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4. 弁解できないのが一番辛い
相変わらず不機嫌そうな、その空気に気圧されして史織は奥へと身を引いた。その空いたスペースに身を収める葵を思わず凝視する。
「……ついでだから手伝ってやるわ。大学の課題やねん、人に……親切にするの」
(あ、大学生だったんだ)
もっと年下かと思った。いや、それより──
どんな課題なんだろう。
口にしてはいけないような気がして黙っていると、前を睨みつけている彼の横顔の、その目元が薄らと赤くなっているのが見えて、思わず力が抜けてしまう。
(照れてる……)
「それは……いい大学ですね」
思わず笑ってしまえば、葵も気を良くしたように口の端を吊り上げた。
「そうやろう。んで、どこに行こうとしてたんや」
「高台寺です。知り合いから聞いて」
「ふうん」
高台寺のライトアップは綺麗だったと、以前友人から聞いた話が耳に残っていたのだ。たったそれだけだったけど、史織が数ある見どころから選ぶには充分な理由だった。
ガイドブックを見ていても気になったし、楽しみにしていた場所だ。だから行けないと萎んでいた気持ちが再び期待に溢れる。
「楽しみだったんです、ありがとうございます」
「……別に」
益々笑顔になる史織からさっと視線を逸らし、葵は運転手に高台寺行きを伝えた。
「わあ」
タクシーを降りて見上げれば、暗がりに浮き上がる幻想的な風景が見渡せた。きらきらと照らされた照明の中にも情緒があり、昼に見て周った寺院の雰囲気とガラリと違う。けれど、とても綺麗だ。
興奮に辺りを見回していると、葵が手を出してきた。
「暗いから気をつけえ……ほら」
その手に目をやり、史織はぱちくりと目を瞬いた。
「──っだから、ただの親切やって!」
「は、はいっ。足元が暗いからですね!」
慌ててその手を掴めば、葵はびくりと反応した。
「そうやろ、普通転ぶからな」
「……ありがとうございます」
そう言ってから史織はくすりと笑った。
「何や……」
「いえ、素敵な課題だなって、沢山嬉しい気分になっています」
あとは人は見かけによらないなあ、なんて少しだけ。けれど嬉しくなってしまう。
「なら……良かったと、思う」
ぎゅっと手を繋いで、隣に誰かがいて。
何だかこんなのは久しぶりだなんて思い、ふと疑問が浮かぶ。けれどそれを口にするのは憚れて、口数は段々と少なくなっていく。
高台寺は秀吉の妻、寧々が建立した寺だ。
そのせいか、その趣はどこかたおやかで美しい。
そんな中だから、特に何も言わなくても、紅葉と景観に感動しているように見えるだろう。
知らない土地で、知らない誰かと一緒に、何だか夢の中を歩いているような気分になる。
そぞろ歩いて雰囲気を楽しむだけだけれど、とても楽しい。
(いいのかな)
ちらりと見上げる。
もしかしたら決まった人がいるかもしれないのに……
先程頭を掠めた疑問が再び持ち上がる。
いい人だから、そんな相手がいてもおかしくないのだ。
大学の課題で、誤解されそうな近さで寄り添っている。けれど、浮かんだ疑問を口にして、このあやふやな関係を壊してしまうのは、何だか野暮な気がする。
それなのに、今だけだからと思いながら、その距離をもどかしく思ってしまうのだから不思議に思うけれど。
それでも最初よりずっと緩んだ表情をしている隣の葵に嬉しく思っていると、ふとその顔が強張った。
「あ、葵だー」
「何してんのー?」
さっきまで凪いでいた彼の横顔に険悪さが混じる。
「……別に何も」
そんな葵の様子を気にした風もなく、友達だろうか。同じ年頃の男女がこちらに近づいてきた。
「あれ、乃々夏やないやん」
史織の顔を覗いた男性が発した言葉に、史織は慌てて繋いでいた手を離した。葵がはっとこちらを向いたのが分かったが、振り返る事は出来ない。
だって乃々夏……それはきっと女性の名前だ。
葵を見上げれば強張った顔のまま、黙って史織を二人から隠すように立ち塞がった。
「誰だっていいやろ、何か用か?」
「……え? いや、別に」
気まずそうに視線を交わす男女に史織の気持ちが焦り出す。
このままでは何か誤解されてしまうかもしれない。
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