27 / 49
26. 拳がものをいった……
「……?」
はっと息を飲む気配と共に項垂れていた頭を上げた。
自分の声ではない。言おうと思ったけれど、それを言ったのは別の誰か。
そこには朔埜が立っていた。
スマホを片手に。息を切らせて……
「若旦那様……」
そう口にすれば誰かの舌打ちが聞こえて来た。
すかさず藤本が人当たりの良い顔で挨拶を始める。
「やあ、この旅館のご当主ですよね。何か誤解されているようですが……」
だが全て言い終わる前に藤本の顔が、顔半分に朔埜の拳がめり込み吹き飛んでいった──……
史織も一緒にぽかんとする。
痙攣しながら動けなくなった藤本は恐らく重体だ。けれど……そちらなど構ってられないとばかりに他の男たちが慌てて弁明をし始めた。
「何だよ! 俺たちは客だぞ! 客に何してんだ、どうなってんだよ、この旅館!」
「そ、そうだぞ、俺たちが何したって言うんだよ!」
焦った男たちが掴んでいた腕を離し、史織を突き飛ばす。
よろめいた身体は朔埜が受け止めてくれた。
その目が痛ましく細められ、そういえば自分は地べたに転がっていたのだと思い至る。さぞや酷い格好をしているのだと恥ずかしく、情け無い気持ちになってくる。
項垂れる史織を背後に隠し、朔埜は声を張った。
「こんな場所でうちの従業員を複数で囲んで、あなた方が何をしていたのか、聞かずともがなでしょう」
「──ははっ、そうか。この旅館はそんな早とちりで客に暴力を振るうのか。いいか、この女は昔の男に復縁を強請りに来たんだ! 厄介な奴で一人で会うのが嫌だと後輩に泣きつかれて、俺たちは協力に来てやっただけだ!」
「そ、そうだ。この女が悪いのに、何で俺たちが責められなきゃならないんだ!? この件は宿側に抗議させて慰謝料をきっちり払って貰うからな!」
気を持ち直したらしい彼らは被害者を加害者扱いしだした。いや、加害者のくせに被害者ぶり始めたというべきか……
しかし史織が藤本と待ち合わせた事に間違いは無い。違うと言い募ったところで水掛け論となり、話は有耶無耶にされてしまうだろう。
それが分かっているから彼らも勢いを止めない。そうだそうだと史織を責める。
初犯じゃないだろうとは思ったが、言い逃れもそつがないようだ。史織は悔しさに唇を噛み締めた。
「──あなた方は何を言ってるんだ?」
けれど喧々轟々と喚く男たちを一投で断ち切るような、凛とした声をそのままに、彼らに白けた目を向けて、朔埜は史織の肩を抱いた。
「彼女と待ち合わせをしていたのは──俺ですが?」
(……はい?)
流石に声には出せないが……目は丸くなった気がする……
史織が驚きに固まっている事など気にも留めず、話は続いていく。
「──ああ確かに。厄介な男に声を掛けられて、けれど客相手に断るのも角が立つからと、相談を受けてました。今日は仕事終わりに待ち合わせをして、庭園を散策をする予定やったんだやけどな……鉢合わせてこんな目に合わされるなんて……」
そう言って切なそうに史織を見る眼差しに戸惑ってしまう。
(え、演技……と、口八丁が凄い……)
「っはあ? 藤本こいつ、やっぱ疑われてたんじゃねーか!」
「ふざけんな、俺たちは知らなかったんだ。なあ、本当だよ、頼まれたんだ」
「──……」
疑う事もなく怒り出し、罵り合いを始める彼らに、言いたい事がなくも無いが……代わりに史織の肩を掴んでいた朔埜の手にぐっと力がを篭められた。
(怒っている、気がする……)
当たり前だけど。
だって嘘ばっかりだ。史織の事も、藤本の事も、挙句一人に全て押しつけこの場から逃げおおせようと喚いている。
自分が嘘を平気でつける人間だからこそ、他人の虚言に容易く惑わされてしまう。きっと事実なんて、この人たちにとって都合の良い事だけでいいのだろう。
浅ましく、小狡く、悪質な……こんな人たちを世間に野放しにしておくなんて許せない。
史織にもふつふつと怒りが込み上げてくる。
その結果、体裁を考える必要より、感情的なものが勝ってしまった。
「嘘よ!」
そう叫ぶ史織に、男たちは嫌らしい笑みを向けてきた。
「……てかさ、苦労してるって聞いてたけど、もう別の男を誑かして、楽しくやってるみたいじゃねーか」
「そうだ、さっきだって俺たちに誘われて満更でも無さそうだったしな」
「……っな、」
──何て事を言うんだろう。
朔埜に意味深に視線を送りながら、得意気に話す男に愕然としていると、再び男の顔に拳がめり込んだ。
「……え」
あなたにおすすめの小説
小さくなった夫が可愛すぎて困ります
piyo
恋愛
夫が、ある日突然、幼児の姿になってしまった。
部下の開発中の魔法薬を浴びてしまい、そのとばっちりで若返ってしまったらしい。
いつも仏頂面な夫が、なんだかとっても可愛い――。
契約結婚で、一生愛とは無縁の生活を送ると思っていたノエルだったが、姿が変わってしまった夫を、つい猫可愛がりしてしまう。
「おい、撫でまわすな!」
「良いじゃありませんか。減るもんじゃないし」
これまで放置されていた妻と、不器用に愛を示す夫。
そんな二人が、じれじれ、じわじわとお互いの距離を詰めていく、甘くて切ない夫婦再生の物語
※本編完結済(全26話+後日談1話)、小話追加中
※一章ほのぼの、二章シリアスの二部構成です。
※他サイトにも投稿
完璧な政略結婚のはずでしたが、宰相閣下の“私の妻”扱いが甘すぎます
星乃和花
恋愛
政略結婚のはずでした。
家同士の利も、立場の釣り合いも、全部きちんと整った、完璧に合理的な結婚。
……なのに、夫となった冷徹宰相は、なぜか人前で私を「最高の妻」と紹介し、暮らしを完璧に整え、他人に近づかれると不機嫌になってしまいます。
“天使”と噂される穏やかな令嬢フィオナもまた、
そんな不器用な優しさに少しずつ心をほどかれて――。
これは、条件で選ばれたはずの夫婦が、
いつの間にかお互いを“ただ一人”として欲しくなるまでの、甘くてやさしい政略結婚物語。
(完結済ー全8話)
【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。
たまこ
恋愛
公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。
ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。
※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした
ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。
しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義!
そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。
「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。