【完結】京都若旦那の恋愛事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜

藍生蕗

文字の大きさ
29 / 49

28. 四ノ宮家の歴史

しおりを挟む

 ──表の東郷、裏の四ノ宮

 江戸時代から続く両家の関係は至極シンプルで、昔代官職にあった東郷が四ノ宮を手下として遣い始めたのが始まりだ。
 十手持ちから始まり、諜報、暗躍、多くに関わる四ノ宮には、しかし危険もついて回った。

 始まりは一軒の宿屋。
 そこを隠れ蓑に四ノ宮は東郷の影で生きてきた。
 しかし彼らが東郷を助けるのは、四ノ宮が表に出る事を嫌う一族だったからだ。それは自分たちが持つ能力が厄介事を呼び込むと知っていたから。

 東郷はそれを天啓と呼んだ。
 広い視野と想像力を持つ才能の持ち主。
 今でいうなら知能指数の話であるのだが、四ノ宮はそれを度々排出する家系だったのだ。
 
 黙していれば目立つ才能では無い事から、隠す事は容易だった。四ノ宮は表向き宿屋を営む町人として、政治の裏舞台を歩いた。

 やがて代官御用達の宿屋は政治に密接した空間となってゆく。それを使い四ノ宮は時の流れを敏感に感じ取り、藩を救い、領主を助けた。
 そうして噂が帝の耳に届き、東郷は京で権力を担っていく。四ノ宮はそれに付き従う。

 しかし四ノ宮の血は次第に薄まり、天啓を持つ者も現れなくなっていった。天才は産まれずとも秀才を育て、四ノ宮は粛々と血を繋げていく。
 
 朔埜は四ノ宮家で二百年ぶりに産まれた天才だ。
 先人から受け継いだその片鱗を見て、現当主は大層喜んだ。

 現当主は秀才の域は出ない人であったけれど、人を見る目は秀逸な人物だ。だからこそ朔埜を見つけ、乃々夏との婚姻に臨んだのだ。

 歴史ある名家であれば四ノ宮を識る、けれどその家柄故に、外腹という外聞を嫌う傾向も否めなかったからだ。
 幸い朔埜も乃々夏もお互いを厭う事は無かった。

 ──だけど、 
 
『天啓』を持つ者は変わり者が多かったらしい。
 兎に角誰かに指図される事を嫌った。自分で決めた相手にしか従わず、認めない。
 ただ朔埜は自分の出生に後ろめたさを覚えているから、或いは現当主に恩義を感じているから、彼の意を汲む振る舞いをしているが……

 そんな朔埜の心の機微に、乃々夏が気付いている方が問題だろう。乃々夏もまた幼い頃のトラウマで、自分を顧みない相手との結婚は望んでいない。
 ……例え朔埜がどれだけ真摯に乃々夏に向き合っても、心に残る女性の影に傷付く事を恐れている。
 
「辻口」

 はたと顔を上げれば、こちらを向く乃々夏と目が合った。
「お前のところにも彼女からのSOSは届いていて?」
「はい、共有されておりました」

 辻口の家は代々四ノ宮に仕えてきた。
 本来なら朔埜の弟、昂良に付く筈だったが、乃々夏付きの護衛に抜擢された。
 
「行かなくて良かったの?」
「……朔埜様が行かれましたので」

 そう、と呟き、乃々夏は目を細める。

「お前がいれば四ノ宮は大丈夫よね、あたしも安心して嫁げるわ」
 けれど満足そうに告げる声音には、「やっぱりね」と、どこか失望を宿しているように見えた。

 ◇

 どこかの部屋に辿り着き、降ろされた場所は柔らかい。
「落ちるなよ」
 その台詞からこれはソファなのだと理解した。

 そろっと外された羽織の向こうに、痛ましい顔をした朔埜が見えた。
「大丈夫か……」
「……はい」

 そう言いながらも、離れていく手を寂しく感じてしまう自分がいる。
「すまんな、怖いやろ。俺は外すから、誰か女性を……」
「だ、いじょうぶです。その、若旦那様のお顔は中性的ですし、それほど怖くは……」

 ぴき

 と目の前で空気が張り詰めた音が聞こえた。
「……お前には俺が女に見えるのか?」
 何だろう、笑顔に迫力が感じられる気がする。

「い、いえ。そういう訳ではなくて、その……若旦那様は温情ある方ですので、怖くないと言う意味です」
 こちらも負けじと笑顔で返せば、不満そうに溜息を吐いた。
「……俺の顔なんてどうでもいいくせに」
「えーと、そんな事は……ごさ綺麗な顔だと思ったので、つい。嫌でしたか?」

「~~~っ、嫌やない!」
 赤くなりながら何故か怒り出す朔埜にきょとんとしてしまう。
「なら、良かったですが……ふふ」
 それに釣られるように思わず笑みが溢れた。
 驚いて瞬きをすれば、同じように驚いた顔でこちらを見る朔埜がいた。

 不思議だ、朔埜は怖くない。
 さっき触れられた時も嫌じゃなかったし、照れ臭そうにする朔埜にほわりと胸が温まる。

 朔埜は仕事熱心で、お客様への対応も、従業員への配慮も完璧な……お見合い相手、だ。

 頭を過る麻弥子の顔に史織ははっと息を飲んだ。
(麻弥子ちゃんのお見合い相手なんだから!)

「若旦那様。もう大丈夫ですから、お戻り下さい」
「……対応は旅館でするさかい、お前はゆっくり休んでてええ」
「はい、ありがとうございます」
 そう言うと朔埜は少しだけ寂しそうに笑って、ふと手を伸ばした。
「……え」
 自分の頬に寄せられた掌に、史織は固まってしまう。

「怖くないか?」
「は、はい。怖くないです」
 朔埜の手は史織の頭を掴めそうなくらい大きい。
 それに驚いていると、そっと耳に口元が寄せられ、びくりと右に意識が集中する。

「吊り橋効果や、知ってるか?」
「え、吊り橋?」
「そうや、ずっと俺の事考えてたらええ。そしたら怖い思いも忘れるやろ」

 親切心から言っているのだろうか……

「は、はい……ありがとうございます」

 満足そうに笑う朔埜に史織は胸がはち切れそうな程高鳴っているというのに。
 こんな態度を常に取っているから、他に恋人がいるだなんて疑われるのだ。史織だって勘違いしてしまう。真っ直ぐに史織を見る朔埜の眼差しに、熱がちらつく錯覚まで見えるじゃないか。

「史織」
「はははい?」

 そのまま名前を呼ばれ、動揺してどもる。
「俺はもう、待つの止めた」

「……はい」
 分かりましたと返事をしたいけれど、意味が分からないので首を傾げる。
 そのまま立ち去る朔埜の後ろ姿を見送り、タンと閉まる襖を見てはたと気付く。

「トイレ?」

 な訳ない。
 自分で自分にびしっと突っ込みを入れるのは、そうしないと勘違いしてしまいそうだったから。
「……もう、」
 
 あんなのは狡い。
 顔を上げれば庭に面した窓に自分の顔が映り込んでいるのが見える。鏡のように明確でないにも関わらず、その顔が赤く染っているのが分かってしまった。

『史織──』

 思わず顔を覆い目を背けても、芽吹いてしまった自分の気持ちに、気付かない振りは出来なかった。

 ◇

 藤本の事は警戒していたのに……

 あいつが勤める会社の研修にと、凛嶺旅館を口利きをしたのは乃々夏だ。どうせ県警から要請があったのだろう。だから元々罠に掛けるつもりで呼び込んだとしても、朔埜に否やはない。けれど史織が来る事は知らなかった。

 怒りはある。
 それは自分に対するもの。
 目を逸らしていたせいで大事なものを危険に晒した。
 そしてこんな後悔はもうできないと、やっと悟った。
 気付くのが遅くなったけれど、言わなければならない。もう自分は乃々夏を幸せには出来ないから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

セイレーンの家

まへばらよし
恋愛
 病気のせいで結婚を諦めていた桐島柊子は、叔母の紹介で建築士の松井卓朗とお見合いをすることになった。卓朗は柊子の憧れの人物であり、柊子は彼に会えると喜ぶも、緊張でお見合いは微妙な雰囲気で終えてしまう。一方で卓朗もまた柊子に惹かれていく。ぎこちなくも順調に交際を重ね、二人は見合いから半年後に結婚をする。しかし、お互いに抱えていた傷と葛藤のせいで、結婚生活は微妙にすれ違っていく。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。 人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。 それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。 嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。 二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。 するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

処理中です...