12 / 49
11. 四ノ宮 朔埜①
「──何で見合いなんてしなきゃならんのや」
「いい機会やろ。じいに感謝せえ」
素気ない物言いに朔埜は祖父──四ノ宮 水葉を睨みつけた。
囲炉裏を火かき棒で掻き混ぜ、水葉は朔埜に向き直った。
きちんと正座をしているこちらに対し、祖父は胡座だ。それがお互いの立ち位置が分かる図式でもある。
朔埜には十八歳の時から家が決めた、二歳年上の婚約者があった。
けれど朔埜が大学卒業と同時にと約束していた結婚が、纏まらなかったのだ。
彼女は二十五歳。このご時世では遅くは無いが、良家の令嬢としてはそう言われる年頃らしい。
結局それが隙を作り、まだ若いのだからと、見識云々と別の縁談が舞い込むようになってしまった。
今尚名家と呼ばれる四ノ宮家と、縁付きたいと願う家はそれなりにあると言う事だ。付き合いのある家からのものだから、顔を合わせるだけならば、断れない。
朔埜は、はーっと息を吐いた。
──だとしても、あの人選には多少の悪意を感じているからだ。
「……なあ、旅館。どうしても俺が継がなあかんのか」
「四ノ宮の当主はお前や」
膝に置いた手にぎゅっと力を込めると、それを見咎めるように祖父は目を眇めた。
「他に好きな女がいるんなら、妾にしたらええ」
握り締めた手がぴくりと動く。
「そんなん、俺が嫌なの分かって言うてるやろ……」
「……」
そもそも朔埜が妾腹の子なのだ。
いや、当時父は結婚していなかった。
二人が付き合っている中で母が妊娠し、父は認知した。けれど家の事情で結婚には至らなかった。
というか、何も持たない母との結婚に、父が踏み切れなかったのである。
そうしてそこそこのお金を渡され、朔埜は母と共に父の元を去った。
それから十五年経ったある日、祖父が朔埜を迎えに来た。母は再婚していたし、朔埜は家を出てほぼ自活していたから、最初は四ノ宮と言われてもピンと来なかった。勿論父親という言葉に浮かんだ感情も忌まわしいものでしかない。
その頃の朔埜は、所謂不良だった。
染髪に着崩した制服。
自分の存在意義さえ不明瞭になり、真面目にやってるのも馬鹿らしくて、不貞腐れていた。だから両親も朔埜を遠ざけたのだろうけれど。
それなのに目の前には祖父を名乗る人がいる。
血縁者ではあるが、見た事も聞いた事もない人。それなのに──
『やあ、初めまして』
朔埜は何故か、この老人にどう声を荒げていいのか分からなかった。ただの年寄りとして片付けるには、曲者感が否めないけれど……
人の家にちゃっかり上がり込み、興味深そうに部屋を見回している。自分の部屋なのに、何故か朔埜の方が居た堪れない。
そんな朔埜を見透かすように、目の前の老人は懐手をして口の端を吊り上げた。
『心配するな、お前に何の価値も無ければ直ぐに解放してやる。生活に不安があるならその後の最低限の保障もくれてやろう』
警戒を露にする朔埜に対し、何一つ大した事は無いという風に、祖父はからからと笑ってみせる。
不思議と、それが朔埜に響いた。
自分を都合良く躾るでもない、懐柔するでもない。ただ手を差し出すだけの祖父の姿が、朔埜の心を擽った。
『こっちの都合もあってな。目ぼしい奴はあらかた見たが、これと言うもんがおらんかった……気楽に応じてくれんかの。悪いようにはしないが、大したもてなしもせん』
独り言のように呟いた水葉の言葉が朔埜の気持ちを後押しした。
(悪くないかもしれない……)
『……ええよ』
そうして朔埜は四ノ宮に行く事を選んだ。
理由は祖父に嫌悪を覚えなかった事が一つ。
もう一つは、高校の入学金を支払うと言ってくれたからだ。
年々少なくなる仕送りでは生活するには足りず、朔埜は年齢を誤魔化してアルバイトをしながら学校に通っていた。
だから大卒と中卒の仕事の違いも、給与への影響も知っていた。更には使われるより使う側の方がいい。……そう先を考えるなら、高卒以上の学歴がどうしても欲しかったのだ。
母には引っ越す事だけ葉書で送ったが、どう思ったのかは知らない。何の連絡も返って来なかったから。
……きっと四ノ宮に行く事を決めた朔埜を怒っているのだろう。母にとっては自分を受け入れ無かった家。
けれど、母が新しい家庭を築き、そこに入れて貰えない朔埜は、自分でどうにかしないといけない。
与えられるチャンスを選り好みしている余裕は朔埜には無い。それだけだと四ノ宮家へ向かうトラックに乗り込み、見送りの無い後ろを振り返った。
◇
結局朔埜は大学まで進むように祖父に命じられた。
四ノ宮の旅館業を学びながら、自分の今後を模索する。
そうして過ごしている間に、祖父は朔埜を後継に指名してしまったので驚いた。朔埜の父も結婚しており、息子が他にいたからだ。
一族からの反発があるのでは無いかと懸念したが、誰も当主の決定に否やとは言わなかった。
そういう家系なのだろうか……そもそも何故父は祖父の後を継がないんだろう。
その疑問は直ぐに解決する事になる。
父は東京にいた。
今や手広くやってる四ノ宮の経営母体は東京にあり、父はそちらを纏める経営のトップとなっていた。
老舗旅館の経営とは規模も動く金銭も違う。四ノ宮家の本質は旅館業とは言え、今やそちらの方が四ノ宮を支える母体と言っても過言ではなかろう。
けれど四ノ宮の「当主」は祖父である。
その辺の違いは朔埜には分からない。けれど、
(多分、親父は事業を「息子」に継がせたいんやろな)
そう思った。
四ノ宮家は当主を必ず京都に置くという慣わしがある。
朔埜の弟は四ノ宮家の正妻の息子だ。恐らく父は、その息子に東京の仕事を渡したいのだろう。
その為に朔埜を京都に縛りたい。
なんだと思った。
けれど、
『お前は誤解している』
朔埜の心を見透かしたように祖父が笑った。
『四ノ宮は、京都が一番強い』
朔埜には祖父の言わんとしている事が分からなかった。
少なくともその時は。
あなたにおすすめの小説
小さくなった夫が可愛すぎて困ります
piyo
恋愛
夫が、ある日突然、幼児の姿になってしまった。
部下の開発中の魔法薬を浴びてしまい、そのとばっちりで若返ってしまったらしい。
いつも仏頂面な夫が、なんだかとっても可愛い――。
契約結婚で、一生愛とは無縁の生活を送ると思っていたノエルだったが、姿が変わってしまった夫を、つい猫可愛がりしてしまう。
「おい、撫でまわすな!」
「良いじゃありませんか。減るもんじゃないし」
これまで放置されていた妻と、不器用に愛を示す夫。
そんな二人が、じれじれ、じわじわとお互いの距離を詰めていく、甘くて切ない夫婦再生の物語
※本編完結済(全26話+後日談1話)、小話追加中
※一章ほのぼの、二章シリアスの二部構成です。
※他サイトにも投稿
完璧な政略結婚のはずでしたが、宰相閣下の“私の妻”扱いが甘すぎます
星乃和花
恋愛
政略結婚のはずでした。
家同士の利も、立場の釣り合いも、全部きちんと整った、完璧に合理的な結婚。
……なのに、夫となった冷徹宰相は、なぜか人前で私を「最高の妻」と紹介し、暮らしを完璧に整え、他人に近づかれると不機嫌になってしまいます。
“天使”と噂される穏やかな令嬢フィオナもまた、
そんな不器用な優しさに少しずつ心をほどかれて――。
これは、条件で選ばれたはずの夫婦が、
いつの間にかお互いを“ただ一人”として欲しくなるまでの、甘くてやさしい政略結婚物語。
(完結済ー全8話)
【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。
たまこ
恋愛
公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。
ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。
※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした
ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。
しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義!
そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。
「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました
22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。
華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。
そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!?
「……なぜ私なんですか?」
「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」
ーーそんなこと言われても困ります!
目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。
しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!?
「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」
逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?