。
反面、そしてそんな実績を目の当たりにして恥じるのもまた事実。我が家と言ったら貴族の名前を盾にお金を無心し、そのお金で贅沢品に飾り立て、それを当然と勘違いしてしまっている。
ラッセラード家との関係を断てば、そんな恥知らずな行為はやりようも無くなるし、私ももうこれ以上手助けはしない。出納管理をしっかり言い渡して、あの家を早々に離れる。
そんな中で、それは少し冷たいのではないかという思いも頭を掠めた。
……でもとにかく今は、男爵にきっちりと頭を下げなければ──
「お帰りなさいませ、イーライ様」
ざあっという音に意識を戻せば、目の前の使用人一同が一気に頭を下げていた。
「……」
「ああ、ただいま」
当たり前のように受け入れているイーライ神官が何だか遠い。……落ち着こう、これは私への挨拶じゃないんだから。
そうっと距離を測ろうと、一歩足を横に踏み出したところ、イーライ神官に腕を掴まれた。……この位置は固定らしい。
「兄さんと会う約束をしてるんだけど?」
「はい、もう応接室でお待ちしておりますよ。どうぞこちらへ」
そう言って案内をする執事の後を歩き、気合いをいれないと挙動不審者になりそうな自分を叱咤する。……うちの屋敷に来た時、フェンリー様はもしかしたら幻滅なさっていたかもしれない。加えてあんな婚約破棄を叩きつけてしまって……
果たして巻き返せるのだろうか。
一抹の不安を覚えるも、掌の温もりからイーライ神官の存在に勇気づけられる。
本当にこの人には助けられてばかりだ……
私は精一杯、背筋を伸ばして応接室を目指した。
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