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1章

07.

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「!!!」

 放り出された先でセリーの花が眼前に迫り、セシリアは驚きに開けた口を慌てて閉じた。

「──ちょっとミルフォード! 何してるのよ!」
 転がり落ちた花畑で、セシリアは自分を庇い衝撃から逃した相手を叱りつけた。けれどその台詞を受けミルフォードはいつになく感情を露わに声を荒げた。

「君こそ何をしてるんだ! 馬鹿なのか!? 死にたいのか!?」
 その勢いに尻込みするものの、つい普段の調子で言い返してしまう。
「な、何よ! ……ど、どこの世界に借金返済前に命を投げ捨てる公女がいるのよ! いたら会ってみたいわ! つ、連れてきなさいよ!」
「……ああ全く本当に、その通りだな!」
 前髪をくしゃりと掴み、ミルフォードが珍しく苛立ちを顕にしている。

「うわあああん!」
 しかし呑気に喧嘩している場合ではない。
 声のする方を勢いよく振り返れば、双子がお互いを抱きしめながらブルードラゴンの前でへたりこんでいた。

 狭い丘の中、竜の存在が目前に迫る。
 空に舞うセリーの花がだけが妙に幻想的だ。
 そんな中ブルードラゴンが尾をしならせた。ドォンと重量感のある音がセシリアの意識を現実に引き戻す。ビクリと震えるセシリアをミルフォードが抱えるように強く抱き寄せた。
 
 セシリアは息を呑み、身を固くして竜と双子の様子を注視する。
 黄色い瞳は縦に割れ、双子に狙いを定めているようだ。──が、どこか苛立った様子のドラゴンは、双子を威嚇しつつも襲い掛かる様子は見られない。
(何故──?)

 ドラゴンは賢い種族とは言え、出産前後はどの母体も等しく神経質な筈だ。それこそ異分子が目の前に現れれば本能は片付ける事を優先させる。
 
「……っ、卵」
 隣で呟くミルフォードを振り仰ぎ、彼の視界の先を辿る。
 そこには竜に捧げられるように卵が置かれていた。双子との距離を見るに、置いたのは彼らのようだ。
(どういうこと?!)
 視線を走らせればドラゴンの背後に、確かに産卵の跡がある。親に温められている卵のものと……同じものが双子とドラゴンの間に置かれている。

「……まさか、拾ったのか……?」
「え……それって、巣から落ちたって事……?」

 確かにここは高台で、坂道をころころと行ってしまう事はなきにしもあらず。
 困惑するセシリアを他所に、ミルフォードは眉間の皺を深めている。普段の優雅な姿と掛け離れたその様子は、こんな状況でもなかったなら、きっととても驚いた事だろう。

「恐らくあの子供たちの匂いが卵についてしまっているんだろう。ドラゴンは自分の卵だと認識しているようだが、それで余計に苛立ちを募らせている。……生き物の産卵は神経質なものらしいからな……」
 逆に言えばそれが理由で双子は竜に襲われていない訳だ。

「……うえっ、ごめんなさい。巣から落ちた卵はもう助からないって聞いての」
「でもまだ生きてるみたいだったから二人で育てようとして……」
「ドラゴンのだって知らなかったのっ。……っ、うわあああん!!」
「ごめんなさああい!!」

 ブルードラゴンに向かい必死に弁明を口にしている子供たちに、セシリアは概ね状況を把握した。
 しかしタイミングが悪かった。
 張り詰めていたドラゴンの神経が、双子の叫びでぶつりと切れた。
 竜が咆哮する。
 
 咄嗟に飛び出そうとするセシリアをミルフォードが花畑に押し付けた。
「ぶべっ」
 潰された蛙のような声を上げながら、セシリアを押し退け駆け出すミルフォードの横顔を見上げた。
「ミルフォード!」
「君は逃げろ!」
 先の自分と同じ台詞を放ち、ミルフォードは背を向ける。
 セシリアの叫びに竜の意識がこちらに向いた。
 自分の取った悪手にセシリアが顔を青褪めさせたのと同時に、ドラゴンが轟音のような唸り声を上げ、全身でミルフォードを威嚇した。
 
 そしてその弾みで竜の尾が双子を薙ぎ、華奢な身体は花畑に払われた。
「ああ──っ!」

 悲鳴を上げるセシリアを他所に、ブルードラゴンは爪を剥き出し四肢を大地に突き立てた。裂けるように開いた口の真っ青な、その奥から竜のブレスが淡い光と共に迫り上がってくる。
 ミルフォードは左に跳躍して竜の意識を引き受けたまま移動する。一息遅れて吐き出されたブレスはミルフォードのあった場所を焦がし、青の軌跡が半円を描いた。
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