【完結】出戻り令嬢の奮闘と一途な再婚

藍生蕗

文字の大きさ
9 / 35

9. 交渉の表と裏

しおりを挟む
「──っくしゅん!」
 急に込み上げたくしゃみに抗う術もなく……背中を駆ける悪寒にぶるりと身体を震わせた。

「あら嫌だ、風邪ですかレキシー様? 窓を閉めましょうか?」
 心配そうな顔で薄く開けた窓に手を伸ばすマリーに首を捻る。
「うーん、そうかしら。最近悪寒がするのよねえ」
「ああ~……」

 納得したような声を出しながら胡乱な顔をするマリーに首を傾げる。
「……無理しすぎですから、気をつけて下さい。心配ですから」
「ええ、ありがとうマリー」
「……」

 そんな会話を行きの馬車でして──

 フェンリー様の婚約者の候補者として、私が一番に思い付いたのフォー子爵家のアリーゼ嬢だ。彼女は推薦人一押しの淑女である。
 急な話にも関わらず話を聞いてくれる子爵夫妻も、本当に良い方々だ。


「あなたは本当にまあ、ご苦労の絶えない方ねえ……」
 品の良い群青のドレスに身を包み、優雅な所作でカップをソーサーに載せる。
 開口一番、心底感心という風に夫人は憂いの息を吐いた。
 天気が良いからと、サンルームで用意されたお茶の席は、周りを彩る植栽から日差しが注ぎ、柔らかな温もりに包まれている。

 用件というよりお茶会のような茶菓子の種類の多さにも、この夫妻の人の良さが窺えた。
 特に夫人はレキシーの事情を知り同情的なのだ。娘を持つ母として、思うところがあるのだろう。

 そんな親切心まで利用しているようで申し訳ないが……
 彼らが信を置く人たちであることも変わりない。何かあったらいつでも頼っていいと言ってくれた厚意に縋り。ここは感謝を全面に押し出した上で、甘えさせて頂く事にした。

 ……二人の婚約破棄の顛末はいずれ社交界に広まるだろう。なら醜聞を気にしていないで、先に信用の置ける人たちにきちんと話しておいた方がいい。
 私はビビアが長年の婚約者であるフェンリー様を、彼女のわがままで婚約解消に至った経緯をお話しした。

 父母を領地へ送る際、私はビビアに本当に婚約破棄をするつもりなのかと問う内容の手紙を持たせていた。
 しかしつい先日届いたその返事には、婚約破棄の書類に同意を示すサインをしたものが同封されており、もう何も言うまいと諦めたところだ。
 両親が一緒にいるというのに、私が説得したところで焼石に水だろう。

「……ブライアンゼ家のはお察しします。しかし……」
 フォー子爵は難しい顔で首を横に振る。
 我が家の現状とは窮状の事である。返すお金が無い代わりに立ち回る姿に、フォー子爵の疑念は分かる。
 
「だ、大事なお嬢様だという事は重々承知です! 勿論フェンリー様のお人柄も保障致します!」
 私がフェンリー様にお会いしたのは、あの婚約破棄の現場と、その後。男爵家に頭を下げに行った時に軽く挨拶をしただけだ。けれど先日男爵家に行った際、フェンリー様に許可を頂いた事がある。

 それはビビア宛に書かれた、十年分の手紙を読ませて欲しいというお願いだ。
 イーライ神官を通して頼んであったそれは、快諾とあったけれど……後ほど頂いたお礼の手紙への返信に、照れや羞恥が見受けられたので、イーライ神官のごり押しもあったのかなあ、なんて思ってはいる。けれどそれに許可を下さったのは、間違いなくフェンリー様のお人柄だ。
 その手紙も含めたそれらには、聡明さが窺える文面に、瑞々しい感性から情緒豊かな内面が読み取れた。

 これはもう、まごう事ない好青年だろう。
 お人柄も良く将来性を感じさせる頭脳、その上見目も良い。
 こんな人が妹の無作法に傷つくなんてあってはならない。私はそう訴え必死に頭を下げた。


「──分かりました」
 
 思わず顔を跳ね上げると、穏やかに笑うフォー子爵夫妻の顔が目に入った。
「いずれにしても年頃の娘ですから、そろそろ縁を考えなければいけない頃でした」
 子爵の言葉に夫人が頷く。
「あれで人見知りなところがありますから、これが良いきっかけになるかもしれません。……加えてレキシー殿ならお任せしたいと思いますから。良縁を期待しますよ」
「あ、ありがとうございます!」
 私は喜びに涙が滲んだ。

 ◇

 ──レキシーがフォー家に向かう数日前。

「……フェンリー、本当に良かったのか?」
 ブライアンゼ家の長女、レキシーが帰った後、ラッセラード男爵は息子に探りを入れた。
 
「ええ、だって叔父上がお喜びになるでしょう? 逆に断れば般若の如く怒り狂うのではないですか?」
 自分の婚約者に対する関心が、いくら何でも低すぎないだろうかと懸念する。将来男爵家を担う女性でもある。気に入らないからと、本人があまり適当に相手をするのも困りものだ。
 けろりと笑う息子に男爵は渋面を作った。

「言っとくがお前、あいつの弱みを握ろうなんて止めておいた方がいいぞ?」
 そう言うと息子は軽く笑い声をあげる。
「いやだなあ父上、俺はそんな事しませんよ。ただ叔父上が焦る様子なんて初めて見たから面白いなあ、なんて。俺が思っている事なんてそれくらいですよ」

 そう言ってくすくすと笑う息子から、男爵はそっと視線を逸らす。
 新興の男爵家なんて苦労するだろうと、上位の貴族にも負けないように教育してきた自覚はあるが……思ったよりも逞しく育ってしまった。貴族らしいといえばそうなんだろうが……

「それにしてもお前、婚約者相手に黄色い薔薇を持参するなんて……結婚するつもりも無かったくせに。知らず奔走する羽目になったレキシー嬢を気の毒に思うのは私だけか?」
 
 本来ラッセラード男爵は貴族らしい考えを貫く意識が高い。
 同情や憐憫にはきりがなく、また一時の自己満足は不毛な感情と位置付けている。

 ただそんな男爵でも個人の事情を知れば情も湧く。加えて貴族令嬢が形振り構わず立ち向かってくる姿に、何の感動も覚えない程無感動では無かった。

 役に立たない伯爵家で唯一貴族らしく振る舞うレキシーは逞しく好ましい。
 だからこそ、こうして影で画策している姿を目にしてしまえば、何だかやるせないと思うものだ。彼女は未来の義妹なのだから……


 そんな男爵の憂慮を他所に、フェンリーは鼻で笑った。
 そもそも自分の婚約者に興味を示さない筈は無いだろうと。
 ビビアとは手紙のやりとりだけであったものの、彼女に対しては割と早い段階で疑問を抱いていたのだ。

 やる気の無い上に稚拙な文章、返信の遅延に、他の男の話題なんてものもあった。屋敷に耳目を忍ばせるのも、婚約破棄を目論むのも当然の成り行きである。

「俺についてはお構いなく。こうなるのは必然だっただけでしょうから。それに叔父上なら、レキシー様が自分の為に走り回っていると勝手に解釈してますよ。喜んでいるんじゃないですか?」

 ……そうか、そうだろうか。
 男爵は思わず胡乱な眼差しになる。
 加えて息子と話していると、弟といるような錯覚を覚えるのは気のせいか。
 誠実に育って欲しいと接してきたつもりなのに、いつの間にこんな事になったのか。

 投資を学び、学園に入学する頃には自分の知らない使用人を雇い使い出していた。商才がある事は喜ばしい事ではあるのだが、自分の頃と比べて空恐ろしく感じるのもまた事実……
 男爵は首を振って迷い込みそうな思考から抜け出した。

「──まあレキシー殿には、いずれきちんと謝罪しよう」
 それは妙なものに目をつけられてしまった事だろうか。それを押し付けられる事だろうか。

「そんなに心配しなくとも、幸せならいいと思いますけどね」
 そう言ってフェンリーは肩を竦めた。
 相手の幸せはよく分からないので、自分の幸せに巻き込めばいいんじゃないかと、フェンリーは思う。

 加えて叔父がいずれ作る自分の箱庭で、愛する人を大事に囲いたいと願うのは、ごく普通の愛情表情じゃなかろうかと、フェンリーは内心で首を傾げた。

「それにレキシーさんの選ぶ相手というのも興味があります。彼女への印象は悪くないですし。楽しみだなあ……きっと素敵な令嬢だと思うんですよね」

 叔父上が判を押す人が選ぶのだから。
 そう言ってくすくすと笑い声を立てる息子から目を逸らし、男爵は未来の彼らの妻たちに、そっと謝罪した。


 ◇


黄色の薔薇の花言葉 → 別れよう

全般的にネガティブな意味らしいですが、フェンリーの意図はここにあったという事で。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係

ayame@アンジェリカ書籍化決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________

身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~

ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。 彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。 ――死んだはずの彼女が、生きている? 同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。 「今さら、逃げ道があると思うなよ」 瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。 秘された皇子と、選び直した愛。 三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?    * * * 後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。

【完結】逃がすわけがないよね?

春風由実
恋愛
寝室の窓から逃げようとして捕まったシャーロット。 それは二人の結婚式の夜のことだった。 何故新妻であるシャーロットは窓から逃げようとしたのか。 理由を聞いたルーカスは決断する。 「もうあの家、いらないよね?」 ※完結まで作成済み。短いです。 ※ちょこっとホラー?いいえ恋愛話です。 ※カクヨムにも掲載。

転生令嬢は腹黒夫から逃げだしたい!

野草こたつ/ロクヨミノ
恋愛
華奢で幼さの残る容姿をした公爵令嬢エルトリーゼは ある日この国の王子アヴェルスの妻になることになる。 しかし彼女は転生者、しかも前世は事故死。 前世の恋人と花火大会に行こうと約束した日に死んだ彼女は なんとかして前世の約束を果たしたい ついでに腹黒で性悪な夫から逃げだしたい その一心で……? ◇ 感想への返信などは行いません。すみません。

ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!

satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。  私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。  私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。  お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。  眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!

サバ読み令嬢の厄介な婚約〜それでも学園生活を謳歌します!〜

本見りん
恋愛
療養中の体の弱い伯爵令嬢と、4つ年上の庶子の姉。 シルビア マイザー伯爵令嬢は生まれつき体が弱かった。そんな彼女には婚約者がおり、もうすぐ学園にも通う予定だったが……まさかの駆け落ち。 侯爵家との政略結婚を断れない伯爵家。それまで病弱で顔の知られていなかった妹の代わりに隠された庶子の姉フィーネがその身代わりになり学園に通うことに……。 まさかの4歳もサバを読んで。 ───王立学園での昼下がり、昼食の後お喋りに花を咲かせる令嬢たち。 「───シルビア様は、本当に大人びて……いえ、……落ち着いていらっしゃるわねぇ」 「ま、まあ……。そうですかしら? うふふ?」  ……そりゃ、そうですわよね。  だって本当は私、貴女方より4歳も年上なんですもの……!  今日もフィーネは儚げな笑顔(演技)で疑惑を躱しつつ、学園生活を楽しむ。しかしそんな彼女の婚約者は……。  サバ読み令嬢の、厄介な婚約の物語

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

処理中です...