【完結】京都若旦那の恋愛事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜

藍生蕗

文字の大きさ
17 / 49

16. 意外な邂逅③

しおりを挟む

(会いたかった……)
 ここでどれだけ待ってももう会えない事は分かっているけれど。
 文句の一つも言って……心配の言葉くらい掛けたかった。
 ふらりと立ち上がり、駅から外に出れば、空はすっかり深い青に塗りつぶされていた。
(昨日はこんな時分に会ったのに)

 当たり前だけど、今日はもういない。
 彼女は帰ったのだから。

 公共の機関を使うのが面倒くさくなって、タクシーを止めた。たった数年でお金の感覚が変わった我が身に苦い笑いが込み上げる。
(──どうせすぐ忘れる)
 そうして朔埜も家へと帰った。

 ◇

 旅館に戻ると玄関先に祖父がおり、朔埜をにんまりと出迎えた。
「なんや珍しいな。奥座敷から出てくるん」
 最近は引きこもりと化した祖父に胡乱な眼差しを向けるも、本人はどこ吹く風だが。

「帰ってきたら、ただいまやろ。それより、どうしたその顔は? ん? じいに話してみい。お前の力になってやるかもしれないぞ?」
 
 自分の今の表情を揶揄されて、朔埜は狼狽えた。
 落ち込んでいるところを見透かされたようで。けれど今まで朔埜が育った環境では、泣き言なんて誰も聞いてくれなかった。だから弱みを指摘された事で、いつもの負けん気が顔を出してしまう。

「いらん、これ以上あんたから何か欲しいと思わん」
 今の分だけで上等で、自分が充分感謝しているとは、恥ずかしいので言葉にしない。

「ほほー、いいのかなー、じいには何でもお見通しやと言うんになあ。お前の意中の相手もほれこの通り。しっかり手に入れてるで」
「んなっ?」

 慌てて祖父が持つ写真に手を伸ばすも、ちょこざいなじじいにひょいと躱される。
「……俺を付けてたんか!」
 じろっと睨むと、祖父はふふんと得意げに鼻を鳴らした。
「当たり前やろ、お前は四ノ宮の後継者や。じいが決めた。決めたからには安全確保が必要やろ」
「張込み調査の間違いやろ。なんや、ずっと俺を監視してたんか。血縁者なんて言葉で油断させておいて……」
「まあ、そう勘ぐるな。確かに素行調査はしとったよ。けどそれより前にじいは、ほら。なんて言った?」

 気色ばんだ顔で両手を広げる祖父に胡乱な目を向ける。
「知らん」
「ちょっと、そこ大事やぞ? ほら、お前が後継やて、な? だから仕方ないやろ。なあ拗ねんなて」
 別に拗ねてるつもりは無いけれど。

 四ノ宮家が老舗旅館を経営する名家なのだとは、ここで暮らす数年で知った。だからこそ朔埜はここに馴染まないよう、心を塞いでこの家と距離を取ってきたのに。
 後継者がどれ程のものか知らないけれど、それより誰かに見張らせないとならない程、自分は信用がならないのだろうか。

 ぎゅっと奥歯を噛み締める朔埜に、祖父は困り顔で頭を掻いてから、大きな手でばしばしと朔埜の肩を叩いた。
「悪かった、お前の事はちゃんとかわいいと思っとるよ」
「はあ!? きっしょ! そんな事を言うてるんやない!」
「じいの愛情を疑ったんやないんか? もう十九歳なのになあ。まだまだかわいい、じいの孫やな」
「もうっ、……分かったから止め! それ……っ」
 赤くなる顔を背けて肩の手を振り払うが、祖父は構わず真面目な顔を作り朔埜を覗きこんだ。

「──だが結婚相手には口を出させて貰う。お前の父親みたいな事は二度はさせん」
 今迄の雰囲気をがらりと変えた、いつもと同じ眼差し。四ノ宮の当主の目。
「……」

 その目に自分はどう写っているのか。
 ……迷惑やったか、とは聞けない。
 この家に居心地の悪い思いをする度、そんな心を見透かすように、祖父は朔埜を構い倒してきた。大切にされている事に間違いはない。

「俺は別に……必要ならじいさんの望む相手と結婚するわ」
 そう言うと祖父は悲しそうな目をした。
「朔埜……お前は四ノ宮を継ぐんだ」
 先程の言葉を繰り返した。
「旅館か? 別に構わないけど……」
「そうや、でもそれだけやない。それはこれから学べ」
 
 どこか重く響く声音に、朔埜は顔を上げた。
「……俺に、何をさせる気や?」
「お前にしかできない事や。それでもしお前が儂を納得させたんなら、いくらでも好きにして良い」
「俺は別に……欲しいもんなんて、何も無い」
 
 そうして朔埜は再び顔を伏せた。
 そうだ、自分は祖父の望み通りにすればいい。旅館を大事にしたいならその通りにしてやろう。

「朔埜──……」

 言いかけた祖父の言葉は、聞かなかった事にした。


 ──沢山の葛藤を覚えた存在。
 その人が今、自分を初めて見る他人を見るように首を傾げている。それが朔埜を苛立たせ、奥歯をぎりっと噛み締めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

セイレーンの家

まへばらよし
恋愛
 病気のせいで結婚を諦めていた桐島柊子は、叔母の紹介で建築士の松井卓朗とお見合いをすることになった。卓朗は柊子の憧れの人物であり、柊子は彼に会えると喜ぶも、緊張でお見合いは微妙な雰囲気で終えてしまう。一方で卓朗もまた柊子に惹かれていく。ぎこちなくも順調に交際を重ね、二人は見合いから半年後に結婚をする。しかし、お互いに抱えていた傷と葛藤のせいで、結婚生活は微妙にすれ違っていく。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。 人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。 それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。 嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。 二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。 するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

処理中です...