【完結】京都若旦那の恋愛事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜

藍生蕗

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2. トラブルはトラブルを呼ぶらしい


 そんな男性の風貌に史織の緊張が少しだけ解けた。
 ただ男性の方は史織の心情に興味は無いようで、再び向こうを向いてしまった。ちっ、とか舌打ちまで聞こえてくる。
(う、申し訳ない……)
 思わず顔を俯ければ再び男性から叱咤が飛んでくる。
「──泣くなや、今こっちで話しておくから。ちょっと待ってろ」
「……」

 心細さと居た堪れなさに俯く中、意外な気遣いで急に気持ちが浮上する。我ながら単純だと思ってしまうけれど、嬉しい。
「ありがとうございます……」
「ああ」
 
 再び二人に向き直った男性は、観光客が示す地図を見ながらやりとりを始めた。ふと会話の途切れた瞬間、二人と目が合い、史織は思わず男性の服の裾を掴んだ。

「Oh,is that so……」
「Do it well!」
「……」
 急に破顔する二人に対して男性の背中からは冷えた空気が漂ってくる気がするが……

 やはり良く分からないまま、男の人たちはHAHAHAな感じで去って行く。
「──何がやねん、あほくさ」

 史織がほっと一息つく一方で、男性は悪態をついているが……取り敢えず一つ問題が片付いた事を有り難く思う。
 改めて目の前の背中を見上げれば、成人前の子供のようだ。
 それなのに自分の為に立ちはだかってくれたのかと思うと、その勇気に感服してしまう。
「あ、あの。本当にありがとうございま──」
 言いかけたまま固まってしまったのは、目の前の男の人の首が一気に史織に振り向いたからだ。

(わ……)
 何というか、改めて見ると……怖い……
 髪はほぼ金髪で、目つきが鋭い。
 顔立ちは整っているのだが、不機嫌さを隠しもせずに圧が凄くて、史織は思わず閉口してしまう。
 加えて、意識はしていなかったが……和装だ。

 その印象のちぐはぐさに、急にどう反応していいか分からなくなり、史織は握りしめていた裾を急いで離した。それと同時に飽きれた声が上から降ってくる。

「あのなあ、君バカやの? こんな道中で立ちんぼさんしてたら、そりゃあ誤解されてもしゃあないわ。何してんの、迷子か? お父さんかお母さんは?」
「あ、あの……」

「それともまさかナンパ待ちでもしてたんやったら、ごめんて話やけど?」
 ……勢いが凄くて言葉が継げない。
 口を開けたまま固まっていると、男性は胡乱げな顔で史織をじろじろと見た後、懐手をして溜息を吐いた。
「俺、君みたいにいい歳してすぐ泣くような女は嫌いやねん。どうせ黙って泣いてれば周りが何とかしてくれると思ってるんやろ」
 ずばりと言われて思わず身動ぐ。
 確かにこの性格で、誰かを助けるよりは、助けて貰う方が多いけれど。別に待ってる訳でない。……普段は。

「べ、別にそんな事は……」
「嘘やね、さっきも何も言わんとべそかいてたやん」
「それは……」
 言わなかったんじゃなくて、言えなかったのだ。単純に言葉の問題だけれど……思い切って逃げるには、靴がこんな状態だったし……

 視線を落とせば形だけはまともなスニーカーが目に留まる。
 史織にしてみたら、にっちもさっちもいかない状況ではあるのだけれど。目の前の男の人には甘えが透けて見えたのだろう。
「迷惑を掛けて、ごめんなさい……」
「ふん」

「……」
「……」

 そのまま気まずげに立ち尽くす史織だが、何故か男の人も立ち去らなくて困惑する。
 そっと見上げれば彼は眉間に皺を寄せ、仁王立ちのままだ。

「何してんねん、早よ行けや。こんなところで一人でボケっとしてたらまた絡まれるやろ。お前みたいに観光丸出しの隙だらけな女はいいカモや」
 男の人の苛立ちの原因はこれらしい。
 確かにここにいてはまた同じような事があるかもしれないのだから。動かない史織に焦ったく感じるのも無理は無い。が……

「……その、お構いなく」

 動けないので仕方がない。
 史織は目を彷徨わせた後、何とかそれだけ口にした。
 しかし動こうとしない史織に男の人はどう思ったのか、彼もまた僅かに身動ぎしただけで、やはり動かない。
「何でや、俺の言いようが気に入らんくて意地でも張ってるんか? 下らないでそんなもん」
「いえ、そうではなくて……」
 流石に壊れた靴を持ち、靴下で立ち去る姿は見られたくない……

「えーと、素敵な街並みだなー。なんて……もうちょっと見ていてもいいかなあ、と」
「……ふうん」

 何となく愛想笑いでごまかしてみる。
「あの、助けて頂いてありがとうございました」
 だから早く立ち去ってくれないかな、なんて願いを込め、史織は改めて頭を下げた。

「ふん、もういいわ。アホらし、ほなな」
 踵を返す男性にホッと息を吐き出すのと、史織の背中に誰かがぶつかるのはほぼ同時だった。
「……あっ」
 がくんと身体が傾ぐ。
「あ、ごめんなさい」
 思わずたたらを踏む史織に目礼だけして、その人は通り過ぎてしまったけれど。
「……何やそれ」

 壊れた靴。
 男性にはばっちり見られてしまった。
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