【完結】京都若旦那の恋愛事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜

藍生蕗

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10. あれ、騙された?

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 史織は勤め人だ。
 だから一ヵ月の間、理由もなく仕事を休めない。

 だからそこは千田が根回しをした。

 ──『有名老舗旅館のおもてなしを知る』企画。

 レポートだ。

 半年程前に史織が提出してボツ案となった企画が通り、そのレポートを書くという、建前の仕事ができたのだ。
 自分の欲望の限りを書き連ねた企画書だったので、かなり熱を入れて書いたのを覚えている。だからボツった時はがっくりと落ち込んだのだが、今更こんな形で日の目を見るのも複雑だ。
 
 ただその記事が活かされるかどうかは正直怪しい。凛嶺旅館の許可を得られるのは、麻弥子と朔埜の婚約が成立しないと、それくらいのコネがないと難しい。

 まあ、難しい話は置いとく事にしよう。
 当事者でありながら他人事のような話ではあるが、既に現状にいっぱいいっぱいであるのも事実なのだ。
    
「西野 佳寿那です」

 そんな事が頭を掠める中、史織は偽名で挨拶をした。
 千田の事を考えていたら、少しだけ冷静になれた気がする。

 ついでに大学時代、着物の着付け教室に通って良かった、とか。その流れで礼儀作法の初級講座を受けておいて本当に良かった、なんてそんな思いが頭を駆け巡った。

「どうも、おこしやす。頭を上げて下さいまし」

 三つ指をついて史織が頭を下げていると、頭上から澄んだ、けれどぴしりと厳しい声が響いた。
 四十代後半くらいだろうか。案内人に三芳と呼ばれていた女性は、書き物をしていたらしい手を止めて、眼鏡を外し史織を見た。

「西野さんですってね。あなたの教育係を務めます、三芳といいます。葦野あしの様に頼まれたら、うちかて嫌なんて言えまへんけど。来たからにはきちんと教育せな、凛嶺旅館の──四ノ宮の名前に傷が付くさかいに。きっちり躾させて貰いますわ」
「は、はい。よろしくお願いします」

 葦野、というのは、伝手を得るために用意した名前だろう。……史織がここに潜入するだけで、どれだけの人が関わっているのか……しかも中味は、ただのお見合い相手のリサーチである。

(割に合わないような)

 気がしなくも無くも無いが。
 
 まあ、これも気にしない方がいいだろう。当人が気にしていない事を史織が気にしても仕方がない。

 そんな事より──
 折角凛嶺旅館に来れたのだから、是非特室にも足を運びたい。
 この為に来たと言っても過言でもない潜入調査だが、実は自分が客じゃない事に史織が気付いたのは、つい今しがたであった。
 ──当たり前だが寛げない。

(これって詐欺って言うんじゃないのかな……)

 目の前の三芳女史の貫禄に押しつぶされそうになりながら、史織はひっそりと母を恨んだ。
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